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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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「良くお戻りいただきました。何よりです」


 ビースは言ったが、ヒリビリアはそれには答えず、ビースに詰め寄った。


「あなた、よくもぬけぬけとそのようなことが言えますのね。人を馬鹿にするのも大概にしてちょうだい」


 ヒリビリアはすごい剣幕でそう言った。ビースはヒリビリアがどうしてそうまで腹を立てているのか分からなかった。そこにライトが説明を入れる。


「ヒリビリアは、闇の大神官の話をしてからすごい怒ってるんだ」

「当然ですわ。これをリージアが聞いたら、あなたは全身の皮を剥かれて塩を塗られるでしょう。これほど重大な話をどうして隠していられて?」


 ビースはそれでもヒリビリアの怒りの理由は分からなかったが、とりあえずは弁明をした。


「私が闇の話を聞いたのは、首都に戻った後のことでございます。あなた方の森へ訪れた際には、私も知らなかったことでございます。ヒリビリア、どうしてそう怒られているのでしょうか?」

「そう、知らなかったというのね。どこまでそれが本当かは分かりませんが、それならば仕方ありませんわ。あなたは大神官の恐ろしさを知らないのでしょうね。まず、もし闇の大神官が本気でアーティスを落とそうとしているのなら、四の郭と三の郭は開け渡すべきよ。護る範囲が広すぎて、とても手が回らないでしょうから」

「それほど警戒するべきものなのか?」


 ヒリビリアの言った言葉に、シャルグが驚きの声を上げた。現在の戦況は、十年前の戦争のときより数段ましだ。敵の兵力は最後の報告の時点で二千。その内アレーは百名ほどだ。対するアーティス側は、魔装兵はほとんどいないが、アレーが二百以上いる。それに加えて、首都アーティーズは要塞都市と言って差し支えない、頑丈な防壁が四重にある。スニアラビスへ行っていた軍が戻れば、確実にアーティスが有利と思われた。


「闇は光の神と違い、悪しき神だから」


 シーシャが言う。シビリア教徒にはとても理解できない説明だったが、ヒリビリアもそれに頷いている。


「悪い神様の方がいい神様よりも強いの?」


 返答に困るシャルグとビースに、幼いならではのライトからの助け船が入った。ヒリビリアはそんなライトにほだされて、穏やかな口調に戻って言った。


「良い神は、人に決して過ぎた力を与えぬものです。光の信徒の中で、最も格の高いリージアですら、砦を丸ごと破壊するような真似はできないでしょう。闇は過ぎた力を与えることによって、人を狂わせるのです」


 ヒリビリアの説明は、少し間違っていた。だが概ね正しい説明でもあった。ビースもシャルグも、この説明でならば納得できた。


「それでは闇の大神官は、神々の力を使うということですか?」


 ビースは問う。博識なビースだったが、シビリア教徒は神学にあまり興味を示さないため、この分野ではヒリビリアの方が数段ものを知っていた。


「今、闇の大神官は三人いると言われています。ダルクとクラム、ディフィカという者たちですが、彼らとて全ての闇の力を扱いきれるわけではございません。それぞれ神の三分の一の力も持ってはいないでしょう。しかしそれでも、人には過ぎた力でございます」


 神の力と言っても、実際はヒリビリアすらはっきりと理解しているようではなかった。しかしそれでも、それが相当大きなものであるという事は理解できた。ビースはこの事態に、降伏という言葉も頭を過ぎった。


「三の郭と四の郭にはたくさんの人が住んでるんだ。とても一の郭と二の郭の中には収まりきらないと思う。だから防壁を明け渡すのは難しいんじゃないかな。

 何か闇の大神官に弱点とかはないの?」


 ライトは様々な考えを巡らせる大人たちを尻目に、単純な質問を投げかけた。最初からそんなものはないだろうと決めつけていたビースは、しかし思い直して、ヒリビリアの言葉を待った。だが案の定ヒリビリアは浮かない顔で首を振る。


「それではあなた方は、何かその力に対抗し得るものをご存じありませんか? 実際あなた方も闇の大神官の力を確実に把握されてはいないのでしょうが」


 ビースはライトの単純明快さに合わせることにした。少しでも話を進めていけば悩み上げて停滞しているよりも、何か妙案が浮かぶ気がしたのだ。ビースのその問いには、まずシーシャが答えた。


