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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 ルックはビースの依頼の正当性には気付いていた。しかし自分には明日リリアンと会う約束がある。すぐにはそれに頷けなかった。


「シャルグじゃだめなんですか?」

「このことは国からの依頼ではなく、ディーキスからの依頼とさせていただく手筈です。公爵家のお家騒動と言う形で幕を下ろしたいのでございます。それはディーキス公爵もそう望んでいらっしゃいます」

「つまりシャルグじゃライトの護衛に就いているから、だめなんですね。それじゃあシュールはどうですか?」


 ルックの再度の提案にも、賢い首相は首を振った。


「シュールには事情があり、この件には一切関わってほしくないのです。ライト王の命のかかった問題です。ルックならばと思ったのですが」


 そう言われるとルックは弱い。リリアンのことはかなり気がかりだが、かと言ってライトを見捨てるわけにもいかない。どの道ビースがこうと決めたら、自分には断り切ることはできないだろう。

 ルックは多少恨めしい気持ちで、ビースの言葉に従った。


「作戦の決行はいつですか?」


 ルックの色よい返事に、ビースは満足げに笑んだ。


「明日の朝、四の刻でございます。できればルックにはこれから、一の郭のディーキスの館に向かっていただきたい。そこではディーキスが集めた腕利きのアレーがすでに集められていることでしょう」


 四の刻というのは、空に浮かぶ巨大なマナが明るくなり始めてから四時間後と言うことだ。人々が起き出すのが二の刻辺りなので、朝食をとって食休みをしたらすぐという頃合いだ。


「そうしたら、一つお願いがあるんです。誰か適当な人を遣わして、森人の森の西側の、ジジドの木がある広場に手紙を届けてほしいんです」

「手紙ですか? 構いませんが」

「首都と御山の中間辺りなんですが、実はそこにリリアンがいるんです。明日僕はリリアンと落ち合うことになっていたので、少し待ってほしいと伝えたいんです」


 ビースはルックが明日旅立つつもりだということを知らなかったのか、意外そうにしながら頷いた。ちなみに御山というのはアーティスでのアーティーズ山の通称の一つだ。


「左様でございますか。彼女にお会いなさるのですね」


 ルックの言葉にそう言うと、ビースは少し考えを巡らせた。


「もし差し支えなければ、私も彼女に手紙をしたためてもよろしいでしょうか? あの戦争でのティナ軍の被害について、私は彼女には何の詫びも入れられていないのでございます」


 ティナ軍は先の戦争で壊滅的な被害を受けた。そのことは、ビースやルックに限らず、すでにアーティス国中が知っていた。所詮は国外の兵なので、それに胸を痛めていた人は少なかったが、ビースは例外だったようだ。


「じゃあよかったら、今紙と筆をお借りしてもいいですか?」


 ビースは執務机の上にある、筆立てに立てられていた筆をルックに渡した。そしてビースの座した隣にある棚から二枚の紙を取り出した。紙は製本に使われるような木を使った樹紙ではなく、高級な皮紙だった。ビースにとっては手紙と言えば皮紙に書くというのが当たり前なのだろうが、ルックは皮紙に筆を入れたことなどなく、少し緊張を感じた。

 筆立てには墨が入っているらしく、筆はすぐに字を書けるようになっていた。筆は使いやすい物で、墨の含みがちょうど良かった。そして墨も皮紙によく馴染む物が使われているようで、ざらざらとした表面の皮紙に、難なく字を書き込めた。


「ルックはご達筆なのですね」


 ルックとビースが手紙を書き終えた頃、ルックの大剣を持ったライトが部屋へ戻ってきた。ライトはそのビースの発言を聞き咎めると、口をとがらせた。


「それって僕に対する当てつけ?」


 ルックはそれに、声を上げて笑った。




 ルックはトーランに導かれ、ディーキスの館へ向かった。トーランはライトにひどく絞られたらしく、明らかに態度を変えてしおらしかった。優しく幼いライトが、この頭のいいトーランをどうやりこめたのかは気になったが、ルックは彼と会話をする気にはなれず、沈黙したまま短い道中を共にした。


 ディーキスは白髪頭の理知的な目をした老人だった。四角い男らしい顔つきで、その年齢でもたくましい体つきをしていた。しかし武力を行使するような人には見えない、優しい表情をしている。彼は今、深い悲しみをその目にたたえつつ、強い決意を持った目をしていた。ビースと会合していたときのような動揺は見えない。


 ルックの通された部屋は大部屋で、ディーキスの他に二十人ほどの先客がいた。先客は皆アレーで、今回のヘルキス討伐の任務を請け負った者たちなのだろう。見知った顔はなかったが、皆今度の大きな仕事を前にも落ち着き払っていた。腕に自信がある人たちなのだろう。

 トーランはディーキスに何か耳打ちすると、ルックの目を見ずそそくさと辞退していった。


「それでは諸君、これで今度の任務を遂行していただく全員が揃った。みな依頼内容は聞いていようが、改めて説明しよう。我が息子ヘルキスは、深い事情があり、私と袂を分かつことと相成った。私は息子を廃さねばならない。しかし息子はそれに従おうとはせず、二の郭の館にて籠城をしておる。そこで皆のお力をお借りしたい。ディーキスは配下に十五名のアレーを置いている。その他にも彼に追従するキーネが三十名ほどいるようだ。彼ら全て、一人残らず討ち取っていただきたい。

