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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 次の日からルックたちはギルドの仕事を再開した。

 街は十年前ほどではないにしろ、傀儡の魔法の被害が残されていた。何よりも食糧や木材を始め、食器や家具や工具など、物資が大きく不足していた。そのため仕事は山のようにあった。

 ルックはギルドからくる依頼の中でも、奇形退治やカン軍の死兵狩りなど、腕を磨きながらできる仕事を選んだ。

 そして仕事がない間にも、剣や魔法の鍛練を欠かさなかった。

 ルックが十五になるまで、もう一年ない。それまでにリリアンの役に立てるくらい、せめて足を引っ張らないくらいには強くなりたかったのだ。


 その日ルックは単独の任務で、隣町ハシラクに来ていた。依頼内容は盗賊の討伐だ。最近ハシラク周辺で商人や護衛のアレーを皆殺しにしている、謎の盗賊が出没するのだという。

 シュールはその盗賊のことを、カンの残兵だろうと言った。ルック自身もそう考えていた。ハシラク周辺の盗賊は流血沙汰を好まない。町のほんの近くにアーティス最大の治安維持組織、フォルキスギルドがあるのだ。ある意味でここの盗賊たちは、この周辺を守り、通行料を報酬として受け取る仕事をしているのだ。

 誰の許可を得た仕事でもないので褒められたものではないけれど、完全に有害な存在でもない。だからここでの盗賊行為はある程度黙認されているのだ。


 しかし殺しとなると話は変わる。それもアレーがキーネを殺すのは重罪だ。

 だから今回は盗賊行為自体が目的ではなく、アーティスの国力を下げようと目論むカンの死兵と考えるのが妥当だ。

 本来なら本格的な討伐隊が組まれるところだが、今アーティスでは人手が不足している。だから先の戦争で武勇を示したルックが、一人でこの依頼を受け持つことになったのだ。


 さて、今回の盗賊退治は、戦争の前にルックがシュールたちと行った盗賊退治よりも、情報が少ない。ルックはまずその情報を得ようと、ハシラクの酒場を訪れた。

 時間は夜、酒場は仕事を終えた男たちでそれなりに混雑していた。しかしハシラクは貧しく陰気な町だ。どこのテーブルでも酒の話題は愚痴っぽく、盛り上がりはない。ルックは誰かに話を聞きに行くのではなく、黙って耳をすました。

 ハシラクでの情報収集はこの方がいいと、以前シュールに教えられていたのだ。


「鉱山に詰めてくれてるアレーが、いつもの半分になってるらしいな」

「まったく、いつ襲われるか分からねぇよ。お前はまだいいよな。稼ぎは悪いかもしれねぇが、倒れてくる木にさえ気を付けてればまず死なねぇもんな」

「そうでもないぞ。野獣狩りの依頼を出したって、なかなかアレーが来てくれないからな。こないだのはあの親父さんのおかげで誰も怪我しないで狩れたけど、一人のときに突然熊や狼に出くわしたら一巻の終わりだ。と言ってもまあ、俺なら盗賊に殺されるよりは、獣に食われる方がいいな。その方が家族も納得できるだろうし」

「ああ、それはそうだろうな」


 ……。


「また商人が襲われたらしいじゃないの」

「らしいな。今度はメラクの向こうらしい」

「ふーん、じゃあどんどん北に移動してるってこと?」

「いや、その前は首都とこことの間で、その前はメラクとここの間だろ? 単に縄張りが広いんだろうさ」


 今度の盗賊と関係ありそうな話題や、まったく関係のないもの、ただ耳をすませているだけなので、雑多な情報が入ってくる。


「なんでもビラスイが盗賊にやられたらしいな。あいつもせっかく戦争を生き延びたのに、災難だよな。親父さんも悔やみきれないだろう」

「知らなかったな。ここんとこあいつ結構活躍してたらしいから、こないだ親父さんの前でそんな話をしてたら、誇らしげな顔してたよ。嫌な話だな。酒がまずくなるよ」

「はっ、酒が上手くなる話なんて、この町にはもう転がってないさ」


 ビラスイがやられた。

 その言葉だけではそれがルックの知るビラスイかは分からなかったが、妙な不安感を覚えた。それほど親しかったとは言えないかもしれない。しかしルックはあの愚かで弱い戦士に、好感を持っていたのだ。

 そうして随分耳をすまし続けていたルックだが、目新しい話題は聞こえて来なくなった。一通りこの町での噂は聞き終えたのだろう。

 食事も済んだし、今日は宿で仕入れた情報を整理しよう。

 そう考えたルックに、呼びかける声があった。


「ルック! 君が来てくれたのか!」


 ルックは聞き覚えのあるその声に、少し驚きながら目を向けた。先ほど死んだのではないかと思ったビラスイの声だったのだ。

 目線の先、そこには顔を包帯で覆ったビラスイの姿があった。ひどい怪我を負ったのだろう。包帯は左目を覗いて顔全体に巻かれていた。顔はほとんど見えなかったが、隠れていない左目は、見覚えのあるやぶにらみだ。剣を杖にして歩み寄ってくる足取りは不安定でのろい。生きてはいるが、無事というわけでもないようだ。


「ビラスイ、良かった。生きてたんだね」

「はは、かろうじてね。なんだ。盗賊退治に来てくれたんじゃないのかい?」


 ビラスイの問いにルックは首をかしげた。


「ギルドで盗賊退治の依頼を受けたよ?」

「ん? なんだ。匿名で依頼したわけでもないのに、依頼者の名前は出てなかったのか?」

「ビラスイも依頼者の一人だったの? 依頼はスイラク子爵と領民のってなってたよ」


 ギルドでは依頼を受ける際に、依頼内容などをまとめた書類を受け取る。被る依頼がある場合、今回のようにギルドがそれをまとめて一つの依頼にすることは良くある。本人もギルドに所属するビラスイは、すぐに得心して頷いた。


「なるほどね、そういうことか。しかし珍しいな。スイラク子爵がこんなに早く手を打つなんて」


 ビラスイの疑問に、ルックは一つ思い当たる節があった。

 スイラク子爵は戦争の前、ヨーテスの細作を黙認していたのだ。


「ああ、きっと盗賊行為を黙認してるとか思われたくなかったんだよ」

「ははは、さすがにそれはないさ。確かに隣のキス家みたいな優秀な家じゃないだろうけどさ、ラク家だって古くからの貴族家なんだ」


 それがなんの保証にもならないということは、ルックもあえて口にはしなかった。曖昧な笑みで話を流すと、別の話を切り出した。


「今回の盗賊って、どの程度の戦力なのかな?」

「俺も詳しくは知らないんだ。多分一人ってことはないと思うけど、二十人も三十人もいるってわけでもないと思う」

「あれ? ビラスイの怪我は盗賊に付けられたんじゃないの?」

「ああ、それはそうなんだけどね。俺が会ったのは一人だけなんだ」


 ビラスイはビラスイらしい正義感で、一人で盗賊退治に出向いたらしい。もちろんビラスイらしい愚かさを発揮して、敵の情報を全く集めずにだ。そして宛もなく付近の林を見回っていたところ、盗賊と思われる見慣れないアレーに出くわし、返り討ちにあったという。


「ビラスイって良くその歳まで生きていられたよね」


 ルックは半分以上本気で感心した。

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