⑤
シュールはドーモンの葬儀のすぐあと、訪れたビースからロチクの死を聞かされた。
わざわざそのことを伝えるためだけに、忙しい身を運んでくれたのだ。しかも家にシュールが一人のときを見計らって来てくれたようだった。おそらくビースにも少なからず罪悪感があったのだろう。
ロチクとは結婚の約束をしていた。まだ十三のときだったが、十年前の戦争に出る前、誓いを立てたのだ。
「ビースを説得した。俺たちは明日第一軍を倒す」
「シュールの魔法もアラレルの強さも知ってるけどさ、逃げるって選択肢はないの? 私たちまだ子供だよ?」
倒すと簡単に言っても、勝てる保証はどこにもなかった。最善と思われる作戦を立ててはいたが、シュールもまだ十三だったのだ。その作戦がどこまで通用するかは分からなかった。ましてやこのとき、本当に自分たちが国を救えるとは思ってもいなかった。
「もう子供じゃないさ」
しかしシュールは強がった。強がって、不安がるロチクに口付けをした。お互いに初めてのキスで、ただ唇をぶつけ合わせただけだった。ロチクは目を見張り、それからすぐに苦笑いした。
「ほんとずるいよ」
微塵も照れや恥じらいを見せない所がロチクらしかった。睨むように見据えてくる黒い瞳は、そのときのシュールにとって一番掛け替えのないものだった。
今にして思えばずいぶん気障なことをしたと思う。しかしあのときの自分に嘘偽りがなかったとは誓って言える。
「帰ったらこの責任は取る。戦争なんかが始まる前からずっとそのつもりだった。ロチク、俺はお前と平和になったこの街で暮らして行きたい」
意地っ張りで気の強かったロチクが、突然号泣し始めた。
シュールは真剣な目でビースに見つめられながら、昔を思い返し苦く笑った。
戦争があったのだ。今度はロチクも参戦するだろうとは思っていた。まさかその前に命を落とすとは思ってもいなかったが、覚悟がなかった訳ではない。
「ありがとうございます。今度良ければ、どのあたりに彼女を埋葬したか教えてくれますか」
「かしこまりました。地図を作って運ばせましょう」
ビースが去ったあと、自分の部屋で泣いた。
いつ戻ったのか、事情も知らないはずのドゥールが、黙って酒を差し出してくる。シュールは酒には強かったが、酔えるまで飲み続けた。無言の酒に、屈強な男はいつまでも付き合ってくれた。
そんなドゥールが旅立ち、シュールは家で黙々とルーメスについて研究を始めた。
大学にいたこともない自分がどこまで役に立つかは分からなかったが、依頼を受けたい気分にもならなかったし、少しでもドゥールやアラレルの役に立つ情報がないかと思ったのだ。
ルックとルーンはドゥールを見送ったあとも活発に活動していた。特にルックは十五になったら旅に出たいそうで、修行もかねて様々な依頼に取り組んでいた。
依頼の合間に何度か手合わせに付き合ったが、どれだけ魔法を駆使してもほとんど勝てなかった。もちろん火の魔法は攻撃性の高い魔法が多いので、本気で手合わせしたとは言えないが、それでもルックの強さが本物になったのは間違いない。
あの深い傷を抱えていた小さなルックが、いつの間にこんなに強くなったのだろうか。
最初はライト王を迎えるための隠れ蓑として連れてきた彼だったが、今のシュールにとっては誰よりも掛け替えのない存在だった。
ルックの成長はとても嬉しかったが、ルックが傷だらけになってカンの残兵を倒してきたときには心臓が止まる思いだった。聞けば、ルック一人で十一人のアレーと魔装兵を倒したのだという。
ルックの気持ちが分からない訳ではなかった。ルックは戦争へ禁忌を感じているのだ。未だ戦争からぬけ切れていないカン兵を、ルックは救い出したかったのだと思う。
本人が自覚していたかは分からない。しかしルックは一刻も待てなかったのだろう。
だがルックにもしものことがあったとしたら……
シュールの胸に怒りがあった。
なぜ自分は怒りを感じるのだろうか。
自問してみるとすぐに答えは見つかった。そしてすぐにそんな気持ちを抱いた自分を恥じた。
あまりにも身勝手な怒りだったのだ。
「シュール! 家に引きこもってばっかりいないで、ルックと一緒にシェンダーに行こっ」
ルックが戻った三日後の日、ルーンが日課の王城訪問から戻るなりそう言ってきた。
「おいおい。別に家から一歩も出ていないわけじゃないぞ」
実際シュールはルーメスを研究するために、ギルドの図書館や青年会、市場へ本を探しに行くなどでよく出掛けている。
もちろんルーンも本気で言っていたわけではないが、引きこもってばかりとはあんまりな言い方だった。
「ルックの今度の仕事はシェンダーなのか?」
「うん、そうみたい。シェンダーでルーメスが出たから討伐に行くんだって。心配だからシュールも一緒に行こ」
ルーンの発案に異存はなかった。ついでにルーメスが現れた場所も調べられれば、研究の足しになるかもしれない。
シュールはすぐに遠征の準備にとりかかった。




