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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 次の日朝早く、カン軍に動きがあった。

 ルックは夜の見張り役に就いていたので、まだ眠ってからそう経っていなかったが、警戒を報せる兵士の声ににわかに剣を取り行動を開始した。


 ルックが眠っていたのは、防壁のすぐ後ろの民家の中だ。家の中にはルックを含め、八人の兵士が詰めていた。

 八人はそれぞれバラバラに家を出て、家の近くの広場に向かった。ルックがそこに着くと、五十人ほどのアレーが集まっている。ルックは一応、この五十の部隊に配属されていたのだ。

 広場で五十人のアレーが視線を向ける先に、五十がらみの、茶髪の兵士が立っていた。この部隊の部隊長、昨夜の会議にも参加していたヘルキスという男だ。


「敵は昨晩の内に、恐らくヒルティスの小山から、数本の大木を運んできたようである。それをどのように使うのかはまだ分からんが、皆配置に付き、心して警戒せよ」


 五十の部隊はそれを聞くとすぐに行動を始めた。全員が、それぞれ与えられた配置に移動していったのだ。


 彼らは防壁の上、門の右側を担当していた。ちなみにライト率いる第一部隊が門の真上を守っていて、リージアたち森人は、門の左部分を守っていた。

 四の郭の防壁はスニアラビスの防壁と違い、高さが均等ではなかった。門の上と左右にそれぞれ、尖塔を連ねたような外観の、兵を収容できる建物が造られていた。

 防壁の内側には、防壁よりも二周り背の高いやぐらが二つ設けられている。そこはそれぞれ初老のアレーのリカーファと、勇者アラレルが指揮を執っている。

 ライトのいる中央には百人ほどのアレーが、右と左に五十、やぐらにも左右三十名ずつが配置されている。その二百六十名が、今のアーティスの全勢力だ。


 対する敵のアレーの数はたったの五十。しかし魔装兵が千五百名弱。数はカン、戦力的にはわずかながらにアーティス側が有利に見える。

 敵軍の前に、再び巨土像が立ち上がった。

 昨日と同じ攻撃を、今度は伐り取ってきた木で行うつもりなのだろう。それならば昨日と同じ方法で防げるかと思ったが、敵は同じサイズの巨土像をもう二つこしらえた。一つは昨日と同じ数名の呪詛の魔法師の合作だが、あとの二つはディフィカ一人の魔法によるものだ。


 アーティス軍に緊張が走った。敵の物理的な攻撃を防げる魔法師は、アーティス側にはルックとシーシャ、二人しかいない。三つ同時に投げてこられれば、大きな被害を負いかねない。

 敵の土像は三体同時に大木を担ぎ上げた。


 ルックは右側の塔と塔を繋ぐ橋の上にいた。三体の土像が放つ大木に、少なくとも一本は自分が対処しなければいけないだろうと考えた。しかしもし続けざまにもう何本か投げられれば、自分一人での対処は難しい。そしてルックが考えを巡らせる間もなく、三本の木が同時に防壁へ投げ放たれた。昨日とは違い、全ての木が一直線に三つの塔に向かってきた。ルックは昨日と同じように、自分の塔に向かってきた大木に石投を放った。

 大木はルックの石投だけでも軌道をそらせた。塔に到達する前に地面に落ちる。

 左側の大木もシーシャが鉄壁の魔法で防いだようだ。非常に大きな鉄の壁が立ちはだかり、大木はそれに当たって騒々しい音を立てた。


 ルックが一番不安だった中央に向け投げられた木は、ひらりと見たことのある厚手の布が舞い降りてきて、受け止めた。それはリージアが移動の際に使っていた布だった。布は大木を柔らかく受け止め、その勢いを完全に殺した。


 三本の大木は防がれたが、まだ安堵はできない。ルックは急いで剣へマナを溜め直す。しかし二投目が放たれたのは、ルックがマナを集め始めて程なくだった。

 大木は狙い違わずルックのいる右翼の塔に飛来する。まともに食らうわけにはいかない。巨土像はアレーに倍する力がある。その巨土像に投じられた大木は、カタパルト弾を遥かに凌ぐ速さがあったのだ。

 ルックは咄嗟に名案を思い付いた。懐にこんなときのために、爆石の籠もったアニーをしまっておいたのだ。ルックはそれを取り出し、リリアンに教わった体術を使って大木に投げた。

 アニーは大木にぶつかり、粉々に砕け散る。爆音がし、大木は砕かれた。他の二つの大木も、リージアとシーシャが難なく防ぐ。

 爆石はスニアラビスでルーンに渡された物の最後の一つだ。敵は三投目の大木を放とうとしている。その大木は、ルックの魔法で対処しなければならなかった。

 宝石のマナは、まだ三つようやく溜まったところだ。ルックは宝石のマナを溜めるのを諦め、自分の手の前に大きな球をイメージしながらマナを集めた。


 三投目が投げられる。

 大木は相変わらず、正確に塔に向かって飛んでくる。ルックはその木がたどり着く直前までマナを溜めた。

 大木は数人の魔法師が魔法で撃ち落とそうとしたが、物ともせずに塔に向かって迫ってくる。


「石投!」


 ぎりぎりまでマナを溜めたルックは、大木に向かって魔法を放った。剣のマナ三つと、自らが集めたマナを使い切る。


「!」


 ルック自身、その石投の大きさには驚いた。昨日敵がこしらえた蔦に纏められた大岩よりも大きい。それが勢いよく大木にぶつかる。

 石投と大木のぶつかったのは塔の目前だった。けたたましい音が響く。大木は石投に押され、防壁から相当離れた位置に落下した。


「よくやった!」


 離れた位置にいた中年の魔装兵ヘルキスが大声で言う。

 敵の攻撃はそれで打ち止めだった。三体の巨土像が動きを止め、人型を崩した。

 恐るべき敵の猛攻に、アーティスは何とか無傷で絶えきった。

 それからしばらく様子を見たが、カン軍にはそれから動きがなかった。ルックはヘルキスに指示され、持ち場を離れる。

 ルックは明らかに睡眠が足りていなかったが、先ほどの自分の行動を思い返して、あることを試したくなった。ルックは民家に戻るよりも先に先ほど集まった広場に向かった。


 アーティーズは基本的に色とりどりのタイルが街全体を覆っていたが、北側は、北北西にある太陽を防壁が遮っている。そのため、タイルを敷き詰めたとしても明るい雰囲気にはならない。タイルを敷き詰めたのは今から百年以上前の話で、そのころのアーティスにはまだそれほどの財力がなかったのだ。経費削減のため、ここら辺は地面がむき出しの場所が多い。

 広場もやはり地面がむき出しだった。


 ルックはその広場の中央に立つと、先ほどと同じように大きな球体を思い描いてマナを集め始めた。

 マナを集め終えると、ルックは地面に手をついて、隆地の魔法を放つ。


 思った通りだったが、思った以上でもあった。

 隆地はルックの周囲で立ち上がり、辺りの民家よりもなお高くそびえ立った。リリアンの水魔にはまだまだ劣るが、それは宝石のマナ五つ分を合わせた物よりも、かなり大きな魔法になった。それをルックは十分の一クランほどで放ったのだ。ルックにはもう、ほとんど剣の効力は必要なかった。

 ルックはそれを確かめたかったのだ。そしてそれを確かめると同時に、少しの寂しさを覚えた。五歳のときから親の形見としてずっと共にいた剣だ。何度もこれに助けられたし、手入れも常に欠かさなかった。ルックは隆地に囲まれる中で、背から剣を外した。シーシャが拾っていてくれた鞘に収まる大剣を、ルックはひたと眺めた。

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