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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 ビラスイはもともとこのハシラクの出身らしい。アーティーズに家を持ってはいるが、今回は戦争とルーメスの討伐でまとまった額の報酬を受け取れたので、生家に戻って来ていたのだそうだ。

 ルックは一晩ビラスイの生家に泊めてもらうことになった。ビラスイの父親は猟師をしていて、母親はいない。弟が一人いて、父の見習いをしているらしい。


 家はハシラクの町はずれにあった。他の家々よりもだいぶ林の中に入ったところにある。木造の簡素な小屋だ。全体に野獣を避けると信じられていた紫色の塗装が施されている。外壁には大きな獅子の毛皮が掛けられている。色合いがだいぶ褪せていて、古い物だと分かる。その隣には首を落とした猪や野鳥が逆さに吊されている。


「親父は腕のいい猟師なんだ」


 ルックには獲物を見ただけで猟師の腕がいいかどうかなど分からなかったが、ビラスイが得意げに言うので肯定的に相槌を打った。


 ビラスイの家族は家にいた。家の中はかなり広かったが、仕切りはなく、家の中丸々で一つの部屋になっていた。

 そこでは父親が子に弓の削り出し方を指導しているところだった。当然だが、親子の髪はビラスイとは違い茶色だった。

 ビラスイは肉親を紹介したあと、ルックのことをかなり大げさに紹介した。


「ルックがいなかったら、俺は五回は死んでた」


 一回はビラスイが決死隊となろうとしたのを止めたときだろう。もう一回はビラスイと敵の大将軍が対峙したときだ。あとの三回はまるで心当たりがなかった。


「兄さんにしてそこまで言わせるなんて、相当な戦士なんだね」


 ビラスイの弟は二十歳になるかならないかの歳に見えた。彼にとってビラスイは、愚かで弱い戦士ではなく、憧れの兄なのだろう。

 ビラスイはもちろん、その家族もルックのことは歓迎してくれた。猟師とはいえ、ハシラクではそう口にできないだろう猪肉を、ふんだんに使った料理でもてなしてもらった。

 猪肉は野生の臭みが強く、大味だった。しかし柔らかく煮崩した肉は口の中で甘く溶け、満足感たっぷりの食事になった。


「そういえば、ルックはミーミーマのことを何か聞いてないかな? 戦争のあとギルドの登録を確認したんだけど、あのときの君の部隊は、八人しか登録が残っていなかったんだ。だいぶ生きて帰らなかったのは知ってたんだけど、ミーミーマは戦争が終わった時点では生きてたはずなんだよ。ただ重傷を負っていてさ、どうなったかなと」


 暫定的にでもリーダーをしていて、ひと月ほど行動を共にしていた仲間なのだ。ビラスイはその全員のその後を気にかけていたようだ。食事が済むとそんな話を振ってきた。


 あのとき自分が預かった面々は、ビラスイ、ラテス、ミーミーマ、カミアの四人しか名前を覚えていなかった。その内カミアはスニアラビスの砦で命を落としている。ビラスイとラテスが生きているのは、ビラスイと同じくギルドで確認していたが、他にも六人生きていたらしい。ルックもそれには胸をなで下ろした。

 ビラスイが気にしているミーミーマのことは、なぜギルドに登録されていないのかも知っていた。決して手放しに喜べることでもないので、ルックは言葉を選びながら説明をした。


「ミーミーマはあの戦争の最後に足に負傷を負ったんだ。それでもう戦闘はできない体になって、ギルドも辞めてるんだ」


 決して明るい話ではなかったが、ビラスイはそれでも表情を緩めた。


「そうか。ならこの怪我が治ったら訪ねてみようかな。住んでる場所は知ってるかい?」


 ルックたちはその日、夜更けまで語り合い、どちらからともなく眠りについた。

 次の日の朝、ルックはビラスイと再開の約束をして別れた。


「またハシラクに来たらぜひ寄ってよ。兄さんがいなくても大歓迎だからさ」


 ビラスイの弟は気さくな笑みでそう言ってくれた。終始無口だった父親も静かな笑みをルックに向けた。山に入る者は口を重く閉ざし、山と一体になるのだという。仲の良い兄弟は、親父は極端なのだと笑いながら説明してくれた。


