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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 そんな物思いをしていたルーザーは、リージアが上げた突然の大声に度肝を抜かれた。近付いてくる二人に制止をかけようとしていた門兵二人も、それには驚かされたようだ。

 リージアが声をかけると、面食らった顔をしてビースが戸を開け飛び出してきた。ルーザーは内心、滅多に見られないビースの慌てた様子を見て、得をした気分になった。


「リージア、それにルーザー。よくお戻りになりました。伝令が遅れてしまっているようで、申し訳ございません」


 ビースはすぐに落ち着きを取り戻したようで、二人にそんな詫びを入れた。


「そうね。何をちんたらしているのかしらね。そんなことよりビース、緊急事態よ」


 ルーザーは決してアーティス側に落ち度がなかったことは知っていたが、そこは何も言わないでおいた。それよりも、まだ聞かされていなかったリージアの言う緊急事態の説明を、固唾を呑んで待った。


「敵に、闇の大神官がいると思うわ」


 リージアは場所も選ばず、深刻な声でそう告げた。


「それは、もうご存知でございましたか」


 ルーザーにはそれのどこが緊急事態なのかは分からなかったが、ビースの口調も明らかに深刻なものだった。

 リージアはビースのその回答を聞いて、片眉を釣り上げた。


「まさかあなた、それを知ってて黙ってたわけじゃないでしょうね?」


 言ったリージアの声は寒気のするほどの凄みがあった。しかしビースはそれを予期していたようで、落ち着いて答える。


「存じておりましたら、とうにそれを伝えております。私もそれを知ったのは、あなたたちが発った後にございます」

「でしょうね。もし知っていて黙っていたのだとしたら、私はあなたを生かしたまま八つ裂きにして火の酒で煮込んでいた所よ。まあいいわ。とにかくこれから私は、ある筋に協力を依頼するわ。今アーティスにあるフィーン金貨を五枚ほど用意なさい」

「フィーン金貨でございますか? たったの五枚で依頼を請け負ってくれる者などいらっしゃるのでしょうか」


 ビースはリージアの申し出に不思議そうに尋ねた。闇の大神官と対峙させるのに、フィーン金貨五枚とは明らかに安すぎた。


「いえ、ビース。恐らくフィーン金貨の中の、コルタ鋼が重要なのでしょう」


 ルーザーが言う。それにビースも気付いたような顔をする。

 フィーンはヨーテスの北東にある大国の名だ。そのフィーンで流通している金貨にはとても不純物が多い。コルタ鋼とはその不純物の一つで、とある伝説を持っていた。


「それではまさか」

「ええ、そうよ。後ここの城に人目に付かないで、地面がむき出しの場所はあるかしら? こればかりは他の誰にも見せるわけにはいかないし、地面がなければ術式を書き込めないわ」


 リージアの言葉に、ビースは直ちに彼女の望むものを用意させた。カン軍がどこまで迫っているかは分からなかったが、一刻の猶予をも持たない状況だということは間違いがない。ビースの軽快さは、ヒステリックなリージアのことも満足させるものだった。


 リージアのその術は、城の裏手の納屋の中で行われた。納屋と言っても、一応は王城の中にあるものだ。それなりの広さがあった。数人の兵士たちに中にあった様々な道具を運び出させたため、今納屋の中にあるのは家畜の飼育に使われる藁の山だけだった。

 リージアはその藁の中に杖をつっこみ、中にも誰もいないことを確かめた。


「ふん、良さそうね」


 そう呟くと、ビースから渡されたコルタ入りの金貨を、部屋いっぱいに五角形に並べる。杖でそのコルタの全てを直線で結び、中央にできた逆さの五角形の中に、キーン文字よりも相当古い、森人の古代文字を書き込んだ。

 その術式は、たったの数クランでできあがったが、そこからリージアが中央の五角形の前に立ってからが長かった。彼女は目を閉じ、二時間は微動だにしなかった。

 いつからだったか、リージアの書いた術式が青い光を帯び始めた。それは次第に明るさを増し、照明のない締め切った薄暗い納屋が、青い光に照らされる。


「全く、いつまで出てこないつもりだったの?」


 それを目の前にしても、リージアの口調は尊大だった。テツに対しての方が遙かに敬意を払っているようだ。


「あー、うん。あはは、ごめんよ」


 それはのんびりとした話し方で曖昧に言った。彼はいつの間にか、逆さの五角形の中に現れていた。


「今はあなたの代と言うわけね。スースドクシ。どおりで遅いはずね」

「あー、うん。ごめんよ。いろいろ忙しかったりしたんだと思う」


 見た目はどこにでもいる普通のアレーの子供に見えた。くるくるとした和毛に、少しぽっちゃりとしたしまりのない顔。ブロンドの髪に、目の色も銅をはめ込んだような鮮やかな色だった。眠そうに微睡むような目つきだが、その目の光は決して寝ているようではなく、理知的だ。服は洒落たつもりか、滑稽な色の組み合わせの道化のようなシャツとズボンだ。これで化粧をし三角帽子をかぶっていれば、誰がどう見てもただの大道芸人だろう。

