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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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「やあビラスイ。同じ部隊だったんだね」

「ああ、ルックじゃないか。気付いてなかったのかい? ミーミーマもどこかにいるはずだよ。ははは、しかし鼻が高いな。話題の英雄に声を掛けてもらえるとはね」


 ビラスイはどことなくルックを持ち上げるような話し方だった。内容も、英雄とは聞き捨てならない。


「そんな言葉はこの戦争に勝ってから使うべきじゃない? 緩みすぎだよ」

「うーん、そうだな。申し訳ない。君は本当に冷静だね」


 ルックは自分に対する人の目が、今までと確実に変わりつつあると気が付いた。どことなく居心地が悪い。十年前アラレルもこんな気持ちだったのだろうか。


「カミアは残念だったね。ミーミーマは仲が良かったみたいだし、気を落としているんじゃない?」


 先のスニアラビスの戦闘で、ビラスイたちの部隊にはかなりの被害が出た。ルックは自分がまとめていた部隊を置き去りにしてきてしまっていたことを思い出し、少し後悔した。


「そこら辺、何だかんだで女って強いよな。ちっとも弱音を吐いてないし、大丈夫だと思う」


 ルックはビラスイのその言葉には少しも安堵を感じなかった。弱音を吐かないということと、大丈夫ということは、特段結びつくものではなく思えたのだ。しかしミーミーマが強いと言うことは事実なのだろう。自分が心配をしても仕方ないのだろうと思った。


「諸君。大体が集まっているだろうか? 我がアーティス軍に作戦の変更があったことを伝える」


 広場に五十名ほどが集まると、鎧姿のヘルキスが大きな声で話し始めた。各々自由に話をしていたアレーたちは、話すのをやめ、部隊長の話を待った。


「アーティスは明日より攻勢に出る。カン軍どもを蹴散らし、国に平和をもたらそうぞ」


 ヘルキスは落ち着いた口調だが、確実に兵士たちの士気を煽った。


「ここにいるのは、私を除いて皆フォルだ。森人の森の民などに後れは取るなよ」


 要するに、今日の会議ではリージアが他の反対を押し切り、そのことを決めたのだろう。やはりヘルキスには少しおもしろくなかったのだろう。対抗意識を露わにしている。

 ルックとビラスイは森人たちにも知り合いがいる。ヘルキスのその言葉にはあまり関心を示さなかったが、大体のアレーはヘルキスに賛同しているようだ。それは国に対する誇りというものなのだろうか。ルックにはよく分からなかった。


 次の日の早朝、アーティス軍のほとんどが四の郭の大門の前に集まった。総勢二百六十程の内、少なくとも二百名が集結している。

 陣形はライト王の部隊を中央に置き、その左斜め前方を森人が、その右をヘルキスの部隊が、そして後方をリカーファとアラレルの部隊が固めるものだった。最も重要な先陣がヘルキスと森人だったのだ。昨日のヘルキスの対抗意識はそういう訳だったのかもしれない。

 アーティス軍は大門をくぐると、少し横に広がり、そのままカン軍に向かって前進を始めた。


 長期戦を予定していたカン軍はこれには焦った。まだ援軍を要請する使者は、祖国に着いてもいないはずだ。急いで陣形を整えて、戦闘態勢を取った。

 敵の陣形は千五百の魔法具部隊を前に置き、アレーの部隊五十を殿に置くものだった。先陣はほとんどが魔装兵だったが、一人だけ、ディフィカだけが軍の中央に立っている。模様付きの黒い長衣を纏って、手には身の丈ほどの長さのある錫を持っている。そして冷たい目でアーティス軍を睨みつけている。眉間に寄せた深い皺が、百歩ほど離れた位置で止まったアーティス軍からも見えるようだった。


 ここはティナの軍とカン軍が出くわしたような細い道ではない。広々と畑が広がる平野部だ。お互いの軍が大規模の魔法を警戒し、かなり広めに陣形を取る。カン軍は巨土像を使ってくるかと思われたが、その様子はない。しばらくはお互い威嚇をするように、にらみ合いを続けた。


 ルックの隣にいたビラスイは愚かな一面もあるが、勇敢な男だ。開戦を今か今かと待ちこがれているようだ。ビラスイだけではなく、武勲をあげようとしている戦士は多いだろう。

 敵軍と自軍、あわせて千八百近い人間がいる中で、異様な沈黙が保たれる。その沈黙を破ったのはアラレルの電光石火の突きだった。


 目にも止まらぬ速さで、赤髪の戦士が敵の大将軍に向かっていった。十年前の戦争では、この突きが敵の当時の大将軍を討ち取ったという。キーネの戦士ばかりの敵軍は、誰一人それに反応できなかった。しかし敵の大将軍は不適な笑みを浮かべ、アラレルの突きをひらりとかわした。距離があったためではない。敵は間違いなくアラレルの動きを、見てかわしたのだ。アラレルはすぐさま剣を回し攻撃を重ねたが、それも大将軍の手に持つ錫で難なく弾かれた。アラレルはその後も何度も切りつけたが、全て余裕で防がれる。そしてあろう事か、アラレルはディフィカの体当たりをかわしきれず、自軍の兵士の元まで吹っ飛ばされた。

 森人の一人がアラレルを受け止め、アラレルも大したダメージはないようで、すぐに自分の足で立った。ただそれを見た敵軍の士気は一気にあがった。ディフィカは高く手を掲げ、それをアーティス軍に向かって振り下ろす。その行動を合図に、カン軍がときの声を上げアーティス軍に突撃してきた。


