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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 リージアは次々と支部の中へ入って行く兵士たちを眺めていた。皆が入り終わるとリージアは布から降りて、杖をほとんど使わず二股の木の幹のそばまで歩いていった。彼女は幹に手をついてくるりと回れ右をし、大陸一の大木へ寄りかかった。

 リージアの薄緑色の髪は、木のそばにあると一際綺麗に見えた。老いて一本一本が細くなり、子供の頃よりもその髪はなお薄く淡い色になっていた。木に宿る妖精のように思えてしまう。


「まさかお主、あの帽子の男の連れの子ではないかね? 名はなんと言ったかの?」


 そんなリージアに話しかける声があった。リージアは驚いて声のした方に目を向けた。帽子の男というのに、彼女には思い当たるものがあったのだ。


「夢でも見ているかのような、現実感のない男じゃった。その連れの、うーん、思い出せんの」


 声のした方を見たリージアは困惑した。そこから声は聞こえているというのに、誰の姿も見えなかったのだ。しかも声の主は確実にリージアの事を知っていた。声の主が話している帽子の男というのは間違いなく、夢の旅人・ザラックのことなのだ。

 声の主がリージアの名を覚えていないのは仕方ない。リージアとザラックがともにいたのは九十年以上前のことなのだ。だがリージアにはザラックの特徴の一つ一つが脳裏に焼き付いていた。声の主が語った特徴は、まさにザラックが人に与える印象そのものだった。


 そして九十年以上前の記憶を、ようやくリージアは呼び起こした。

 リージアはすぐに自分の目にマナを送り、目の技法により声のする方を見た。


「まさかあなた、テツなの?」


 リージアは見えたことで、より一層その驚きを深めた。

 真っ白な髪の老人がねじくれた木の杖を持って立っていたのだ。リージア同様、彼も杖を支えにする風ではなく、しっかりと自分の足で立っている。服は良くある厚めの麻でできた服に、獣毛の外套を羽織っていた。顔中真っ白な髭で覆われていて、長い歳月に垂れた目は、どこを見ているかも定かでないほど細かった。


「そうじゃよ。おお、思い出した思い出した。確かお前さんはリージアじゃったな。随分と歳を取ったの」


 テツは非常にゆっくりとそう言った。


「当前じゃない。あなたと会ったのは、もう百年近く前の事よ。まあ、あなたはあの頃からちっとも変わってないようですけどね」

「ほっほっほ。儂ほどの歳になるとの、歳を取るのも億劫になるのじゃよ」


 リージアがテツに会ったのはまだ十にもなっていなかったときだ。ちょうどこの二股の木の下で、三人目の仲間を迎えたときに出会っていた。ザラックたちの旅もまだ序章で、それからの数々の衝撃的な出来事に、リージアはすっかりテツのことを忘れ去っていた。


「ずいぶん怠惰なのね。驚いたわ。まさかこの歳で年上の人に会うことになるだなんて。確かテツは、誰かを待っていたんじゃなかったかしら? その人にはまだ会えていないの?」

「そうじゃの。このあいだアラレルと言う青年と話をしたときに気付いたのじゃが、もうかれこれ二百五十年は待ち続けておるらしい。じゃがもうそう遠くない内に会えるじゃろうて。気にしてはおらんの」

「ふーん、そう。相手の方も同じくらいの年寄りなのかしら?」


 リージアはテツに興味を持ってそう尋ねた。十にもならない幼い世間知らずだった頃は、テツが二百年生きていると聞いても、森の外ではそういうものなのかと思った。しかし今、テツの長生きが常識を超えているという事は、リージアも身を持って実感できた。


「そうじゃの。彼女も儂と同じ歳のはずじゃから、もう三百歳に近いのかの。ときにリージア。お前さんは今自分より歳が上の者には会わんと言うたが、あの頃の仲間にはもう会わないのかの?」


