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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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「何のつもりだい?」


 カイルはそんなルックを見て、自分も腰から剣を抜いた。


「まずはあなたの実力を試させてもらおうかと思って。部屋は充分に広いし、みんなが脇によけてくれれば、問題ないでしょう? もしあなたが言うほどに強いなら、リーダーになってもらっていいけど、僕にも圧勝できないようなら、やっぱり事情を知ってる僕がやります」


 ルックは言葉のどこにも力を込めず、平然と言った。


「剣を抜いたということは、命を賭けたということだ。俺は手加減はしない。それでいいんだね?」


 カイルは少し後ろめたそうにそう言った。真剣を交えるということは、図らずもどちらかが死ぬ危険がある。彼もここまでするつもりはなかったのだろう。しかし引っ込みがつくわけでもなく、慎重に剣を構える。

 彼は並のアレー五人が打ち倒せないほどだという。ルックもつい昨日、二十人のアレーを相手に素手で圧勝した。もし仮に勝てなかったとしても、カイルに大きく後れをとりはしないと踏んだのだ。もちろん実力的にカイルの方が上だとは思わない。ルックは今や国内で指折りの戦士のシャルグにすら、試合を申し込んでほとんど負けない。カイルがシャルグほどの戦士ではないだろうと思うのだ。だが負ける危険は常にある。シャルグとの試合でも、不意にシャルグのペースにはまり、あれよあれよと敗北することがあるのだ。実力差があったとしても、絶対ということはない。


 ルックもカイルに習い、剣を構えた。ルックの型は最近定まりつつある。大剣を下段に構え、深く腰を下ろしたものだ。剣が大地に近い方が、この剣の効力を存分に発揮できるのだ。

 対するカイルの構えは、正眼に両手剣を持つ基本的な構えだ。何の工夫もないようだったが、昔から最も研究されている構えなので侮れない。

 屋敷の客間に通された面々が、皆二人のために場を開けた。全員面白い出し物でも見るように、二人の試合を眺めている。


「行くぞ」


 最初にまず、カイルが仕掛けた。

 カイルはルックの構えを受けの構えと見たのだ。ならばと自らルックに駆け寄り、無駄な動作をせずに剣を振り下ろした。

 整った顔立ちに似合ったきれいな剣技だ。ルックはそれを受けはせず、身を少しだけ捻ってかわした。剣が普通の剣とは限らないため、少し大きめにかわす。カイルは素早く振り下ろした切っ先をぴたりと止め、剣を返して横なぎにルックを襲う。ルックは下段の剣をやや持ち上げてその剣を受けた。


 なかなかの衝撃がルックの手に伝わった。カイルの剣は重い一撃だった。しかし今ルックはリリアンから教わった体術を完全に物にしている。その衝撃をものともせず、逆にカイルの剣を弾き飛ばした。

 体をのけぞらしたカイルは、すぐさまルックから飛び離れて距離を取った。ルックはそれをあえて見送り、追撃を掛けない。体勢を立て直したカイルは、再びルックに駆けてきて、右から左へ袈裟斬りを繰り出す。ルックはそこで初めて大きく動いた。カイルに向かって体当たりを食らわせたのだ。全身鎧にはもちろん痛手はないが、バランスは崩す。カイルはルックの体重を支えきれずに尻餅をついた。ルックはそれに覆い被さる。カイルの剣は長剣だ。体を密着されると使いづらい。しかしそれはルックの大剣も同様のはずだ。どちらも決定打を打ち出せないかに見えた。


「石斧」


 だがルックのつぶやくようなその言葉に応じ、石の手斧が右手に生まれた。カイルはルックに押さえつけられつつもあわてて身をよじる。ルックがカイルの頭めがけて振り下ろした斧はわずかに外すかに見えた。しかしルックの魔法はまだ終わってはいなかった。振り下ろされながら手斧は形を変えて、いびつな形の斧となり、カイルの首筋でぴたりと止まった。


 口ほどにもねぇじゃないかと、口の悪い女性のアレーが言った。

 誰が見ても、勝負は終わっていた。カイルはルックに圧勝するどころか、逆に圧勝されてしまった。

 カイルは顔から火が出るほどの気分だろう。カイルの剣から実際に殺気を感じなかったので、ルックはそれで彼を許そうと思った。カイルはまだ潔く謝ろうとはしなかったが、少なくとも自分の負けは悟ったようだ。ルックが離れ、自分も立ち上がると、しずしずと剣を収めた。


