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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 ティナ軍を蹴散らし、カン軍はまた全速力で首都へと向かっていた。それまでの進軍と違うことは、ディフィカが目覚めていることだ。ディフィカはまたクロックと二人、馬車の中で話をしていた。


「いい格好をしたいのは分かるけどね、私の前に死体をさらすつもりだったの?」


 クロックは先ほどの戦闘に、耳にたこができるほどくどくど説教を受けていた。


「悪かったよ。母さんの手を煩わせたくはなかったんだ」

「その呼び方はよしなさい。私とあなたはどう見ても親子ではないのよ。全くあなたって子は、目が覚めたときの私の気持ちも考えてほしいものね。先見の才を持つ子と戦ったときもそうだったわね。一歩間違えればあなたはとうの昔に死んでいるのよ。少しは自覚してほしいものだね」

「はい、ディフィカ。しかしあのときはまさか、あんな強者が闇の神官以外にいるとは思わなかったので。それと、もうあなたがいくつだろうと、この軍の人は驚きはしないと思いますが」

「ふん、まあそれもそうだろうけどね。けれど五十人近くを一気に吹き飛ばす水魔なんて、あなたが水の魔法師でもまず放てないわ。あなた程度の人間、そこら中にごろごろといるのよ。本当に気をつけてほしいわね。もう、さっきみたいな魔法は打ち止めなのよ」


 さしもの闇の大神官でも、軍を丸ごと焼き払うような魔法はそうおいそれとは打てない。おそらくはルックの剣のような何かに、あらかじめマナを溜めていたのだ。ディフィカはそのせいもあって、念を入れて愛する息子に小言を言っていたのだろう。


「ここ最近は世界の狭間を歪めてみたり、アーティスの細作を洗い出したり、無駄遣いをしすぎたわ。まあ、それでもアーティスを落とせないわけではないだろうけどね。ところで、スニアラビスとアーティーズに向かわせた偵察は戻ってきたのかい?」


 ディフィカはようやく耳に痛い説教を終えた。クロックは胸をなで下ろしたが、ディフィカの問いの意味が分からず聞き返す。


「偵察ですか? そんな物を出していたんで?」


 クロックの問いに、ディフィカは少し沈黙すると、にわかに気配に凄みを加えた。声にも明らかな怒気が混じる。


「私が眠る前に指示を出しておいたはずよ」


 氷のような冷たい口調に、クロックは全身に緊張を走らせた。一歩受け答えを間違えれば、どんな怒りを食らうか分からない。


「それはその、冗談という奴ですよ。たとえあなたが指示していなかったとしても、そのくらいの気は私にも回せますよ。ただ、偵察兵はまだ戻っておりません」


 クロックは少しもためらわずに嘘をつくことを選んだ。ディフィカにされた指示というのに心当たりはないが、そう指摘しても余計怒りを買うことになる。


「そう、随分とのんびりしているようね。それとももっと最悪の事態が起こったのかしら」


 ディフィカは息子のその嘘には気付かなかったようで、話を進めた。


「それでは良ければ、私が偵察をしてきましょうか?」


 嘘を付いたことに焦りを感じたクロックは、急いでそう申し出た。何か質問をされれば嘘を上塗りすることになる。母を騙したのだと知られれば、産まれてきたのを後悔するほど辛辣な小言が続くだろう。

 クロックの慌てぶりに嘘の可能性に思い至ったのか、ディフィカはじっと息子を眺めてから口を開いた。


「そうね、それが良さそうね。あなたはスニアラビスの方を偵察しに行きなさい。アーティーズは誰か他の者に行かせるわ。くれぐれも無理な戦闘は控えなさい。神官クラスでも、ただのアレーに後れをとることがあるのよ」


 クロックは母の言葉に神妙な面もちで頷くと、それ以上のぼろを出さないように、黙って馬車から跳び降りた。





「ビース! アラレルが帰還しました!」


 執務机で街の被害報告書を読んでいたビースは、従者からのその報告を受け、思わず椅子から立ち上がった。暗くなっていた気持ちに光が射す。


「左様にございますか。今アラレルはどこに?」


 逸る気持ちを抑えつつ、ビースは従者に尋ねた。

 ビースは従者から場所を聞くと、取るものも取らず急いで息子の元へ向かった。

 王の間とは違う、小規模な謁見の間にたどり着くと、ビースは扉の前で大きく深呼吸をして一息ついた。それから門兵へ目配せで合図を送ると、門兵はすぐさま大きな扉を押し開けた。


