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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 食事を終え後片づけを済ませたルックは、約束通りミーミーマの元へ向かった。ミーミーマの家は同じ住宅区にある集合住居だ。

 ルックのノックの音に、すぐに中からミーミーマが顔を出した。


「いらっしゃい。さ、外は冷えるでしょ、お入りよ」


 ミーミーマは気安くそう言って、ルックは言われるままに戸をくぐり、中へ入った。


「久しぶりだね、ここに来るの。ずいぶん小物が増えたみたいだけど、全部ミーミーマが作ったの?」


 部屋はルックの家より大分こじんまりとしていた。玄関をあがるとすぐある居間は、中央に猫足の丸いテーブルが置かれていて、他の部屋へと通じる扉は二つしかなかった。床には乳白色のカーペットが敷かれていて、壁には背の低い棚がぐるりと取り付けられている。その棚には縫いぐるみや刺繍を施したハンカチなどが飾られていて、少女の部屋のようだった。


「いやいや、自分で作る参考に買ってきたものも結構あるよ。まあ、適当におかけよ。今お茶を持ってくるから。それともワインか何かの方がいいかい?」

「んー、魅力的なお誘いだけど、僕はまだお酒は飲んだことがないんだ。これから城に向かう予定もあるし、遠慮しておくよ」


 アーティスでは成人しなければ酒を飲めないということはないが、シュールとドーモンがそこには厳しく、ルックたちは一滴も飲んだことがなかった。

 ルックは酒に興味がないわけではないが、もう明日にも成人を迎えるのだ。今さらシュールやドーモンの方針に逆らう気もなかった。


「そうかい。じゃあお茶にしようかね。ヒニビスのお茶でいいかい?」

「うん、ありがとう。ヒニビスは好きだよ」


 ミーミーマは二つある扉のうちの一つに入っていき、しばらくすると湯気の立ったカップを二つ持って現れた。


「さて、それじゃあ何から話せばいいかね」


 お茶を置いたミーミーマは、改まった口調でそう言った。


「シュールとロチクのことだね」


 ルックも真剣な表情になる。ミーミーマはしばらくルックのことを黙って見つめていたが、「気付いてたのかい」と言った。ルックは自分の予想が当たったことを知り、緊張した。


「本当は私が言うべきことじゃないかもしれないんだがね」


 ロチクはミーミーマたちとともに、戦争前にアーティス西部の農村に現れたルーメスを討ちに行き、命を落とした女戦士だ。ロチクとシュールは婚約していたらしい。ミーミーマたちの仲間の一人、ラテスがそれをルックに告げたとき、彼らは気まずそうに無理矢理話題を変えた。

 後になって思い返して、ルックはそれの理由にある推測を立てていた。


「ルック、あんたは多分、シュールに謝らなければいけないと思うんだ。シュールとロチクはね、本当だったらロチクが十五になった日に、結婚する予定だったんだよ」

「そっか」


 ルックはもう、ミーミーマの話の先が見えていた。


「知っていたのかい?」

「ううん。けど何となく、予想はしてたよ。ただ確信はなかったから、シュールには何も言えなかった」

「そうかい。じゃあ、はっきり言おうか。もちろんルックを責める訳じゃないんだよ。ルックに何も非がないことは知ってるわ。ただ、それだけじゃ割り切れないものもあるだろうと思ってね。……ロチクの十五になる十日前にね、シュールにある依頼が舞い込んだんだ。あのとき私はどうしてシュールが断らないか不思議だったがね、シュールはその依頼を受けた。あなたとライト王を、チームで育てていくっていう依頼を。それでロチクはあんたたちが成人するまで、シュールと結婚しないことになった。

 ロチクはもちろん、シュールからなんの事情も聞いてなかった。けどね、シュールを信じているって言ったんだ。二人は本当に愛し合っていたんだ。ちゃんと待っててやる。そうシュールに誓ったんだと、ロチクは笑っていたよ。

 シュールはさぞ無念だったろうと思うよ。だからルックは、」


 ミーミーマは話しながら、大粒の涙を流し始めた。ミーミーマとロチクは仲が良かったのだろう。歳は離れていても、きっと親友だったのだ。

 話しているうちに、彼女はロチクのことを思い出したのだろう。ミーミーマの涙は次から次へと流れては落ちて、ミーミーマの口をふさいでしまった。


「うん。ありがとう。ミーミーマ、もういいよ。教えてくれてありがとう。僕もずっとミーミーマに聞こうと思ってたんだ」


 ルックが言うと、彼女は言葉もなく顔を隠した。

 ルックは本当にミーミーマに感謝をした。ルックも、自分が何も言わずに旅に出るべきではないと思った。大好きなシュールが、自分たちのために犠牲にしてくれたものを思うと、胸に詰まるものがあった。


 ルックはミーミーマの家を出ると、一度自分の家へと戻った。他の何よりも、これが最優先だと感じたのだ。


 家ではシュールが先ほど自分で否定した本を読み終えようとしていた。なんの興奮も感じないその目から、やはりそれが駄作だったのだとルックは知った。


「ただいま」

「ルック、早かったな。ルーンは城へ向かったぞ」

「そっか」


 ルックは戻ってきたはいいが、どう話を切り出そうか迷った。シュールはそんな暗い表情のルックを見て、読んでいた本を脇に置き、ルックに歩み寄る。


「どうかしたか?」


 シュールの優しい手が、ルックの頭に乗せられる。何度もルックをなで、慰めてくれた、優しい手だ。ルックは体の憑き物が落ちたような感覚を得、その開いたところに、とても収めきれない感情が溢れた。


「シュール、……ごめんなさい」


 ルックにはそれだけ言うのが精一杯だった。シュールはルックの頭に手を置いたまま、うつむくルックを見て、何も言わない。

 一体それだけの言葉でどれだけ伝えられたのだろう。


「いいんだ。ルックは笑っていてくれ」


 シュールの声は深く、優しかった。

 ルックはロチクの死を知ったシュールが、どれだけ塞いでいたかを知っていた。しかしシュールは、それからもルックに変わらず接してくれていた。決してルックに弱さを見せず、深い愛情を与えてくれた。

 これほど偉大な人を、ルックは他に知らない。そしてこれからも知ることはないだろうと思った。

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