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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 兵士たちの一団にルックが与えたダメージは軽い。最初の女性にだけはかなり強く打ち付けたが、その女性もすぐに気付けされ、肩を貸りるだけで歩き始めた。


 ここは三の郭の西の方だった。飲み屋が多く、人通りが少ない。以前この近くにギルドの本部があったのだが、それが場所を変えたため廃れた場所らしい。

 外套に隠れて傍目からは分からないようになっていたが、ルックは後ろ手に縄を掛けられていた。囚人の様に彼らの後を歩いている。この体勢でもし切りかかって来られたら、ルックも為すすべはない。それが思い浮かばなかったわけではないが、ルックはそれを頭の隅に追いやった。ルックは彼らが王の使いであると八割以上は信じていたのだ。もしそうでなければ、自分がライトの親友だと言ったときの、彼らのためらいに説明が付かない。

 またルックにはヘルキスが嘘をついているとも思えなかった。まだ若いルックには、ヘルキスのような立派な人間が嘘をつく必要性が理解できなかったのだ。


 彼らがしばらく歩くと、二の郭の郭門に着いた。リーダーの男が門兵に事情を話し、門兵も頷いて彼らを通した。やはりすでに話が通されている。彼らは嘘をついてはいないのだろう。ルックは残りの二割の警戒をほとんど緩めた。


「おい、お前ルックか?」


 ルックが郭門を通ろうとすると、門兵が声を掛けてきた。よくよく見ると彼は、ルックの見知った門兵だった。良く王城へ足を運んでいたため、顔見知りになっていたのだ。


「この子を知っているんで?」


 リーダーの男が門兵に聞いた。


「ああ、王が直接王城の出入りを許しているらしいんです。もう一人女の子がいるんだが、その子の話だと王の友達なんだそうです」


 おしゃべりなルーンは、街のいたるところで話友達を作っている。彼もその一人だ。


「そうなんですね。安心しました。おそらく彼に濡れ衣をかけてしまいまして、その確認のために王城までお連れするのです」


 圧倒的な強さを見せたルックを連れていくことに、きっとリーダーの男も不安を感じていたのだろう。門兵の言葉には安心したようだった。だが自分たちが疑われてはかなわないと思い、慌てて状況を説明した。


「ああ、そうだったんで。ははは、ルック、このことをルーンに話してもいいかな?」


 ルックは自分のことを話の種にしようとする門兵に、呆れた視線を送った。しかしそこまで拒絶する理由もないので、特に口止めはしなかった。

 ルックは一の郭の郭門でも似たような事態に会った。今日に限ってルーンと仲のいい門兵ばかり番をしていたことを苦々しく思いつつ、ルックは城へたどり着いた。

 城へはリーダーの男と、ルックが強く打ち付けた女性だけが入っていった。他の面々はルックも含めてその場で待機している。

 女性はおそらく医務室に運ばれるのだろう。太めのアレーを殺した女だが、あまり大事にいたらないでほしいとルックは思った。


 しばらく待つと、リーダーの男が一人の文官を連れて戻ってきた。文官はルックも知った顔だったが、ルックはその顔を見た瞬間に嫌な予感がした。彼はルックがライトに会いに来ることを快く思っていない一人だったのだ。


「これはルック、今日は変わった登城のされ方ですね」


 彼は城の文官の中でも、王と謁見の間で他国の使者を迎えるほど身分が高い。この城ではそうした文官の大抵はビースに憧れを抱いており、話し口調を真似ている。


「そういえばそうですね」


 ルックは文官の嫌味に不機嫌そうにそう答えた。


「よもやあなたほどの方が、このような嫌疑を掛けられるなど、嘆かわしい限りでございます」

「あなたなら僕のことをライトが殺させないくらい分かりますよね。できたら解放して、事情を話してほしいんですが」


 ルックと文官に不穏な空気が流れていることを察し、他の面々は皆口をつぐんだ。


「それは私の一存では何とも。とりあえずは、形式的にではございますが、あなたの身柄を拘束させて頂きたい。すぐにビースに報告いたしまして、あなたの嫌疑が晴れるよう取り計らいましょう」