「これで僕が指揮官で文句ないですね。決行は明日の朝です。みんな今日はもう寝て、英気を養ってください。ディーキスもそれでいいですか?」


 ルックは終始何も言わないでいたディーキスに問いかけた。


「いいだろう」


 雇い主がそれでいいと言うなら、それ以上誰も反論はできない。集まったアレーは執事頭にそれぞれの部屋へ通されていった。


「ルックとカイルは、少し残ってもらえるかの」


 順番にアレーが部屋を出ていく中、ディーキスがルックとカイルを呼び止めた。


「どうかしましたか?」


 カイルはよほど悔しかったのだろう。ルックと目を合わそうとはせず少しつっけんどんにそう尋ねた。

 ディーキスはゆっくり二人を見比べて、少し懐かしむように笑った。


「若いの。二人とも誇りに溢れ、常に上を見ておる。良いことだ。かつてはヘルもそうであった。何がどうして、こうなってしまったのかの。

 カイル、ヘルキスはライト王を暗殺しようとしておるのだ」


 ルックはディーキスが簡単に告白したことに驚いた。そしてカイルも当然のように目を見開いている。


「私はカイル、お前を軽んじはせん。これが決して人に触れてはならんことだとは分かるな? 私はお前を信用し、この事を打ち明けた」

「恐れ多いことです」


 カイルはつっけんどんな態度を改め、背筋を伸ばした。


「時にお前は、何をあんなに焦っていたのだ? このルックに何か恨みがあったわけではなかろう。お前は人を蹴落とすのを良しとするような人間ではない。話してみてはくれぬか?」


 ディーキスの問いは、ルックにとっても疑問だった。カイルは本気でルックを殺そうとはしていなかった。試合前に死も覚悟しろと言ってきたので、ルックはカイルがその気で攻めて来るかと思っていたのだ。

 しかし彼の剣からは彼の思いやりのある心を感じた。死を覚悟しろという言葉は、純粋に彼の信念を説いた言葉なのだとそれで分かった。若いルックに、カイルは剣を持つ覚悟を理解しているのかと、諭しているつもりだったのだろう。

 それはつまり彼が誠実な人間だということで、その彼があれほど執拗にルックを下ろそうとしたのが信じられなかった。

 カイルは恥ずかしそうに顔を伏せた。しかしディーキスにそう優しく問われて、正直に答えた。


「子供じみた理由です。ルックには申し訳ないことをしたね。今さら許してくれとは言わないけど。

 俺は知っての通りビースの護衛兵でした。しかし、これもご存知かとは思いますが、ヒルドウの一件でビースの元から去りました。本当に子供じみたことなのですが、ビースに惜しい人が去ったと思わせたかったのです。それで、この大きい任務を自分の手柄にしたかったんです」


 カイルが独白した内容は、確かに子供じみたものだった。しかしルックもディーキスも、事情を知っていたのでそれを罵る気にはなれなかった。


「ルック、どうか彼を許してやってはくれんか?」


 ディーキスは苛烈が予想される任務を前に、二人のわだかまりをなくそうとしたのだろう。ルックもそれに気付いて素直に頷く。


「それなら僕も仕方のないことだと思います。ただカイル。ビースは何も保身のためにヒルドウを裏切ったわけじゃないんです。ビースはそれにとても辛い思いをしているはずです。追い打ちを掛ける必要は……」

「ああ、分かっているさ。常に正しいだけでは、政治家なんてものは務まらない。ただ単に、俺が意地を張っていただけだ。別にヒルドウとそこまで仲が良かったわけでもないしな。ただ素っ気ない奴だったが、俺も相棒のルーザーも、あいつのことは気に入っていたんだ。だからといって、ルックにあたったようになってしまったのは本当にすまない。

 さっきはああ言ったが、できれば仲直りをしてもらえないか?」


 ルックは素直に非を認める彼を、快く思った。もとより彼に不快感を持ってはいなかったので、そのカイルの申し出を、当然快諾した。


「若いというのはやはり良いことだ。張りつめているようでいて、実に柔軟だ」


 ルックはそう言ったディーキスの遠くを見つめる目を見て、彼に対して憐れみを感じた。それを顔に出しはしなかったが、彼のために、自分も全力を尽くそうという気になった。


「若いと言っても俺はもう二十五ですよ。すぐあなたの側に混ぜてもらいますよ」


 カイルは歯を見せ笑った。彼はルックにはない明るい雰囲気を持った男だった。

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