「上位のルーメスは、相当強いと聞くわ。あとは黒の翼竜とかかしら」


 シーシャの上げた二つは、とても人間の戦争に参加するとは思えなかった。ただ単純に思い付いたものを上げただけだ。


「黒の翼竜はダルダンダ山にいるんだよね。カンとアーティスの東の方の国境沿いだよね。ちょっと間に合わないかな?」

「それは無理だろうな」


 ライトの発言に、シャルグが笑って答えた。


「他の神々の力を借りると言うことはできないのでしょうか? 光の神や、まあシビリアの元へはとても行けないでしょうが」

「ええ、実在しない神の元へはとても行くことはできないでしょうね。光の神も、人と人との戦争に力をお貸しにはならないでしょう。でもリージアでしたら、何か良い方法をご存知かもしれませんわ」

「とりあえずはやはり、リージアたちの到着を待つよりないと言うことでしょうかね」

「ええ、そうですわね」

「願わくば、本当にカン軍よりも先に首都へ着いていただきたいものです」





 その頃リージアたち森人の本隊とルーザーたちアーティス軍の本隊は、全速力で南に向かって駆けていた。

 その強行軍のおかげで、彼らは半日ほどカン軍よりも首都に近付いていた。彼らが今いる場所は二股の木の麓だ。

 それは木なので、本来は根本と言うのが正しいだろう。しかし山ほども大きい二股の木には、麓と呼ぶのが相応しいと思えた。幹の円周を歩いて回れば、半日がかりの道程になると言われる大木は、今日も青々とした葉を生い茂らせている。

 木の周辺は葉が日の光を遮るために薄暗い。その木陰に佇む大きな家の前で、リージアたちは足を止めた。

 そこはフォルキスギルドの支部だ。彼ら百五十名ほどを、容易に収容できる大きな地下室がある。


「とりあえず今日の進軍はここまでだ」


 アーティス軍を仕切るルーザーがそこでそう号令した。


「何を言っているの。もうアーティーズはすぐそこでしょう? 一気にたどり着いてしまえばいいじゃない」


 ルーザーのその号令に、リージアは口を挟んだ。彼女は不思議な厚い布の上に座って、その布にマナを与えることによって進んできていた。


「すぐそこだからこそです。我々は偵察や斥候を放っておりません。カンはなぜかそういったものを感知し、皆殺しにしているので。なのでカン軍にいつ出くわすことになるのか、見当も付きません。アーティーズが近いからこそ、敵軍に出くわす可能性も高まります。ここは一度しっかり休み、もしものときに備えるべきです」

「そう」


 ルーザーの丁寧な説明に、薄緑色の髪の老人は素っ気なく答えた。

 リージアは顔には表さなかったが、内心とても焦っていた。嫌な予感がするのだ。

 シェンダーの砦は敵の攻撃により一度に滅んだという。リージアにはその理由に思い当たる節がいくつかあった。それを確かめたいと思っていたが、その情報を持つアーティスの兵士は、リージアが眠っている間に死んだらしいのだ。

 その兵士の傷は癒えていた。兵士の死因は怪我によるものではなかった。ルーザーは話している最中に急逝した兵士の死因を、ショックによるものではないかと話していた。それ以外には説明しようがなかったのだ。なんの前触れもなく、兵士は息絶えていたのだから。


 しかしスニアラビスまで駆けてきた兵士が、傷も体力も回復してからショック死などはしないだろうとリージアは考えていた。リージアは兵士がすでに、ここへ駆けてくる途中に死んでいたのではないかと推測していた。兵士の腕は折れ曲がっていた。痛みも相当なものだっただろう。それに加え、シェンダーからスニアラビスまでを、ほとんど休息もとらずに走破したのだ。ただのアレーには、たとえ火事場の馬鹿力だとしても難しいことのはずだ。

 リージアには兵士の死の迎えが、遅れてやってきたのではないかと思えていた。生と死の神がその手に負えないほどの死を、シェンダーで処理していたのではないだろうか、と。

 そう考えるととても辻褄が合うように思えた。そしてそれがもし本当だったならば、シェンダーで起こった事態はとても人の想像を超えるものだったに違いない。死の世界への境界に影響を与えるほどの魔法が使われたのだ。

 それほどのものは、それがしかもカン軍が意図して使ったものとなると、ほとんど限られてくる。十中八九、神の力が絡んでいるだろう。


 リージアは自分の推測がどうか外れてほしいと願っていた。リージアは神の力を使う者たちを良く知っていた。それだからこそ、そのけた外れの強さも熟知していた。

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