 私としても息子にこのようなことをすることは忍びなく思っているが、諸君らには情けを掛けずにいただきたい。

 この作戦の指揮はそこにおるルックに一任する。彼は年若いが、先の戦争でも活躍をしておる。

 決行は明日、四の刻。成功報酬は固くお約束する。くれぐれもよろしくお願いする」


 ルックはビラスイたちや森人を率いたことがあったが、やはり一部隊を指揮することには緊張をした。しかし紹介をされた以上は何か言わなければならない。指揮官の資質が部隊に大きな影響を与えることも知っていた。


「ルックです。今回は事情があって、まだ歳の若い僕が指揮官になります。不安に思う人も多いかとは思うけど、最終的な指示は僕に仰いでください」


 ルックは丁寧に聞こえるように言った。ざっと見たところ、それで半数ぐらいのアレーは納得してくれたようだった。しかし腕の立つ者が多い中で、ルックがやはり頼りなく見える者も多いのだろう。残りの半数は不安げな顔だった。


「ちょっといいかな。もし良かったらその事情って言うのを聞かせてくれないかな? あぁ、僕はカイル。名乗りが後先になって申し訳ない」


 そう発言したのは、精悍な顔つきをした美男子だった。整った、誰もが見とれるような顔立ちに、くすんだ黄色の髪を持つ水のマナ使いだ。シャルグと変わらないほどの長身を青い鎧で包んでいる。その鎧を見ると、大した実力のない、そうした防具に頼らざるを得ない実力の者にも見えるが、この場にいるということはそうではないのだろう。鎧は持ち運びには向かない全身鎧なので、あえて着たままでこの館に来たようだ。


「事情って言うのは、今回のことの詳しい事情を聞かされてるっていうことです」


 ルックはカイルに簡潔に答えた。ルックは何の悪気もなく言った言葉だったが、カイルには何かむっとする物があったようだ。


「どうせ向こうにいる奴らは皆殺しなんだろ? だったら別に事情を知っていようがいまいが関係ないんじゃないか? 戦闘の指揮はもっと実力のある場慣れした人がいい。例えばそこの灰色のあなたはどうですか?」


 灰色のと言うのは誰であるか一目瞭然だった。灰色の髪のアレーは五人いたが、指し示された彼は黒いズボンに灰色を基調とした平服を着ていたのだ。彼は小顔な三十過ぎの男性で、先ほどルックが納得してくれたと思った内の一人だ。


「俺っ? 無理だよ。俺は一人で任務に就くことが多いんだ。集団での戦闘の場数なんか踏んじゃいねぇよ」


 小顔の男は高い声で、名前はダンルと言うらしい。一人で任務に就くということは、それなりに腕利きなのは確かだろうが、確かにそれでは指揮者には向かない。


「それじゃあニニーキア、君ならどうだい?」


 カイルは次に、顔見知りだったのだろう、三十手前に見える緑色の髪の女性に尋ねた。


「私も柄じゃないかな。あなたじゃだめなの? あなたなら私より場数を踏んでいるじゃない」


 ニニーキアの発言はルックにとってありがたくなかった。指揮官に誰が向いているかという話になったら、ルックを外すということが確定的になってしまう。

 ルックはディーキスの方を伺ったが、彼は終始無表情で、何を考えているのかが読めなかった。


「俺か。確かに俺は場数は踏んでるけど、ルーザーみたいに指揮官に向いているようには思えないな。まあ、みんなに異存がなければ買ってでるけど、みんなどうだい?」


 ルックはそこで腹を据えた。どういうわけかカイルは自分が指揮をしたいように見えた。事情は知らないが、そんな身勝手な行動を取られれば、最終的な判断もルックの意見をないがしろにされかねない。だが、今どうこう口を出すよりは、落ち着いて構えて最後に覆した方が他の面々に軽んじられないだろう。ここはただこのまま話が着くのを待つことにした。


「私は異存ないよ。カイルの実力は知ってるし、ルーザーみたいに弱くないから、頼りになると思う」


 ニニーキアはおっとりとそう言った。彼女もルックに対して不服があるようには見えなかったが、彼女にとっては誰が指揮官でも関係がないのだろう。どうでも良さげな口調だった。


「私の名前はヒラリ。私も別にあなたで不満はないけど、実力があるっていうのは確かなの?」

「うん、それは間違いないよ。並のアレーなら五人がかりでも倒せないんじゃない?」

「おお、それは頼もしいな。俺はあんたで構わないぜ。さすがに俺は五人は辛いな。はっはっは」


 長身の藍色の髪のアレーが賛成側に着いた。彼は顔が知られているようで、彼がそう言うならと他に五人がカイルを認めた。


「じゃあ僕はあえて反対してみようかな。大した戦闘にはならないだろうけど、そんなに強い人なら指揮官でいるより先頭に立って戦ってもらいたい」


 抜け目のなさそうな目つきをした、小太りの男が言う。彼もルックに味方しているというよりは、ただ茶化して場を和ませようとしているだけのようだった。


「はは、それなら俺はあえて先陣を切ることにするよ。君はクロラメイだっけ? 確か前にどこかで会った」

「いかにも僕はそんな名前だね。どっかで会ったっけ? 覚えてないな」


 笑顔を作る者という意味の名前を持つ男は、その名の通りにおどけていた。

 ここまで来ると、カイルに反対しようという者はいなかった。ルックはディーキスがちらりと自分の様子をうかがってきたことに気付いた。ディーキスはやはり自分がリーダーになることを望んでいるのだろう。


「じゃあ他に俺で異存がある人はいないかい?」


 ルックはカイルのその最後の確認にも反論はしなかった。ただルックは黙って、背中に回した剣を取り出して構えた。

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