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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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「戻りました」


 クロックは母の待つカン軍の第一軍に加わると、すぐに報告のためディフィカの元に訪れた。


「早かったわね。ふん、悪い報せのようね」


 ディフィカはクロックの顔を見ると、開口一番そう言った。


「ええ、どういう訳か、スニアラビスにいた敵軍はアーティーズへ全速力で向かっていました」


 クロックが語った言葉は、ほぼ間違いなく敵がシェンダーの崩壊を知っているということを示していた。


「あなた、シェンダーに残党がいないことは確認したの?」


 ディフィカは冷たい口調でそう尋ねてきた。


「いえ、まさかあれで生き残りがいるとは思えなくて、母さんからも指示のなかったことですし」

「ふう、甘えたことを言わないでちょうだい。あなたはもう十八なのよ」


 ディフィカに言われ、クロックは少し赤面をした。しかしすぐに後悔するのをやめる。


「アーティーズの方はどうでしたか? 誰か偵察に向かわせたのでしょう?」

「いえ、アーティーズには私が直接見に行ったわ。悲哀の子というのも大したことはなかったようだね。思ったほどの被害は出ていなかったようよ」


 クロックは母のその言葉に、軽い絶望を覚えた。カン軍はティナの軍との戦闘で、五百人ほどの兵士を失っていた。しかもその内約五十が、百しかいなかったアレーの部隊だ。千五百程度の戦力では、ディフィカがいても勝ち目はないように思えた。


「長期戦にするしかないでしょうね。もうカンには援軍の要請を送ったわ。長期戦になれば、そうね、ひと月もすれば、私もまた闇の力をため込むことができるわ。一度か二度は大きな魔法が使えるはずよ」


 クロックは勝算のありそうな母に期待しつつも、まだ不安を持っていた。彼は偵察に出た際、もう一つ暗い情報を得ていたのだ。


「浮かない顔だね」

「ええ、実は母さん」

「その呼び名はおやめと言ったはずよ? 一体何の反抗なの?」

「いいじゃないか。別にどう呼んでみたところで事実は事実だよ。そんなことより、敵の軍に、かなり背の低い一団が混ざってたんだ。五十人くらい。アーティス軍とは別に固まっていたから、子供って訳じゃないと思うんだ」

「何だって? まあ、予想していなかった訳ではないけれど、スニアラビスが落ちなかったのもうなずけるわね」


 クロックは一通りの報告を終え、ディフィカのいる馬車を降りた。馬車の外で、軍は野営の準備をしていた。日はまだ明るさを残していたが、もうあまり急いではいないのだ。


「クロック。良かった。無事戻ったか」


 馬車を降りてしばらく歩くと、ザッツが彼に話しかけてきた。


「ザッツ。兵士たちの士気はどうだい?」


 クロックは特にやることもなかったので、ザッツにそんな質問を投げかけた。


「まあ高くはあるが、皆迷いがあるようだな」

「ああ、そうだろうね。母さんがいればと言う風にも思うだろうし、母さんが自分たちを殺さないとも言えないからな」

「はは、笑えないな。それよりも、大将軍は俺たちに何の情報も伝えてくれてないんだ。実際アーティスは今どうなってるんだ?」


 笑えないと言いつつ笑い声を上げたザッツの目は、しかし本当に笑っていなかった。そのためクロックもザッツのその質問にはまじめに答えた。


「母さんは一気にアーティーズを落とすのをやめたらしい。スニアラビスではどうも連合軍が敗れたみたいだ。悲哀の子もそれほど大きなダメージは与えなかったらしい。戦力は間違いなく向こうの方が上だ。それに森人の森の連中がこの戦争に参加しているようなんだ。母さんはそれをかなり警戒してる。ザッツは光の織り手って聞いたことあるかい?」

「光の織り手? 知らないわけはないだろう。子供のときに良く聞かされた物語だ。だがそんなもの、生きていたところでもう相当な年寄りだろう」

「そうなんだ。俺は子供のときにそんな物語を語ってくれる人はいなかったな。

 母さんはアラレル以上にその人を警戒しているようだよ。それにその二人だけじゃなくて、アーティスにはライト王もいるだろ? あとは黒影もいるし、正直母さんでもやっかいみたいだね」

「ライト王は少年だと聞いたが、そんなに強いのか?」

「母さんが言うには、三勇士の子孫でアレーなら、間違いなく強いだろうって。あと母さんの命を狙ってきた刺客で、一人だけ取り逃したやつがいるんだ。俺も一度手合ったけど、正直かなう相手じゃなかった」


 ザッツはクロックの強さをあまり知らなかった。確かに先のティナの軍との戦いでは十人力を発揮していたということだったが、自分の戦闘に集中していたザッツは、クロックの動きを見ていない。そのため最後の刺客の強さは計れなかったが、アーティスにはかなりの強者が揃っているということだけは理解できた。


「大分その刺客は母さんが痛めつけたみたいだけど、もうあれから三月たつし、回復していたらかなりやっかいなはずだ。ザッツはまあかなり強いんだろうけど、この軍にザッツほどの腕の者はそういないんだろう?」

「ああ、そうだな。確かに十人力と呼ばれるような奴はお前ぐらいしかいないな。そのクロックがかなわない相手がいるんだったら、確かに長期戦にして援軍を待つ方がいいだろう。幸い食糧はまだたんまりあるしな。国にはまだ絞り出せば千は兵力がいるだろう」

「それなら良かった。正直俺は母が退くところなんて見たことがないからな。実は勝算がないのに突き進むつもりじゃないかと、冷や冷やしていたんだ」


 ザッツはクロックの言葉に、真剣な顔で頷いた。彼も同じ不安を持っていたようだ。


「俺もディフィカが長期戦を考えてくれていてほっとしたよ。しかし敵からもし攻めてきたら、この数では心許ないのではないか?」

「ザッツ、見ただろう? 砦さえなければ、母さんの魔法から敵が身を守るすべはないんだ。そうなればむしろ好都合だ。まあ、多分少しくらいの援軍を警戒して、アーティス軍があの鉄壁の要塞から出ては来ないだろうけどね」


 ディフィカは特大の魔法はすでに打ち止めだと言っていた。本当のところ、アーティス軍が野戦をしかけてくると、勝敗は五分五分になる。そう、クロックは踏んでいた。しかしクロックはそれをザッツに伝え、余計な不安を煽ることはないと思い口をつぐんだ。

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