表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
140/354




 敵軍の影が見えたとアーティーズ城に報告が入ったのは、クロックが軍に戻った次の日のことだった。

 ビースはその報告を受けとると、すぐに城にいた主要人物たちに命令を出した。

 アーティス軍のほとんどは、もうすでに四の郭に配置されていた。四の郭のやぐらや城壁の上で、戦闘準備を整えている。


 ルックが防壁の上にたどり着くと、確かに千を越えるカン軍の姿が見えた。


 これが最後の戦闘だ。ここを乗り切れば、戦争が終わる。


 ルックの隣には見るからに屈強そうな、紫色の髪の闘士がいた。アレーには珍しい筋骨たくましいドゥールは、今は上半身裸でその見事な体躯を見せつけていた。彼はなぜか孤児の少女を連れて里帰りをしていたということだが、今朝首都へ戻った。

 ルックはそれをドゥールらしいと思った。彼は最強を目指しているため、こんな機会を見逃しはしないだろうと思っていたのだ。

 敵の大将軍は青の暗殺者を退けたという。ルックは知らなかったが、ヒルドウはアラレルに次ぐ強者だったらしい。ドゥールも一度手合わせしたことがあったそうだが、彼でも決着を付けることができなかったという。

 ちなみにそのヒルドウも、昨日の内に城へ戻った。ルックはその姿を見なかったが、彼もこの軍のどこかにいるのだろうと、ルックは心強く思った。

 シュールはいないが、アラレルにリージア、ヒリビリア、シーシャ、ライト、ドゥール、青の暗殺者、シャルグ、それに森人の森の民が四十四人。そうそうたる強者たちが揃っている。ルックは戦闘に対する恐怖を遥かに凌ぐ希望を感じていた。


 このアーティス軍の総指揮は、建前上はライトだったが、実際はルーザーが執っていた。ルックは知らなかったことだが、ルーザーはシュールと同じほどビースに信頼されている男だ。ルーザーの隣には青い鎧のカイルがいる。カイルもドゥールやシャルグには劣るが、相当な強者だ。

 四の郭の扉は堅く閉ざされていた。十年前の戦争では何十年も訪れなかった戦争に、門が老朽化し、すぐに破られてしまったということだったが、今度はしっかりとした頑丈さのある門に作り替えられている。


 敵の中から、悠然と一人の女性が歩み出てきた。まだ遠目で良くは見えなかったが、細身の小柄な女性だ。長い黒髪が風に吹かれて揺れている。アーティーズの防壁の外はディーキス領の開けた畑だ。女性は身を隠すもののないその場所を堂々と歩いてきている。

 アーティス軍全体がその女性の歩みを固唾を呑んで見守った。

 女性は四の郭の防壁の五十歩程前で立ち止まると、大きな声で、それはもう三の郭にまで響き渡るかと思えるほどの大声で、宣った。


「私はカン軍第一軍を指揮する大将軍、ディフィカ。今すぐアーティスは降伏するが良し。私たちの怒りはとどまるところを知らない。しかし今降伏をするというのなら、命を見逃すこともやぶさかではない。剣を捨て、皆私の前に跪きなさい」


 堂々たるディフィカのその宣言に、防壁の上から金色の剣を持ったライトと、赤髪の勇者が飛び降りてきた。防壁はシェンダーのそれよりも相当高い。無事に着地するのはルックでも到底不可能だ。しかし二人は平然とそこに降り立ち、宣言を返した。


「僕の名はアーティス国、国王ライト。これは最初で最後の勧告だ。アーティスには数多くの伝説が息づいている。伝説の前には、いくらカンの大将軍とは言え、余りに無力。すぐに自国へ逃げ戻り、アーティスの恐るべき追撃に怯え震えるがいい。我がアーティスに降伏の文字はない!」


 ライトの宣言は、ディフィカのそれに決して見劣りしていなかった。宣誓の場での王としての宣言のときよりも、より一層堂々としていた。そしてそれはそのときの宣言と違い、台本通りの演技ではなく、ライトの心の底からの宣言だった。


 大抵、ライト王の伝記や黄金の戦士の物語は、この宣言から語られ始める。


「意見は違えた。これよりカンは、アーティス国を討ち滅ぼす」


 ディフィカは言うと、くるりと背を向け、また堂々とカン軍の元へ帰って行った。


 戦いの火蓋は落とされた。


 ディフィカが自軍に戻ると、突然巨大な土像が立ち上がった。敵の呪詛の魔法師、数人がかりの巨土像だろう。それは防壁と変わらない程背が高かった。

 四の郭の防壁にももちろん帰空がかけられている。防壁に触れればただの土塊に帰るはずだが、その土像は防壁へは近付いてこようとしなかった。

 土像の手には巨大な岩が乗せられていた。土像はいびつな手にそれを器用に乗せて、放物線上に投げつけてきた。巨土像の力はアレーの力を上回る。大岩は高々と空に放り出され、ルックたちの立つ防壁の上に正確に落ちてきた。近付いてくるとその大岩の正体が分かった。それは大地の魔法師復数人が造った岩を、木の魔法、縛蔦で纏め上げた物だった。アーティス側は全く予想していなかった攻撃だった。


 ルックは剣のマナ全てに自分が集めたマナを加えて、一つの石投を放った。敵の数人がかりの大岩よりは小さかったが、それでも半分ほどの大きさはあった。そしてそれにタイミングを合わせたシーシャの鉄球の魔法も、ルックの石投とともに大岩へ向かっていった。壮大な音が響いて三つの魔法がぶつかった。蔦の巻き付いた巨大な岩はルックとシーシャの魔法に弾かれ、重たい音を立て防壁の前に落ちる。


