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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 ヘルキスがルックを連れていったのは、人の少ない酒場の中だった。酒場はとても汚く、グラスを拭く老人は耳が遠いいのか、二人が入ってきても一瞥もくれなかった。

 酒場のテーブルは丸い木造のテーブルで、全部で七つ置かれていた。そのそれぞれに椅子が三つか四つ添えられていたが、ひどい物は足が折れ、そこにそのまま倒れて転がされていた。

 奥の席では三人のアレーが一つのテーブルを囲って座っていた。ヘルキスはその三人に向かって大股で闊歩していく。


「よう旦那。そっちの収穫はそいつ一人か?」


 三人組の内一人が言った。髪の薄い、目がぎょろりとした紫色の髪のアレーだ。


「ああ、そっちも一人のようだな」


 答えたヘルキスは、空いている椅子に腰を下ろした。椅子が埋まり、このまま立っているべきか悩んでいたルックに、先に座っていた少し太めの男性が立ち上がり、席を譲ってくれた。彼は隣のテーブルから自分用に椅子を一つ引いてくる。


「ありがとう」


 ルックは彼の行為に素直に礼を言った。


「お前らが連れてきたにしては礼儀正しい男のようだな」


 ヘルキスはその様子を見ると、横柄に言った。


「ご愛想だな。まあいい。話は通してあるのか?」

「いや、まだだ。そっちは?」


 髪の薄い男とヘルキスは短く状況を確認した。どうやら太めのアレーもまだ彼らの依頼内容を聞かされていないようだった。

 ルックはヘルキスの連れの二人を見て、あまりいい予感がしなかった。連れの二人のうちもう一方は、坊主頭の厳めしい顔をした男だ。鋭い目つきがぎんぎんにきらめき、いい印象を与えない。髪の薄い男の話口調も鼻についた。


 そしてルックの悪い予感は見事に的中した。突然飛来した短刀が、太めのアレーの頭に深々突き刺さったのだ。彼は突然のその襲撃に、なんの言葉も発することなく息絶えた。


「なんだっ?」


 ヘルキスが酒場の入り口を振り返った。この事態にはさすがに酒場の老人も気付いたようで、目を丸くして入り口を見ていた。

 入り口は開け放たれていて、その向こうに身なりの整った二十名ほどのアレーが立っていた。


「何者だ?」


 ヘルキスが怒鳴った。かなりの声量で、ルックは思わず少したじろいだ。


「お前のような男に名乗る名はない」


 先頭に立っていた、短剣を投げたと思われる女性のアレーが声高々にそう言い返す。

 ルックはこの事態にかなり面食らっていたが、それよりも突然理由も告げずに太めのアレーの命を奪ったことに、かなり腹立たしい思いがした。


「名乗る名はない? ふざけるな。卑しい悪党にそんな大それた言葉がよく言えるね」


 ルックの言葉は女性の怒髪天を突いたようだった。女性は剣を抜きざまルックに向かって駆けだしてきた。

 ルックは冷静にその女性の動きを見て、カウンター気味に右の拳を女性の鳩尾に叩きつけた。女性は小さなうめき声を上げ、その場にうずくまり気を失った。

 ルックはこの一年、格闘も剣技も魔法も、血反吐を吐くほど猛特訓した。リリアンと一緒に旅をするために、彼女の足を引っ張らないためにだ。暇さえあればシュールにマナの細かい操り方を習い、シャルグに鍛えられていたライトに試合を申し込んだ。難しい依頼にも率先して出向き、様々なアレーと共闘し、その技術を盗んだ。

 ルックはアラレルの体術があるライトにも、未だに少しだが勝ち越している。それほど腕を上げていたのだ。

 女性の動きもなかなかの物だったが、ルックにとってはとても緩慢だった。


 それにルックはこのとき、とても多感な年頃だった。言葉を交わしすらしていないが、優しくしてもらった男の死を目の前で見て、複雑な感情を得ていた。

 そのためルックはわずかにだが、黒い気配を漂わせていた。

 女性の後ろにいた一団は、ルックの抵抗を見て一気に駆けだしてきた。ルックは自分からも少し前に出ると、群がる一団を一人であしらい始めた。ルックには彼らは少し鍛えたキーネ程度の強さに思えた。彼自身、自分のルードゥーリ化に気付いていなかったのだ。瞬くうちに相手は半数になり、またその半数もすぐに数を減らし始めた。この間ルックは魔法も使わなければ、剣を抜きもしなかった。


