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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 ライトの願いで護衛の職についたシャルグは、もともとチームの中で特にライトを可愛がっていた。黒い影という陰鬱な名で呼ばれる彼だが、本当はとても情が深い。暗殺業という生業が反面教師になって、そうした情が生まれたのだろうか。

 もちろんルックやルーンのことも常に気にかけていたが、ライトだけは別格だった。それは彼が王だからではない。


 ライトがチームに来たとき、シャルグはまだ十五だった。シュールと違い頭の回転が早くはなかったシャルグは、年相応の青年だった。王子と聞いて普通の人間とは一線を画した存在なのだろうと、勝手な想像をしていた。


 ギルド長に呼ばれてシュールと二人で一の郭に向かった。

 ギルド長ディーキスの館、最も奥に秘された部屋で会ったのは、金色の髪の少年だった。

 人の顔の美醜になど興味はなかったが、そんなシャルグの目から見てもライトの見た目は華やかだった。


 子供らしい大きな瞳、形のいいまだ小さな鼻。将来精悍になるだろうと思わせる、柔らかく引き締まった輪郭。何よりもライトの金髪は、磨き上げた純金もかくやというほど、鮮やかな金色をしていた。


 財宝を愛する人間の心持ちとはこんなものなのではないか。


 シャルグはそんなことを思った。

 それほどにライトの見た目は完成されていた。

 しかしおどおどと周囲の大人を見回す瞳は、王族の威厳など全く持ち合わせていなかった。

 先に部屋にいたビースとディーキスがシュールと細かい打ち合わせを始めた。なので自然とシャルグが少年の気を引く役目となった。

 同じ年の少年が家にいるが、まだシャルグは一言も言葉を交わしていない。さらにシャルグには歳の離れた弟がいるが、そちらもしばらく会えていない。

 最初はどう話し掛ければいいか迷ったが、しゃがんで目を合わせると、自然に言葉が出てきた。


「綺麗な髪だな」


 少年は初対面の大人にそう言われることに慣れていたのだろう。照れることもなく嬉しそうに言った。


「うん。ありがとう」


 ライトの顔は芸術作品のように完成されたまま、微塵も崩れることなく笑顔になった。精巧でカラフルな宝石細工のようだった。知らないうちにシャルグの顔にも笑顔が浮かんだ。


 後になってシュールに聞いた話だが、シャルグの最初の行動が、ライトの今後の教育方針を定めたらしい。将来の王に向かっていきなりぶっきらぼうなほめ言葉を発したのだ。そしてそれにライトが明るく答えた。


「おかげで大分気が楽になったよ。俺も王族への作法なんかは良く知らないし、ドゥールやドーモンなんてそれ以上だろうしな。どう話せばいいのか迷ってたんだ。はは、まさかシャルグに手本を見せられるなんてな」


 ライトを連れて帰る途中で、そんなことを囁かれた。

 ライトは自分がどのような環境に置かれているのか、自分がどんな存在なのか、全く知らされていないようだった。

 シャルグもその方針に従い、優しく、時には厳しく、真剣にライトと向き合った。


 このときはまだ、シャルグにとってライトは他の子供と対等の存在だった。見た目を宝石のようだと感じても、死を良く知る彼には容姿の良さなどは取るに足らないことだった。だから格別にライトのことだけをひいきするようなことはなかった。


 ライトが八歳のとき、事件は起こった。

 この頃チームで子供たちを簡単な依頼に同行させるという案が出て、シャルグはライトと危険のなさそうな依頼をすることにした。

 そのときシャルグが受けたのは、二の郭に住む大商人の子供をヒルティス山に連れて行く仕事だった。

 ライトと二人で大商人の家を訪ねると、主人自ら出迎えてくれた。


「突然長男がヒルティスに登りたいと言いましてね。わがまま放題で育ててしまって、お恥ずかしながらだめと言っても聞かないのですよ。まあ外を知るのも経験かと思い、最終的に私も許してしまったのですが」