「なんと」


 ルックの石投を見たドゥールが感嘆の声を上げた。

 しかしルックは自身のマナだけで石投と変わらない大きさの鉄球を放ったシーシャに、心の底から称賛を送った。

 その日の敵軍の攻撃は、それで終わった。




 夜になると、防壁の手前にある館の一室で、アーティス軍の中心人物たちが作戦会議を始めた。館は元は裕福な商人の持ち家だったが、今一般人は三の郭より向こうに避難していた。なので、そこをライトたちは借りることにしたのだ。


「夜襲の恐れがあるんじゃないかな?」


 会議の議題は、たったの一撃で終わった今日のカン軍の動きについてだった。


「それはもちろん警戒しなければいけないけど、あからさま過ぎはしないか?」


 アラレルの発言には、ルーザーが落ち着いてそう答えた。


「そうだなぁ。それだとなんであれだけで攻撃をやめたんだろう」

「それはご子息、それを今議題にしているのであろう」


 多分ビースのご子息という意味だろう。アラレルのことをご子息と呼んだのは、中年の魔装兵だった。

 この会議に参加していたのは、灰色の髪の初老の男性と、落ち着いた雰囲気の中年の魔装兵と、ライト、アラレル、ルーザー、それにリージアだった。ライトの護衛に、一応シャルグも脇に控えている。

 リージアは苛立つように会話に割って入った。


「敵は時間を稼ぐつもりでいるんでしょ。明日も大きな行動に出なかったら、まず間違いないでしょうね」

「カンに援軍が来るっていうこと?」


 ライトの問いに、リージアは少し優しく答えた。


「いいえ、それも少しはあるでしょうけど、きっと本当の目的は、ディフィカという大将軍の力が溜まるのを待つためじゃないかしら。闇の力を溜めておく方法があるみたいなの」

「それならやっぱりこっちから攻めに出て、今の内に敵を倒した方がいいのかな?」


 ライトはリージアに指示を仰いだ。それがこの会議での主導権を誰にするかを決める行為だったことは、ライトは気付いていない。

 ともあれ会議の最初にライトがそうしたことで、アーティス軍ではないリージアに絶大な発言権が与えられたのだ。初老の男性と中年のキーネはリージアのことを知らない。二人も国の主要人物で、本来ならば年齢からしてルーザーにも指示を出せる立場だったはずだ。しかしリージアは今確実にその二人の上に付いた。

 ルーザーは最初からリージアがそれを目的に、ライトに優しい声で話したことに気付いた。歳の功という物にルーザーは内心舌を巻いた。


「私だったら間違いなくそうするわ。まあ、今日明日で変わるものではないでしょうから、明日一日は様子を見るのもいいでしょうね」

「そうだね」


 リージアの立場は、アラレルのその全面的な肯定で確たる物になった。幼いライトはまだしも、アラレルの考えなしな発言には、ルーザーはただため息を吐いた。


「あと僕が気になってることを言ってもいいかな? 確か敵軍は二千いるって話だったと思うんだけど、見たところ千五百くらいしかいないようだった。それはどうしてかな?」


 アラレルがそう言ったことで、議題が変わった。誰もリージアの発言に反論する暇はなかった。


「遠目であまりわからなかったが、アレーの数も少なかったようだな」


 そのことに不満があったかは定かではないが、中年の魔装兵はそう補足した。


「これは推測にすぎませんが、」


 ルーザーが控えめにそう切りだした。口調が丁寧になったのは、アラレルにではなく、中年の魔装兵に向けて言っていたからだろう。


「ビースはティナ軍をシェンダーに向かわせていたということです。しかしシェンダーから戻ったルックという少年の話では、シェンダーにティナ軍は現れなかったというのです。恐らく彼らは道中カン軍と戦闘をしたのではないでしょうか。その結果、カン軍は五百程の兵士を失ったのではないかと。

 そう考えると、シェンダーが陥落した日から照らし合わせ、カン軍が二日ほど遅れて現れたのにも説明が付きます」

「左様で。それではティナ軍はもう絶望的だということか。ビースはティナ軍を危険から遠ざけたかったようだが、結局は捨て駒になったということで」


 人目を伺うような卑屈な態度で、初老のアレーがそう言った。彼はちらちらと様子を伺うように、ライトのことを盗み見ている。


「まあ、五百の敵兵と引き替えということなら、ティナ軍はすばらしい働きをしたということだろう」


 中年のアレーは、少し初老のアレーをたしなめるようにそう言ったが、彼からもティナ軍に対する同情は感じられなかった。


「ヘルキス、それにリカーファ。それをルックの前では口にしないことをお勧めするよ」


 アラレルは少し咎めるように、中年の魔装兵ヘルキスと、初老の灰色髪リカーファにそう言った。アラレルはルックがリリアンに対して抱いている友情を、身を持って知っていたのだ。


「そうですね。みなでティナの方々の無事を祈りましょう」


 少し険悪になりそうだった空気を、ルーザーがそう収める。


「さて、しかしこれはあくまで推測に過ぎません。残りのカン軍五百が伏兵として現れることも、考慮しておきましょう」

「たったの五百程度、闇の大神官に比べれば、歯牙にもかける必要はないわね」


 会議はそれからもしばらく続いたが、リージアはそれ以降発言をすることがなかった。会議の内容を聞いていたかどうかも定かではない。彼女はそれだけ言うと、目を閉じ眠り始めてしまったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