 一団のリーダーとおぼしき男が、旗色が悪いと見て残った者をいったん退かせた。酒場の入り口付近に下がったのは、たったの六人だけだった。

 うめき声を上げるか気を失うかをする人々の間に立ち、ルックは口を開いた。


「言え、なんで突然襲ってきた」

「なぜかだと?」


 一団のリーダーと思われる男は、磨き上げられた鋼鉄のプレートを付けた、立派な身なりの男だった。とても先ほどルックが言ったような悪党には見えない。どちらかと言えば、ルックの後ろにいるヘルキスの仲間の二人の方が悪党に見える。


「そうだ。僕とお前たちが殺したその人は、まだなんの事情も聞かされてなかった。少なくとも僕には、こんな大がかりな襲撃を受ける覚えはない」


 リーダーはそれに驚きを示した。


「なんと、それは本当か。くっ、それは申し訳ないことをした。そちらの方には掛けるべき詫びの言葉もない。我々は王命により、ここに集ったアレーを皆殺すように承った。そして魔装兵を生かして捕らえよと」


 正直に話し詫びる男は、嘘をついているようには思えなかった。ルックは後ろを振り返りヘルキスを見る。

 ヘルキスは堂々と腕を組んで立ち、表情を変えずに兵士の男に反論をした。


「王命でだと? よもやその王というのはライト王ではあるまいな。なぜ我々が、少なくともこの俺が、王に命を狙われることがある? 私の名はヘルキス。ディーキス公爵の実息なるぞ」

「知らん。俺はただ王命としか聞かされていない。そちらの方々には悪いと思うが、そう言われた以上、どのような事情があれ任務はこなさなければならない」


 ルックには正直訳が分からなかった。ヘルキスの堂々とした態度も、ルックには真実を言っているように見えた。そこはヘルキスが一枚上手だったということだが、最近腕を上げたルックには、無駄な自信が付いていたのだ。ヘルキスの嘘を見破れていないだけだとは少しも思わなかった。


「王命だというなら、それは間違いだ。僕はライトとは親友なんだ。ライトが僕の命を取れとは決して言わないよ。もし仮にあなたたちが僕を殺したら、ライトは絶対にあなたたちを許しはしないよ」


 ルックが確信を持って言った言葉は、残った六人に確実に迷いを与えた。リーダーの男はしばらく考えると、やがて思いついたように口を開いた。


「それならば私たちはお前たちを捕らえ、城へ連れていく。それならば異存はないだろう」

「分かった。それならそうしよう。ライトやビースに会わせてもらえば、こんな誤解はすぐに解けるからね」

「ならん」


 男の言った代替え案にルックは従おうとした。だがヘルキスが、まとまろうとする話を遮り強い口調でそう言いきった。


「それは後ろ暗いところがあるということか?」


 リーダーの男は殺気立つ。男の問いにはルックも同感だった。だがヘルキスはそれでも態度を変えない。


「私は公爵の息子だ。そしてキーネでもある」

「言い訳にはならないぞ」

「愚か者め。私は幼いときからお前等のような輩に何度も拐かされかけている。お前らが公爵家を狙うものであることは明白だ。そのようなものの手にみすみす落ちはせぬぞ」


 リーダーの男はそのヘルキスの言葉に激怒した。彼らはきっと、王命という言葉に強い誇りを持っていたのだ。それを否定されるような言葉は腹立たしいのだろう。

 ルックは男の言葉もヘルキスの言葉もどちらも間違えているようには思えなかった。だとすれば、これは単なる人違いなのではないだろうか。


「分かった。それならヘルキスの潔癖を確かめに、僕だけついて行くよ。それでどうかな?」


 男は考え始めた。男にはヘルキスはまだ信用できないように思えたが、ルックが王の親友だということが気になっていた。ヘルキスも、ディーキス公爵の息子というなら間違いは犯せない。


「分かった。それでは失礼だが、あなたの手を拘束させて頂きたい。王城にお連れするので、百に一つも間違いがないようにしたいのだ」

「そっか。それはそうだね」


 ヘルキスはルック一人が連れて行かれるというのに、まだ不服そうだった。しかしこの場を乗り切るためには仕方がないと思ったのか、黙って彼らを見送っていた。

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