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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 ルックは飛び起き、人の姿が現れるのを待った。だがルックの前に現れたのは、ルックが待ち望んでいたライトやビースの姿ではなかった。


「飯だ」


 素っ気ない物言いで、見張り番が木製の皿を持って現れた。木皿は牢の戸の下のわずかな隙間からルックのそばまで滑らされてきた。湯気も立っていない、貧相なポリッジだ。


「ちょっと待って。この体勢でどうやって食べろって言うのさ」

「知らん。直接口を付けて食えばいいだろう」


 なるほど確かに、皿にはスプーンも何も付けられてなく、そうして食べるよりないのだろう。ここに連れてきた門兵の話では、寝転がることができるルックはまだ特別対応だと言っていたが、それはどうやら嘘だったようだ。もしそこまで縄を短くされていたら、床に転がる皿からポリッジを啜ることなどはできない。

 見張り番はそれだけ言うと、ルックに背を向け歩き去ろうとした。


「待って。もしよかったら、ここに僕がいるって、ビースが知っているか確かめてくれないかな。僕は冤罪でここに連れてこられたんだ。すぐにビースに誤解を解いてもらえる手はずだったんだけど」

「俺には預かり知らないことだ」


 振り返りもせず見張り番は言う。ルックはそれでも諦めずにさらに言い募る。


「僕の名前はルック。もし僕をここに置き去りにするようなことがあれば、ライトが黙っていないよ。あなたもここで働いているなら、ライトの幼なじみの二人の名前くらいは聞いているでしょう?」


 見張り番はその言葉には少し注意を払った。しかし少し考えてため息を吐いた。


「分かった。それならば俺の番が終わり次第そのことを確認しに行こう」

「あなたの番が終わるのはいつ? そんなに長くは待てないよ」

「俺の番は明日の朝までだ。あまり無理を言わないでくれ。この塔では次の交代が来るまで、俺たちですら一歩も外には出られないのだ」


 ルックは外で見た、外から掛けられた鍵を思い出し、諦めてため息を吐いた。


「そっか。ごめん」


 見張り番は去り、辺りは再び静寂に包まれた。見張り番がポリッジを一つしか持ってこなかったので、ここに囚われているのはルック一人なのだろう。

 明日の朝、見張り番がすぐにビースを捕まえてくれれば、まだ何とか約束には間に合うかもしれない。約束は日にちを決めただけで、時間までは決めていなかった。ルックは少なくとも明日いっぱいはそこでリリアンを待つ気でいたのだ。リリアンもそう思ってくれている保証はないが、大分希望が持てる。

 ルックは自らを励ますように固く目を閉じた。与えられたポリッジはとても食べる気は起きなかったが、いざとなったら食べないわけにも行かないだろう。もしもうしばらく待って誰も現れないようなら、自らの恥よりも優先すべきは明らかだった。


 ルックはそうして覚悟を決め、再び寝転がった。今度は目を閉じ、眠れないかどうかも試そうとした。ルックが目を閉じると、すぐに再び扉の開く音がした。ルックは誰が来たのかを確認しようと顔を上げる。


「ルック! 待ってて、すぐ開けるから」


 ルックの前には金髪の少年が立っていた。一年前よりも少しりりしくなったライトは、すぐに腰から剣を外した。


「あ、お待ちください」


 ライトの後ろから見張り番と思われる者の声が聞こえたが、鉄の格子が、まるで幻だったかのようになんの抵抗もなく切り倒された。

 ライトはすぐにルックを縛る縄を切り、ルックが無事なことを確認すると、きっ、と後ろを振り返った。


「一体誰がルックをこんな目に遭わせたの? 事と次第によってはただじゃ済まさないよ」


 ライトの見た先には、先ほどの見張り番が緊張した面もちで気をつけをしていた。


「はっ、それはその」

「ライト、その人は何も悪くないんだ。とにかく僕は早くここから出たいな。話はそれからにしよう」


 ルックは予想以上に激しく怒ってくれたライトをなだめた。不可抗力だったと知っていたルックには、あまりに見張り番が哀れに思えたのだ。ライトのその激しい怒りだけで、ルックの気持ちは慰められていた。




 ライトにルックが連れられていったのは、ビースの執務室だった。そこは一国の首相の仕事部屋とは思えないほどにこじんまりとした部屋だった。


「ルック、お久しぶりですね。この度は数々の非礼、お詫びいたします」


 しゃべり口調はあの文官と似ていたが、やはりビースは違う。彼は身分の低い、平民のルックに対しても敬意を払ってくれている。ビースはルックが部屋に入ると、わざわざ立ち上がり、膝を折ってそう謝った。


「ううん、大丈夫です。あの文官には少し腹が立ちましたけど、結局無事出られたんですから」


 ルックは牢の中でひどい焦りを感じていたことが少し恥ずかしかった。そのためとりわけ澄ましてそう答える。外はやはり日が暗くなりきっていて、ルックはあの場所に六時間ほど閉じ込められていたようだ。焦りや不安を感じても仕方のないことだったが、もっとライトやビースを信用し、泰然と構えていられた方が格好良かったと思ったのだ。


「ところで、僕は一体なんの嫌疑を掛けられてたんですか? 身に覚えがないんですが」

「それは誠に申し訳ございませんが、申し上げることができかねます」


 ルックは直感的に、ビースが言外に込めた意味に気付いた。いやそれはルックが自ずから気付いたのではなく、ビースがルックに分かるようにかすかなサインを込めていたのだ。

 つまりビースは、ルックにではなく、ライトに話せない内容だというのだろう。


「そっか」


 ルックはそれを正しく理解した。そしてもう一つ気になっていた事を聞いた。


「そういえば、僕の剣取り上げられちゃったんですが、預かってもらってませんか?」


 ルックの背中には、いつもの大剣がない。ルックにとっては親の形見である大事な剣だ。寝るとき以外に背にないのはどこか不自然に感じるほど、肌身離さず持ち歩いていたものだ。


「あ、それなら僕見てくるよ。文官ってトーランの事だよね。彼にはどの道文句を言わなきゃいけないんだ」


 ライトは言うとさっと身を翻し、ビースの部屋から出ていった。


「意外ですね。ライト王も気付いて気を利かせてくださったのでしょうか」

「どうでしょう。言葉通りの意味しかないんじゃないですか?」


 ライトがいなくなったことで、ビースは改めてルックを見た。そして、先ほどの質問にお答えしますと言う。

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