 そんな格好以外は至って普通の少年に見えたが、彼には一つ普通の人間とは明らかに違う所があった。全身が、青白い光を帯びていたのだ。


「あなたの話し方を聞いていると苛々するわ」

「それは、逝ってしまった旧友を思い出すからとかかい?」

「そうよ」


 からかい口調で言った和毛に、リージアは素っ気なく応じる。


「あれは彼の方が僕の真似をしていたんだと思うけどなぁ。まあいいか。それで、あー、何の用だったのかな? 僕は今忙しい身だったんだけど」

「珍しいわね。あなたが嫌みを言うなんて。まあ、珍しいと言えるほどよく知った仲ではないでしょうけど」


 リージアはそう言ってから、ことの成り行きをかいつまんで彼に説明した。まるで聞いていないかのように、と言うより、寝てしまったかのような反応のない和毛に、苛々しながらリージアは最後まで話しきった。


「そっか。じゃあリージアは敵国にロータスがいると思っているんだね。あれ? そうだよね。でもロータスはあのとき確かに僕たちの方へ来たんだよ? 人違いじゃないかと思うんだけどな」


 確信のないように和毛は言ったが、リージアは彼が確信のないことを軽々しく口にしないことを知っていた。


「そう、それじゃあロータスではないのね。安心したわ。それならついでに教えてくれない? 闇の大神官でなければ、何がシェンダーの砦を崩壊させたのかしら?」


 リージアは本当に心から安心したようだ。そうして同時に、どこか寂しげでもあった。

 ロータスとは、かつてリージアたちの仲間だった闇の大神官の名なのだ。


「闇の大神官ではあるかもしれないよ?」


 しかし和毛の発した言葉に、リージアのそんな気持ちはどこかへ吹き飛んだ。


「何ですって? 別の闇が関わっているというの? いえ、そうね。クラムの力が弱まったなんて、そうとしか思えなかったわね。それならやっぱり私の手には負えない事態よ。あのときの約束どおり、力を貸してちょうだい」


 リージアは切羽詰まった声で言う。しかし和毛はそれに小さくあくびをし、答える。


「ロータスっていうのは、ちょっと特殊な感じなんだ。いくら闇の大神官と言っても、彼ほどの力は持ってないと思うよ。あー、そのシェンダーって砦を壊したりしたのは、力を何かにため込んでいたのを使ったんじゃないかな? もう彼女はそんなに多くそれを持ってないみたいだよ」


 和毛はやんわりとリージアの依頼を断っているようだった。確かに彼の言葉でリージアに大分希望が芽生えたが、そんな彼をリージアは訝しがった。


「そう。そうだったの。それはよかったわ。だけどあなた、あの約束をまさか反故にしようっていうんじゃないでしょうね。ずいぶん言い逃れをしているように見えるわ」

「あはは、ごめんごめん。そう言うわけじゃないんだけど、ちょっと僕、本当に忙しいみたいなんだ。実は今、この世界と妖魔界の境界が崩れてきててね。それを修復しようとしている所なんだ。本当はこっちにもあまり来たくなかったんだけど、……これで修復が二年くらい遅れるからね。あんまり呼ぶもんだから」

「ちょっと! それってかなり大事じゃない!」


 笑って話した和毛の言葉に、リージアは血の凍る思いがした。思わず彼女は少女時代のような金切り声で悲鳴を上げた。


「うーん、まあ、あと五年くらいで修復できる準備が整うよ、きっと。あはは、五年だと、この世界の半分くらいの人は死んじゃうのかな? まあでも絶滅じゃなければ許されると思う」


 彼はとんでもないことを言い出した。リージアはもう一刻も彼をここにとどめておけないことを知った。もう充分に情報は引き出せた。


「それならあなたは、すぐにそっちに掛かりなさい。もう用はないわ」

「あー、うん。なんかひどいな。じゃあ一応サービスで、こっちに強い子を呼び寄せておいて上げるよ。役に立つと思う」


 和毛は言ったが、リージアにはもうそんなことはどうでも良かった。別れの挨拶もせず、リージアは足で五角形の中の術式をかき消した。

 青い光は立ち消え、中心にいた和毛の少年の姿も消えている。彼が消えて少しすると、突然納屋の隅の藁が乾いた音を立てた。驚いてリージアがそちらに目を向けると、そこには先ほどの和毛とは違う、鮮やかな青髪の少年が、面食らった顔で座っていた。


「まさかあなた、ルックなの?」


 リージアは信じられないというようにそう言った。少年、ルックも、驚いたようにただリージアを見つめていた。

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