 ヒルティスは近場で安全な山だ。大商人の子供はライトと同じくらいの歳だったが、正直一人で向かわせてもさしたる危険はないはずだった。それでもアーティーズからほとんど出たことのない商人には不安だったのだろう。

 わざわざアレーを一人雇い入れてまで、息子のわがままを汲んだらしい。

 ライトは歳の近い大商人の子と同行するのを喜んだ。よっぽど親切心から、無駄な依頼だと諭した方がいいかと思ったが、ライトの喜びようを見て格安で引き受けることにした。


 結果として、シャルグの考えはかなり甘かった。

 大商人は息子のわがままのために高いアレーの護衛を雇おうとする人間なのだ。かなり裕福だったのだろう。

 このときのアーティスは表面的には戦争の傷も癒えていたが、貧しさ故に犯罪に手を染める者も多かった。

 油断をしきっていたシャルグは、四の郭でライトをさらわれてしまったのだ。


 女性とぶつかり、その人が持っていた籠から果物が落ちた。小さくてそれなりの量が落ちてしまったので、シャルグは拾うのを手伝った。

 ライトも商人の子供も一緒に拾っていたが、あらかた拾い終わったときに、ライトの姿が見えなくなっていた。

 転がっていった果物を追いかけて行ったのだろうか。

 最初はのんきにそう考えていたが、どこを探してもライトはいない。

 ようやくシャルグの頭に誘拐の可能性が思い浮かんだ。大商人の息子と間違えられ、ライトはさらわれてしまったのだ。

 シャルグは迅速に行動した。まずは大商人の子を自分たちの家に連れて行った。


 家にはルックとルーンとドゥールがいた。

 手短にドゥールに事情を説明すると、大商人の子を預けた。

 それから大商人の家に行き、誘拐犯からの連絡を待った。

 商人は仕事に出ていたが、執事に事情を話すと、主人へ言づてを出してくれた。

 誘拐犯からの要求は昼を過ぎてすぐに来た。

 要求は金だった。アーティス金貨で千枚を用意しろとのことだった。


 この時点でシャルグはようやく少し安堵を得た。

 誘拐犯はいまだにライトのことを商人の子だと思っているのだろう。もしライトの本当の素性を知っての犯行だとしたら、事は簡単には行かなかった。

 金貨千枚程度なら、ビースに言えばすぐ用意してもらえるはずだ。

 ドゥールが手を回してくれたのだろう、それからすぐにビースの使いでアラレルがやってきた。


「金貨千枚か。とんでもない金額だね」


 真剣な顔でアラレルが言う。


「用意できるか?」


 端的なシャルグの問いにアラレルは頷く。金で解決できるならそれが一番安全だった。

 アラレルが金を用意しに向かうと、主人が家に戻ってきた。


「お話はうかがいました。まさかあの坊やがうちの息子と間違われるとは。犯人からの要求は金貨千枚という事でしたが、どうなさるおつもりで?」


 商人は親切な人間なのだろう。いくら裕福とはいえ千枚は無理だが、交渉をして要求額を下げ、多少はお貸しいたしますと申し出てくれた。

 そこでシャルグは返答に窮した。普通なら一人の子供に金貨千枚は用意できない。シャルグのような腕のたつアレーだとしてもだ。実際にはライトはただの子供ではないし、ビースの力を借りれば金貨千枚などわけはない。しかしそれをすぐに用意するとなると、大商人にライトの正体を疑われる可能性があるのだ。

 とはいえ背に腹は代えられない。下手にごまかすためにライトを危険にさらすのでは本末転倒だ。シャルグは正直に答えた。


「いや、知り合いに頼んで金貨は工面する」


 答えてから気付いた。そしてシャルグはアラレルを遣わせたビースの叡智に深く感心した。アラレルならば金貨千枚を個人で用意したとしても不自然ではない。ライトの正体を大商人にも悟らせず、事を素早く納めることができそうだった。ビースはそこまで見越してアラレルを送ってくれたのだろう。