 敵の大将軍の腕は圧倒的だった。すぐにその動きを封じなければ、瞬く内に死体の山を築き上げるだろうと、ルックには容易に想像できた。しかし勇者アラレルがかなわない相手だ。ルックは自分が立ち向かうことを躊躇した。それは敵を恐れたからではない。勇者アラレルが退けられたのだ。自分が英雄視されているというなら、自分まで敗れれば、自軍の士気が一気に下がることになる。それを恐れたためだ。


 ルックのその躊躇は正解だった。ルックがディフィカに立ち向かったとして、ルックは瞬殺されていただろう。アラレルはディフィカの体当たりによって飛ばされたのではなく、自ら彼女と距離を取るために飛び退いたのだ。アラレルすらもそうしていなければ、今頃死体をさらしていただろう。


 敵軍の魔装兵とアーティス軍のアレーたちがぶつかった。案の定、ディフィカは恐ろしく強かった。その一瞬だけで森人二人とアーティス兵五人が屍となって転がった。

 だがディフィカの動きを警戒していたのはルックだけではない。ディフィカの周囲を五十ほどの土像が囲んだ。リージアだ。リージアの土像はその一つ一つが並のアレー以上の動きをする。ディフィカもさすがに舌打ちをして、その土像らの相手に躍起になった。

 ディフィカさえ抑えてしまえば、アレーと魔装兵にはかなり力に差がある。倒れる兵士の数は敵軍が圧倒的に多かった。


 敵軍はじりじりと後退を始めた。ディフィカは次から次へと土像を錫で打ち砕いていたが、それに劣らないペースでリージアが新たな土像を作り上げ、ディフィカの元へ向かわせている。

 ルックは迫り来る敵兵をほとんど三、四太刀で切り捨てながら、ディフィカのその様子を見ていた。

 ルックの胸に不安がよぎった。ディフィカはその数の土像に囲まれながら、一歩もその場を動いていなかったのだ。

 ルックは敵の魔装兵を一人葬ると、いったん後ろへ飛んで前線を離れた。そして空へ向かって手を伸ばし、大量の石投を放った。石投は放物線を描き、土像の群がるディフィカの元へ飛来した。


 しかし、一足それは遅かった。


 ディフィカの周囲で大爆発が起こる。いや、その大爆発はディフィカすらも巻き込んだように見えた。しかし爆炎の消えた中に、闇の大神官ディフィカは悠然と佇んでいた。

 周囲の土像だけではなく、敵軍と自軍の兵士が十人ほどその爆発に巻き込まれた。そして爆発が終わるとすぐに、ディフィカはアーティス兵の元へ走り寄り、次々と一撃の下に虐殺していった。

 彼女を止めなければ、アーティス軍に勝機はないかに見えた。最低でもリージアの土像が完成するまで、何とか動きを止めたい。


 そこで進み出たのは、やはり勇者アラレルだった。そしてその勇者の脇から、金色の髪の国王が進み出る。アラレルは驚異的なスピードで右側からディフィカを攻めた。ライトは剣技こそ劣るが、アラレルの猛攻の隙間を縫うようにして、細かくディフィカに剣をなぐ。

 アラレルは、決してライトに敵の意識が向かないように、攻撃の手を緩めない。ライトは無理をせず、アラレルの動きに合わせて攻撃を繰り出す。なかなか息が合っている。

 ディフィカは、その二人の攻撃を見事にかわし続ける。だが、彼女の顔に余裕の笑みはない。

 アラレルとライトの狙いは明白だ。一度でもライトの剣をディフィカが錫で受けようとすれば、錫は斬られ、ディフィカにもまともに傷を負わせられるだろう。しかしディフィカは、錫を攻撃用に温存していた。なかなかそれで受けようとはしない。


「!」


 細かく速い攻防の中で、一瞬アラレルが目を見開いた。この戦場にいるもので、アラレルが感じた違和感に気付いた者は恐らく誰もいないだろう。私にですら、そのディフィカの行動の意図を一瞬理解できなかった。

 ディフィカはアラレルの攻撃を錫で受け止めた。しかしその動作に、余りに無駄が多かったのだ。このような激しい攻防の中では、ほんの一瞬が命取りになりかねない。ディフィカはアラレルの剣を受ける構えを、本来そうするべき瞬間よりも少し早く取った。

 ディフィカにわずかな隙が生じ、ライトがすかさず剣を振るうが、ディフィカはぎりぎりそれを避け、わずかな隙をすぐに修正した。

 アラレルに警告を発する暇はなかった。次にライトが繰り出した剣を、やはりディフィカはほんの少し早く受けようとした。

 ライトは純粋にそれをチャンスと感じただろう。しかしディフィカの錫は、ライトの剣が到達する前に下げられ、ディフィカは身をひねって剣をやり過ごす。


 見切られたのだ。

 ライトに、先を防ぐ錫が見えていなかったはずはない。それでもライトは構わず強気で剣を振るった。それをディフィカは確かめたのだ。

 ライトの剣に何かあるということを、ディフィカはその動作で見抜いたのだ。

 アラレルはそれに気付いて、淡い絶望感を感じた。ディフィカの誘いにまんまとはめられた。しかし今ここで攻撃の手を緩めることはできない。リージアの土像が再び完成するまでは、……


 そこにアラレルの、自分でも意識していなかった隙が生まれた。ディフィカはその隙を見逃さなかった。

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