 さて、ビラスイは肝心の盗賊の情報はそれほど持っていなかった。半月前にビラスイが盗賊と遭遇した地点は教えてもらったが、敵の勢力をもう少し詳しく知りたいところだ。

 なのでルックはハシラクの町を出て北に向かった。スイラク子爵領もう一つの街、メラクへ続く道だが、ルックは途中で右に進路をとった。

 背の高い草に囲まれる獣道を進む。荷無の道と呼ばれる盗賊のねぐらへと向かう道だ。


 ほどなく、土を盛られてできたねぐらが見えて来た。以前来たときとは違い、そのねぐらの上に盗賊の見張りの姿は見えない。

 商人を襲撃に出ているのだろうか。ルックは嫌な予感にかられながら道を急いだ。


 ルックの予感は的中してしまった。盗賊のねぐらには死屍累々と盗賊たちの死体がばらまかれていた。

 戦争で嫌というほど死と隣り合わせだったルックは、その光景を見て全身の力を奪われてしまった。


 へたり込んだルックを背の高い草が隠す。

 この虚脱感はおそらくやり場のない怒りから来るものだ。カン兵は未だあの戦争を継続している。アーティス人には終わった戦争でも、カン人には、いや、カン本国でももう戦争は終わったものだと認識されているだろう。それなのにここで死兵となったカン兵には、戦争が終わったことが理解できていないのだ。もしかしたら、敗戦したことも知らないのかもしれない。

 もし戦争中であれば、ルックも敵の戦力を削ぐためこのような光景を生み出したかもしれない。しかし戦争が終わったのだから、このようなことは起こってほしくなかった。

 盗賊たちの死体を見れば、この惨劇から逃げ出そうとしたのだろう。ねぐらから必死に逃げようとして背を斬られた者も多かった。


 しばらくして心を落ち着かせると、ルックはどの程度の範囲で盗賊が殺されているかを調べた。恐ろしいことに、かなり広い範囲で虐殺は行われていた。恐らく敵の数は十はいるのだろう。ここの盗賊はみなキーネだったが、アラレルや自分のようなアレーでも、一人や二人でこれほど広範囲の男たちを皆殺しにはできない。

 冷静になってきたルックは、地面に手をつき掘穴の魔法を放った。これだけの死体を埋葬するには、数回掘穴を使う必要があると思っていたが、一度の魔法で充分な大きさの穴を作れた。


 かすかにルックは黒い気配を放っている。

 ルックは予想以上の穴を眺めて、自分がルードゥーリ化をしているのだと気が付いた。




 本当ならここで一度アーティーズに戻り、討伐隊を編成するべきだろう。明らかに今度の敵は一人の手には余った。

 しかしルックはそうしたくはなかった。

 なぜそうしたくなかったのかは分からない。ただルックは討伐隊を編成する時間すら惜しかった。


 ルックの足はビラスイが敵と遭遇した林中へと向かっていた。

 ビラスイは気付いていないようだったが、カン兵の根城はビラスイが敵と遭遇したところからそう遠くないだろう。敵が集団から離れて一人でいたというのは、たぶん見回りのためだ。道を離れたところで見回りをしていたとしたら、それは隊商を襲うためではない。他に可能性がないわけではないだろうが、敵の根城が近くにあったと考えるのが自然だ。


 ビラスイから聞いた場所の近くに行くと、ルックは背中から大剣を抜き取った。すでにルードゥーリ化はしていなかった。慎重に剣にマナを集め始める。

 左方から突然葉を揺らす音が迫って来た。

 ルックは体の向きを変えながら右に跳ぶ。

 灰色の髪の男がルックに剣を振りかざし、迫っていた。ルックは大剣を振って男の動きを牽制する。

 鋭い斬撃に男が躊躇して足を止める。


「僕はアーティーズのフォル、ルック」


 その隙にルックは名乗るが、男は名乗り返さずに踏み込んで来る。

 アーティス軍のルックではなく、フォルのルックだ。返して言うとあなたは、正義の旗の下剣を掲げるカン軍ではなく、平和を乱すただの悪だ。ルックは自分の名乗りにそのような意味を込めた。しかし恐らく男はルックの意図を汲み取れはしなかっただろう。

 ルックは振り下ろされる剣を弾き上げ、大剣を返して男の喉を切り裂いた。

 地に伏せ喘ぐ男を楽にしてやり、ルックは男が来た方向へ歩き出した。

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