 立っているのが疲れたのだろうか、テツはゆっくりと二股の木を背もたれにしてその場に座った。


「馬鹿言わないでちょうだい。あの頃の仲間なんて、皆とうに逝ってしまったわ。あなたも長生きをしているんでしょうから、分かるでしょう?」

「そうじゃったか。それは悪いことを聞いたかの」

「まあ、今更それを嘆いてはいないわ。いつかは私も逝くだけよ」


 リージアはそう言い、テツの隣に腰を下ろした。テツはリージアが座った後もずっと上を見ていた。空を見ているのだろうか。

 リージアはテツにつられるように空を眺めた。巨大な二股の木でも、空を隠しきることはできない。日の光は見えなかったが、高いところにある葉の先に青い空が覗いていた。


「しかし帽子の男の方ではない、もう一人いた男じゃが、つい先日か、この木のそばを通ったようじゃが、はてあれは、他人のそら似という奴じゃったのかの」


 空の青さと葉の緑が生む対比に少し見とれていたリージアは、テツの言葉を理解するのにしばらくかかった。


「まさか、嘘をおっしゃい。ザラックじゃないもう一人だなんて、……いえでも、それがもし本当だとすれば全て辻褄が合うじゃない。なんて事なの。こうしちゃいられないわ」


 リージアは一人ごとのようにそうまくし立てると、急に立ち上がる。


「テツ、お礼を言うわ。昔話ができる相手なんてそういないですからね。楽しかったわ」


 リージアはそれだけ告げると、テツの返事も待たずにマナを使い布のそばまで駆けていった。


「ほっほっほ。慌ただしい子じゃの」


 壮大な二股の木の下で、小さな老体はそう呟いてリージアを見送った。




 それからリージアは渋るルーザーをはやし立て、その日の内にアーティーズへ入った。

 リージアはアーティーズへ入るとすぐに、ルーザーを連れて王城へ向かった。


「正式な手続きを取るべきだとは、まあ言ったところでお聞きにはならないのですね」


 三の郭の郭門を越えたところで、ルーザーはリージアにそう言ったが、リージアはそれを鼻で笑って聞き流した。

 二人は伝令の門兵よりも先に城へ向かおうとしていたのだ。

 ずんずんと先を行くリージアの後をルーザーが黙って付いて行く。確かリージアは足が悪いと言っていたはずだが、全くのうそのようだ。ルーザーの若い足が追いつくのに必死になる。二の郭の前で門兵がそんな二人に誰何を投げた。


「この先は二の郭だ。用のない者は立ち入れないぞ。まずは名前をお伺いしてよろしいかな?」

「いいえ結構よ」


 門兵の言葉に、苛立つようにリージアは言った。結構というわけにもいかないことは明らかだったが、リージアは門兵を無視して二の郭の郭門をくぐろうとした。門兵はそれを見逃すわけには行かず、リージアの前に立ちはだかった。


「聞こえたでしょう。退きなさい」


 ぶっきらぼうなリージアの物言いに、門兵は剣の柄に手をかけたが、慌ててルーザーが通行証を提示して、事なきを得た。


「私はビースの館に勤めるものです。訳あって先を急いでおりますゆえ」


 門兵は通行証をひと目見ると、それでも不満そうにしながら渋々と道を開けた。


「リージア。お急ぎならばなおのこと乱暴な物言いはどうかと思います。拘束でもされましたら事です」


 ルーザーはリージアに不平を言ったが、リージアはそれもまた鼻で笑った。


「私を拘束? たかが魔装兵の門番ごときにそんなことができるはずはないわ」

「いや、そういう問題ではなく」


 しかしルーザーの言葉はリージアに聞き入れられず、一の郭の前ではリージアは実際に門兵を強かに打ち付け、悶絶させた。


「私の通行証は一の郭までは入れるのですよ。何もあそこまで」

「それならそうとさっさと言いなさい」


 ルーザーはリージアの言葉に半ば呆れ、城門の前ではもう少し穏やかに通れないものかと考え始めた。

 しかし一の郭は狭く、ルーザーに考える時間はあまりなかった。結果として、三人いた門兵を、リージアは土像で奇襲し押さえつけ、城の中へ進入することになった。


「さあ、ビースの部屋はどこ? 案内しなさい」


 リージアは有無も言わさぬ口調でルーザーに命令した。こうなってはもう、一刻も早くビースの元にたどり着き、事情を説明するしかない。ルーザーは急ぎ足で先導しビースの部屋へと向かった。

 ビースの部屋の前には二人の門番がいた。戦争の前にはいなかったはずで、ルーザーは一抹の不安を覚えた。

 アーティーズの悪夢の痕はすでに隠されていたが、街を行く人々の顔は暗いものだった。それもルーザーには気がかりだった。


「ビースっ! リージアよ。戸を開けなさい」

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