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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 ルックにも何がなんだか分からなかった。確かに今までルーンやシュールたちと食事をしていたはずなのに、突然視界が切り替わり、目の前にリージアがいたのだ。

 あまりのことにルックは大混乱したが、部屋の中の魔法陣を見て、何となく得心がいった気がした。実際には違ったが、リージアが呪詛の魔法で自分を喚びだしたと考えたのだ。


「リージア。ここはどこ?」


 だからルックは、比較的落ち着いた口調でリージアにそう聞いた。その落ち着いた様子を見たリージアは、あの和毛がルックに多少の説明をしていたのだろうと考えた。もちろん実際にはそれも違ったが、兎角そのためルックは、自分が何に喚ばれたのかを知らないで終わった。


「ここはアーティス城よ。正確に言うと、その裏側の納屋ね。ちょうどいいわ。こんな大がかりな魔法は滅多にしないから、少し疲れたわ。私はこのままここで眠るから、誰か人を呼びに行ってちょうだい」


 ルックはなぜわざわざそんなに疲れてまで自分を呼んだのか少し疑問に感じたが、大人しくリージアの指示に従った。

 アーティス城はルックにとって、勝手知ったる場所ではない。しかも納屋を出たが見渡せる範囲に人の姿がなかった。

 ルックはとりあえず広い方へ歩いていった。そして納屋から死角の場所に来ると、見知った顔に出くわした。


「!」


 シャルグはルックの姿を見て盛大に目を丸くした。しかしルックは、久しぶりに会う仲間に目を輝かせた。


「シャルグ! 元気だった? ちょうど良かった。突然リージアにここまで喚び出されて、訳が分からなかったんだ」

「リージアが?」

「うん。リージアは今疲れたとか言って納屋で寝ちゃった。誰か人を呼べって言われたんだけど」


 シャルグはルックのその対応を訝しがった。ビースからここで様子を見ているように言われていたが、ビースの話では、少なくともリージアがルックを喚んだはずはなかった。

 それに何よりシャルグには、ルックが明るすぎることが気になった。

 ルックはシェンダーに向かったという。シェンダーでの惨劇はアラレルから聞いている。そしてその後、ヒリビリアとシーシャからも聞いた。生き残った者は、たったの二人で、その二人すら、ほぼ絶望的な状況だったという。そしてさらに、その二人は女性だったという話だ。どう楽観的に見ても、シュールの生存は絶望的だった。

 そんな中、ルックがそれを知って、こんなに明るく笑うはずはない。


「ルック、後ろを向け」


 だがシャルグには、見慣れたルックの姿が偽物やまやかしだとは思えなかった。そこで思い付いたようにそう言った。

 ルックはそのシャルグの言葉の真意は分からなかった。しかし言葉数の少ないシャルグが、意味のないことを言わないことは知っていた。ルックはシャルグの言葉に従い、後ろを向いた。

 ルックの背には、大降りの剣が斜にかけられていた。それはいつものことだったが、その剣が今、抜き身の状態だったのだ。鞘はスニアラビスの砦前に置いてきて、それをシーシャがこの城まで持ってきていた。ルックはそのことを知らなかったが、シャルグはそれを知っていたのだ。このルックの姿は、あるべきルックの姿だった。

 シャルグはそれで彼を信じた。元より彼は信じたかったのだろう。ルックがこれほど元気だと言うことは、つまりそれは、


「シュールとルーンは生きているのか?」


 ルックの背から、そんな問いが投げかけられた。ルックは迷わず、その言葉を肯定した。


「そうか」


 静かな呟きだった。ルックはもういいかと思い、後ろを振り向く。


「そうか」


 しかし今度はシャルグが、ルックに背中を向けていた。


「すぐ人を呼ぶ」


 シャルグはそれだけ言うと、ルックの返事を待たず、地を蹴り駆けだした。ルックにはなぜシャルグが背を向けていたのか分かった。しかしルックも、こみ上げるものがあり、何も言わずにシャルグの背中を見送った。

 しばらくそこで待っていると、ルックの元に、一陣の風のような速さで金色の髪が飛びついてきた。


「ルック! 本当にルックだ。良かった。帰ってきてくれた。それにルーンとシュールも!」


 ライトは本当に嬉しそうにルックの首に巻き付いていた。ルックはライトを受け止めた衝撃で尻餅をついたのだが、そんなことはお構いなしだ。

 しかし王であるライトが無事なことなど、ルックは微塵も疑ってはいなかった。そしてライトのその喜びように、逆に不安を覚えた。


「ライト」


 喜びを包み隠そうともしていなかったライトは、ルックのまじめな口調に少し冷静さを取り戻したようだ。頭を離してルックの目を見た。

 大きな金色の目が向けられる。ルックはそれにとても真剣な眼差しを返した。


「ドーモンは?」


 ルックの問いにライトは目を丸くし、にわかに喜びの表情を消し去った。そしてのろのろと顔を伏せる。それだけでルックには全てが伝わった。


「そっか」


 ルックは言った。大人たちがそうしたように、悲しみを押し殺したのかと思ったが、ルックはそう言った後、ライトの肩をきつく寄せ、顔を埋めた。ライトも瞬間、それで涙ぐんだが、彼はすでに覚悟を決めていた。一滴の涙も落とさず。強い目をした。

 ライトに遅れて、シャルグとアラレル、ビース、ヒリビリア、シーシャ、それと数人の兵士が駆けつけてきた。

 兵士たちと光と闇の少女は、ルックの脇を通り抜け、納屋へと向かった。


「ルック、無事で何よりでございます」


 息を切らしていたビースはそう言い、シャルグがライトの肩に抱きついていたルックの頭に、優しく手を置いた。

 ルックはそれで顔を上げた。ルックもまた、すでに覚悟を持っていた。他ならぬ、ドーモンが与えてくれた覚悟だ。ルックの目は涙に揺らぐことなく、毅然と立ち上がった。


「ただいま戻りました」


 ルックはビースの顔を見てそう言った。

 ビースは、そしてアラレルとシャルグも、ほんの少し見ない間に、この少年が青年期を迎えていたことを知った。

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