 ルックは文官に対する苛立ちを隠そうともしなかった。彼は腹いせのためだろう、どうしてもルックを牢に入れたいらしい。もしかしたらこの文官が、ルックを捕らえるために兵を使わしたのかとも考えた。しかしそれはいくら何でも勘ぐりすぎだろうと思い直し、結局ルックは文官の言うことに従った。

 愛用の大剣まで、その場で取り上げられた。

 ルックが通されたのは、城の敷地内で、城とは別に建てられた塔だった。入り口には外から鍵を掛けられていて、ひと目でそこが囚人を収容する場所だと分かる。

 塔はもちろん中に見張り番がいるが、その見張り番すら、この構造では交代の兵が来るまで外には出られないだろう。そのためか、ここの見張り番には皆どこか陰気な雰囲気がある。

 塔の中はまともに明かりを設けられてなく、まだ日の明るい時間だというのに薄暗い。入った瞬間にかび臭いにおいが鼻をつき、どこか奥の方から力ないうめき声が響いてきた。どこかで拷問でも行っているのだろうか。


 文官はここの見張りにルックを託すと、「すぐにビースに話しに参りますので」と言って、そそくさといなくなってしまった。ルックはなるべく早くそうしてほしいと思った。この塔の陰鬱な雰囲気にあまり長く触れてしまうと、気が狂いそうな気がしたのだ。

 もしかしたら力ないうめき声は、そうして気の触れた囚人のものなのかもしれない。


「こちらでお待ちを」


 暗い顔をした見張り番は、ルックのために地下室の牢を案内してくれた。牢は一面が鉄格子で、中は割と広い。地下室のため窓はなく、牢の前の頼りない蝋燭の明かりだけが全てだった。見張り番は無数の鍵を付けた丸い輪の中から、その牢に合うものを探している。やがて一つが牢の錠と合い、鈍い金属音と共に鍵が開いた。見張りはきしむ音と共に牢を開けると、無言でルックを促した。ルックは素直にその中へ入る。

 屈辱的だったのは、後ろ手に縛った縄を、牢の中の壁に固定されたことだ。縄は長め設けられていたが、自由に動き回れると言うほどでもない。ようやくその場で寝転がれる程度のものだ。


「ここまでする必要があるの?」


 ルックはあからさまに顔をしかめて言う。


「これでも特別対応です。本来ならここに通された囚人は、寝転がることも、座ることすら許されない」


 見張りは暗くつぶやくようにそう言った。

 見張り番は出て行くときにしっかりと鍵を閉め、無言のまま去った。後に残されたのはルック一人だ。牢はこの部屋の中に四つあるようだが、見える範囲には、他の囚人も、見張り番もいない。

 後は気長に待つよりない。ルックは意を決し、その場で寝転がって誰かが来るのを待った。

 石がごつごつとむき出しになっている床はとても寝心地が悪い。


 どれほどそこでそうしていたか、次第にルックは不安を覚え始めた。あの文官は本当にビースにこのことを伝えたのだろうか。さすがにいつまでも黙っていはしないだろうが、下手をすれば丸一日くらいは放置されるかもしれない。そこまで恨みを買った覚えはないが、忙しいビースに気兼ねして、自分のことを後回しにはするかもしれない。

 暗く冷たい地下室は、ルックにそんな疑念を植え付けた。もし丸一日ここで待たされたなら、明日の約束には間に合わないかもしれない。それだけはとても耐えきれない。


 ルックは少し身じろぎをし、後ろ手の縄が外せないか試してみた。しかし縄は少しの緩みもなく巻き付けられていて、とても外れそうにはない。もっとも外せたところでここから出られるわけではないが。

 どれほど時間がたったかは定かでないが、恐らくまだ明るかった日は、もう暗に転じているだろう。

 ルックがそんな焦りを感じ始めた頃、ルックの死角で扉の開く音がした。

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