「首相ビース、おなりにございます」


 大きな声が響くと、謁見の間にいた三名の目がビースに集った。


「父さん。久しぶり。大変なことになっていたみたいだね」


 内の一人アラレルは、ビースを見るなりそう言った。


「アラレル、ご無事で何よりです。あなたお一人ですか?」

「うん、とりあえず軍はルーザーに任せて、僕だけ先に飛んできたんだ。後からヒリビリアとシーシャが追い付くと思うけど、他の人たちは後二日は遅れるんじゃないかな」


 アラレルの答えにビースは安堵した。皆がこちらに向かっているというのなら、スニアラビスは勝利したのだ。


「まずは戦況の報告をいただきたいと思います」


 しかしビースは、冷静にそう言った。


「うん、スニアラビスは百人が生き残った。敵の軍二千は壊滅したよ。森人のことは知っていると思うけど、あとビラスイたちが加勢してくれたんだ。森人にはほとんど死者は出ていないみたいだ。驚いたよ。一人一人が相当な戦士だった。特にリージアとさっき言った二人が、本当に強くてね。あとそうだ、ルックもびっくりするくらい大活躍してたよ。森人とビラスイたちをまとめてたのがルックなんだ。正直絶体絶命だと思ったときに、計ったようにルックが、」

「アラレル、話が脇にそれていますよ。まだ戦争は終わっていないのです。あなたが一人駆けてきたのはそのためでしょう?」


 興奮気味に話すアラレルに、ビースは水を差した。ルックの話になったとき謁見の間にいた後の二人、ライトとシャルグは、食い入るようにアラレルの話を聞いていたが、ビースはアラレルの報告が決して明るいものだけではないことにすでに気付いていた。


 本来ならばスニアラビスで勝利をした後、アラレルは誰か適当な人を伝令に走らせ、本軍はシェンダーの援軍に駆けつけに行く手はずだった。それが全軍でアーティーズに舞い戻ろうというのだ。


「シェンダーの状況も聞いておられるのですね?」


 ビースの問いに、アラレルは一気に暗い顔になる。


「シェンダーって、ビースは何か知ってるの?」

「いえ、アラレルの行動から推測したまでです」


 ライトは不思議そうにそう尋ねたが、シャルグはアラレルの様子に気づいたようで、押し黙ってアラレルの言葉を待った。


「シェンダーは崩壊したらしい。生き残った一人が報告に来てくれた。その人の話では、ほとんど生き残りはいないんじゃないかって」


 ライトとシャルグは、その報告に大きな衝撃を受けたようだ。シェンダーには、シュールがいたのだ。


「嘘でしょ? だってシェンダーは、もう敵は半分も残ってないって」

「闇の大神官の仕業でしょうか?」


 ビースはずっと感じていた嫌な予感が現実となったと、ほとんど確信していた。しかしそれにアラレルは小首をかしげた。


「闇の大神官? よく分からないけど、そこら辺は聞いてなかった。

 それで、たぶんルーンもシェンダーにいたと思うんだ。今、独断だけどルックがシェンダーの様子を見に行ってる。僕たちはルーザーが、カン軍が首都に来る前に迎え撃つ準備をしなきゃって言ったから」


 リージアにルックを見捨てたと言われていたことを気にしていたアラレルは、言い訳口調でそう言った。ビースはそれを聞き、今度の采配で最も効果的だったのは、アラレルにルーザーを付けたことではないかと思った。

 首都にはほとんど新しい情報が入ってきていなかった。何も分からない状態でカン軍を迎え撃つとなると、戦略もまともには立てられないだろう。


「左様でございますか。スニアラビスの本軍が到着するまで後二日。それまでカンが現れないことを祈りましょう。第一軍も出撃しなければならないようでございますね」


 ビースの声は決して悲観に暮れているようではなかった。シュールはビースにとっても失いがたい人物だったが、ビースの動揺は、その口調には微塵も表れない。


「ビースはどうしてそんなに冷静でいられるの? シュールとルーンが、嘘だよ」


 しかしライトは、一気にもたらされた事実に混乱していた。目に大粒の涙を浮かべ、そう訴える。

 ビースとアラレル、そしてシャルグも、もちろんライトと同じ気持ちだったはずだ。アラレルが諭すような真剣な目で、言う。


「戦争なんだ。これが戦争だから、仕方のないことなんだよ」


 しかしアラレルの言葉に、純粋な少年の心は傷つけられた。


「アラレルはシュールが心配じゃないの? 友達なんでしょ?」


 アラレルはライトの言葉に、どう答えるべきか分からずシャルグを見る。しかしシャルグも言うべき言葉が見つからないようで、押し黙る。


「アラレルの言葉は少し間違えているでしょう。もしシュールの身に何かあれば、戦争だからなどと割り切れるものでもございません」


 そんな中、ビースは静かな口調でそう話し始めた。


「しかしもう私たちには、シュールの生還を信じ、願うよりないのです。それ以外、私たちに何ができるというのでしょうか」


 ビースの言葉に、なおも反発しようとしたライトは、しかしビースの目を見て何も言えなくなってしまった。

 いつも冷静な首相の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちたのだ。

 ライトはそれで、大人たちが皆、自分と同じ気持ちでいることを悟った。

 ライトは玉座から立ち上がると、静かな口調で「少し一人にして」と言うと、三人の前から立ち去った。


「非道いことをしているのでしょうか? さぞ、卑劣なことだとお思いでしょう」


 ライトが去ると、独白するようにビースが言った。それを聞いたアラレルとシャルグは、しかしビースの言葉に肯定はしなかった。


「僕は自分が情けないと思うよ」

「同感だ」


 二人は口々に、涙すらも武器として操る男をそう慰めた。

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