「なるほど、あの子やあなたはアラレルのご友人でしたか」


 商人は一切疑いを持たなかった。そして実際にアラレルはビースを頼る手間を省き、個人の貯蓄から金貨千枚を用意した。


 アラレルが戻り、夜に犯人からの二度目の使者が来た。

 金の受け渡しは明日の早朝に行われる事となった。

 一度目の使者も二度目の使者も犯人とは一切関わりのない人間だった。

 二人は犯人に突然声をかけられて、報酬を受け取って手紙を送るように頼まれたらしい。彼らに依頼をしたのは、髪の長い若いアレーだという。落ち着いた雰囲気の女性らしい。


「藍色の髪で結構な美人でしたよ。知り合いじゃないんで?」


 何も知らない使者はそう尋ねてきた。その特徴はシャルグとぶつかり果物を落とした女性と一致していた。


 次の日、指定された場所へシャルグが赴くと、五人のアレーが待ち構えていた。その内の一人はやはりあの女性だった。

 場所は、戦争で持ち主を失った四の郭にある空き家だった。大きい家ではなく、玄関へ上がると開け放たれた扉が一枚あり、その先に五人のアレーがいた。シャルグは金貨の詰まった袋を埃の積もったテーブルの上に置く。


「へへ、まさかほんとに一日で用意しちまうとはな。さすがナナル家だぜ」


 主犯と思われる男が言ったが、シャルグにはそんな戯れ言に興味はなかった。


「あいつはどこだ?」

「あの坊やのことか? 安心しな。危害を加えちゃいねぇよ。この家の二階に縛り付けてるから、俺たちがとんずらしたあとにゆっくり探してくれ」


 シャルグには危険を冒す理由はなく、無言で頷く。話があまりに潤滑に進んだためだろう。彼らは訝しむ顔をしたが、シャルグの無言の圧力に呑まれたのか、そのまま金貨の袋を奪い取って逃げ出した。


「薄気味悪い野郎だ」


 そんな聞こえよがしの陰口が遠ざかると、シャルグは急いで二階を捜索した。

 ライトは二階の一室のタンスの中に閉じ込められていた。手足を縛られ猿ぐつわを噛まされたまま、ライトはシャルグの顔を見てにこりと笑った。

 ライトの表情に疑問を持ちながら、手早く拘束を解くと、シャルグは聞いた。


「すまない。怖くはなかったか?」

「うん。だってシャルグが助けてくれるって分かってたから」


 シャルグは衝撃を受けた。

 そもそもライトは最初から、自分が大商人の子と間違えられたのを知っていたのだと言う。


「お前がメイマか?」


 誘拐の実行犯にライトはきかれた。メイマとは大商人の子の名前だ。それにライトは迷わず頷いた。


「なぜだ?」


 なぜさらわれると分かって嘘をついたのか。

 シャルグの問いかけにライトは自信満々で返してきた。


「だって僕にはシャルグがいるけど、メイマにはいないもん」


 ライトの瞳は本当に屈託がなく、どこまでもその自分の考えを信じ込んでいた。

 その信頼には恥入る思いだったのと、嬉しかったのと、ごちゃ混ぜの感情を抱いた。

 シャルグは確かにチームでも、護衛という役割では一番強いかもしれない。しかし相性の悪いドゥールと戦えば勝てる可能性は極めて低いし、アラレルには微塵も勝機を見いだせないだろう。シュールやドーモンのように思慮深くもないので、このときのことのように意表を突かれることもある。

 シャルグはライトの思い込みを正そうかと思った。


「ライト」


 そう声をかけ、しかしそこで思いとどまる。

 ライトの信頼を嬉しいと思う心が制止をかけたのだ。


 なにも、ライトの信頼を裏切ることはない。本当に自分が、ライトの信頼に足る戦士になればいいのだ。


 シャルグの胸に堅い誓いが芽生えた。

 だから今、アーティス国の王城の中、ほんの少し目を離した隙にライトが消えたのには発狂しそうな気持ちになった。

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