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「私はトーランに城のアレー護衛団二十名を使い、ヘルキスの拘束を命じました。近くにアレーがいれば、恐らくヘルキスと意志を同じくする者。ヘルキスには直接ヘルキスに雇われる護衛の戦士が十人いるので、恐らくその護衛だろうと申しました。もしあくまでヘルキスを護ろうと抵抗するのなら、殺すことも許しました。
ルックが抵抗をしないでいただけて本当に良かった。まさかヘルキスがこの期に及んであなたに話を持ちかけているとは思いませんでしたので」
「そっか、じゃあヘルキスは本当に何か後ろ暗いところがあったんですね。けど、ビースは何も悪くないんでしょうけど、その兵士団の人は、有無も言わさず襲撃してきましたよ。それで、僕と同じでヘルキスにこれから話を聞こうとしていた人を、殺しました。あれがトーランの指示のせいだとしたら、僕も彼には一言、言っておきたいことができましたね。
それで、そのヘルキスの罪状はなんなんですか? 僕には彼が誇り高い人のように見えてしまいました」
ルックはビースの言葉に、また少し怒りがこみ上げてきた。トーランは自分が間違えた指示を与えたせいで、人が一人死んだのだと知っておくべきだと思った。
「なんと、そのようなことになっていらっしゃったとは。誠に申し訳のない限りでございます。
……ルックにはわざわざ釘を刺すことはないのでしょうが、くれぐれもこの話は内密にしていただきたい。ヘルキスは確かに誇り高い男ではありますが、その誇りが今度は災いしたのでしょう。彼はライト王の暗殺を企てました。内の一度は戦争の前、ルックもご存知のことです。あのラテスらを使った暗殺にございます」
ルックはビースの告白を目を見開いて聞いていた。
「ヘルキスはディーキス公爵の子にございます。キス家と言うのは、代々王家との関わりも深く、非常に重要な家でございます。元をたどれば、この土地一帯を納めていたキーン帝国の貴族家で、開国の三勇士にとっては最初の協力者でもございます。開国後も、この土地の人々をアーティスに迎え入れるため、尽力を頂いたとのことです。
この国には多少の衛兵を囲う程度で、王国軍がないというのはご存知かと思います。それもキス家がフォルキスギルドを組織されたためにございます。フォルキスギルドは有事の際にのみ、我が国のためにアレーを軍としてお貸し出しくださいます。フォルキスギルドに追従し、西にガルーギルド、東にミストスリ商会が生まれました。
この国は軍備に費用がかからないのです。このアーティーズがここまで堅牢な要塞となることができたのも、またこの国が他国に比べ税を少なくしていられるのも、全てはキス家のおかげにございます。他にもその功績を上げれば山のようにございます。決して切ることのできない家なのです。
ヘルキスの犯した国王暗殺未遂の罪は、貴族家を取り潰すにたる重罪にございます。それを公にしつつ、キス家を取り潰さないとあれば、他の貴族たちが黙っていてはくれないでしょう。そして取り潰すとなれば、もともとアーティーズ山岳民ではなく、キーンの貴族だった家が、黙ってはいません。
ことを公にせず、ヘルキスには消えてもらわなければならないのです。
ディーキス公爵は、昨日の内に事実を確認し、ヘルキスを討つ許可をお与えくださいました」
このような事態がビースの本意でないのは明らかだった。彼は淡々としているようで、恐らくその内心には複雑なものがあるだろう。
「それは、僕が考えていたよりも大きな事態になっていたんですね。けどどうしてヘルキスはライトを暗殺しようとしているんですか? 彼はもっと高潔な人に思えました」
ルックはあまりの事の大きさに何を言っていいかが分からず、とりあえず思いついたことを口にした。ビースはその質問に真摯に答えてくれる。
「彼の祖母は、三代前の国王の長女に当たる方です。私はライトが生きているということを、他国はもちろん、ほとんどの有力者にも語らずにおりました。貴族たちにこの事を伝えたのは、ライトにそのことを伝えたのと同じ日でございます。つまりライト王が宣誓をした五日前です。
ヘルキスはライト王が王として現れるまでは、血筋から最も次の国王に相応しいと考えられていました。私の子はアラレル一人ですので、そしてあの子はとても国王の資質があるとはいえませんので、ヘルキス自身、自分が王として召還される日が来るだろうと思っていたのでしょう。彼はそれ故に、ライト王のことを認められなかったのです。ライト王を、私が用意した偽物とでも思ったのでしょう」
有力な貴族が王家のものと婚姻を結ぶことは珍しくない。有力な貴族と血の繋がりを濃くすることで、反乱などの危険を未然に防ぐためだ。しかしこれが今度は災いしたようだ。
この国アーティスでは、王の子は五歳でお披露目をされる。そうして初めてその子供が王族だと認められる。だが父王に何かがあり、自分の子を公表できなかった場合、前国王、その子の兄や姉にあたる王位継承者たち、そしてザバラとスイリアの子孫、つまりビースやアラレルが成人までに認めた場合は、王族ということを証明できる。
以上の者で、今現在この国に生き残っている者は、ビースとアラレルしかいない。その気になれば彼らは、誰とも知れない子を王だと宣言することも可能だったのだ。信じたくない気持ちの強かったヘルキスの目を曇らせるには、充分な状況だった。
「ヘルキスはこの事がばれてるって知ってるんですよね? そう言えばすごく焦っているように見えました」
「おそらくはディーキスが彼に自決を促したのでしょう。本当ならばそれが一番望ましかったのですが、そうならない場合はヘルキスが三の郭の酒場に行くだろうと、ディーキスから聞いておりました。そのときは容赦なく我が子を討ってほしいと。
いえ、この事をルックにお話しする必要はございませんでしたね。愚痴だと思い、お聞き流しください」
ビースにとっては何よりも、ディーキスへの仕打ちがいたたまれなかったのだろう。しかしビースはどうしてもシュールに公爵の地位を与えたかった。ヘルキスを事故に見せかけ暗殺したとしても、ディーキスの持つギルドの情報力で、すぐにビースとの繋がりに気付くだろう。もしビースの動機までも知ることになれば、ディーキスは最悪の場合爵位を他の子供に譲り渡し自害する。もし動機が分からなければ、ビースの頼みなど聞き入れてはくれないだろう。
「もしヘルキスが自分でライトを討つって言い触らしたら、結局公爵家は危ないんじゃないですか?」
「左様でございます。ヘルキスは今、二の郭にあるキス家の別邸に立てこもっているようでございます。彼直属の十人のアレーも一緒です。他にも協力者が何人かいるようです。協力者もアレーで、人数は五名ほど、」
「ちょっと待ってください」
ヘルキスの状況を語りだしたビースを、ルックは遮った。ルックが遮ると、ビースは静かな目でルックのことを見返してくる。その視線に込められたものを確認すると、ルックはため息をついた。本当にビースは視線に意味を込めるのがうまい。
「つまりは僕に、ヘルキスを討ってこいと言うんですね?」
「ヘルキスの私兵は、かなりの強者揃いです。こうまでなってしまった以上、事を起こさないわけにはまいりません。
まず、暗殺者を送り込むことはこの状況では不可能でしょう。つまりは籠城するヘルキスを、部隊を持って制圧せねばなりません。そしてアラレルのいない今、信頼の置ける、腕の立つ方がほとんどいないのです。もちろんフォルキスギルドに依頼し、腕の立つ方を雇うつもりでおりますが、一人は事情を把握している指揮者が必要でしょう。それをルックに頼みたいのでございます」




