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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 カン軍の将軍代理となったクロックは、西南西の首都アーティーズに向かって全速力で軍を進めていた。ディフィカの魔法はそう何度も使えるものではない。万が一スニアラビスが落とせなかったとして、アラレルの軍が首都に舞い戻っていたとしたら、カン軍の勝利の可能性は消える。

 首都も四枚の防壁に護られた堅い砦だが、上手くいけば内部から悲哀の子が壊滅的なダメージを与えているだろう。順当に行って、スニアラビスの軍がこの第一軍に加われば、アーティス陥落は疑いようもない。

 しかしクラムの話していたという未知の魔法の存在は気がかりだった。スニアラビスに向かった連合運の援軍は期待しない方がいいというのが、母ディフィカの見解だった。

 そのためクロックは母に与えられた指示通り、全速力で首都へと向かっていた。


「クロック、キーネの魔法具部隊が遅れ始めているぞ」


 軍はシェンダーに向かうときと隊列を変え、アレーの部隊の百名が最前列に立っていた。クロックと眠るディフィカを乗せた馬車も、最前列にいる。

 そんな馬車の外から、ザッツが大声でクロックにそう報せた。

 比較的軽装の者が多いアレーに比べ、魔法具に身を包んだキーネの軍が遅れるのは仕方がない。

 クロックは馬車に備え付けられた戸を開けると、ザッツに答える。


「そうか、それならもう少し行ったところで俺たちは野営の準備を始めていよう。半日以上進み続けたんだ。今日の進軍はこのくらいが限界だろう」

「はは、なかなか将軍代理が板に付いてきたじゃないか」

「おい、からかうなよ、ザッツ」

「それは失礼した。それでは皆にそのことを伝えてくるとしよう」


 ザッツの答えに、クロックは満足して馬車の扉を閉めた。シェンダーでの一件から丸一日近く経ったが、未だにディフィカは目覚める気配がない。

 クロックは軽くため息を吐くと、目を閉じて軍が止まるのを待った。


 軍はあの死の球を見せつけられて、もう誰も逃げようとも逆らおうともしていなかった。クロックがこうして軍をまとめていられるのも、母の七光りがあってこそだろう。つくづくこの母に自分は逆らえないと思った。

 自分もいつかあの様な魔法の使える大神官になれるのだろうか。いや、あれはディフィカの呪詛の魔法を闇の力で増幅させたものだ。自分は大神官になったとしてもこうはならないだろう。

 闇の神官は、みな髪が黒く染まる。ディフィカやクラムは元々が緑の髪だったらしい。自分がもしなれるとしたら、元々が黒髪のダルクだろう。


「それは嫌だね」


 クロックはぼそりと文句を言う。しかし返事をするのは、馬の規則正しい足音と、車輪の音と、進軍をする大軍の足音だけだった。




 リリアンたちティナの軍は、半日足らずでキルクが食糧を調達してきてくれたおかげで、どうにか飢えずに済んだ。軍の足並みは最初に比べて大分ましになり、リリアンの機嫌もどうにかよくなっていた。

 軍の先頭を行くリリアンは、この日三時間ほど歩き続けて、初めて停止の合図を出した。

 軍の前方から、斥候に出ていたグランが戻ってきたためだ。


「グラン、お帰りなさい。どう? 何かあった?」


 リリアンは戻ったグランに真っ先にそう問いかけた。今回はいつもより斥候に出ている時間が長かったのだ。そして戻ったグランの表情は、心なしか緊張しているように思えた。


「ああ、あまり上手くない状況かもしれん。前方半日ぐらいの距離から、カン軍が真っ直ぐこっちに向かってきている。数は二千ほど。ほとんど魔装兵だが、百名ほどのアレーが先頭にいた」


 グランの報告に、リリアンの顔付きも険しくなる。


「まさか間に合わなかったのかしら。それともシェンダーの敵軍とは別動かしら。何にしても嬉しくない状況ね」

「そうだな、どうする、リリアン」

「向こうはこっちに気付いているのかしら?」

「いや、向こうの斥候は今昼寝の真っ最中だ。そうそう起きられはしないと思うが」

「それはありがたいわ。そしたら罠を張る時間もありそうね。敵の斥候の死体は隠してきたんでしょうね?」


 グランはリリアンの問いに、心外だと言うようにふざけて目を丸くした。

 ティナの軍はアーティス西部の、海に程近い場所にいた。海のある左方は高い切り出しになっていて、道は整備されいるものの、あまり広くはない。さらに右手は深い木々の密集地帯で、罠を仕掛けるには悪くない場所だった。シェンダーまではまだ三日ほどの距離があったが、もう少しシェンダーに近づいた開けた場所だと、敵との数の差はかなり痛手になっていただろう。


「グランは接近戦が得意なタフな人たちを集めて前衛に置いて。それで敵の存在に気付いていないような素振りで野営をしていて。いったんここの指揮は預けるわ。私は魔法が得意な人たちを数人連れて、木陰に身を隠しておくわ。戦闘が始まったときに、横手から奇襲をかける」

「おい、それじゃあ奇襲部隊が危険じゃないか? 敵は間違いなく追撃をかけてくるぞ」

「私を誰だと思っているの?」


 心配をするグランに、リリアンは余裕の笑みをもって答えた。木々の中の戦闘でなら、彼女には相当な自信があった。敵の数にもよるが、木の魔法師を連れて行けば問題はないだろう。


「あと、キルクは弓を持っているけれど、実際の戦闘で弓は一切使わないわ。前衛に置いてあげて」


 リリアンはそれだけ言うと、小回りの利きそうな木の魔法師を探しに、軍の中央へ歩いていった。

 リリアンはティナにいる内に、あらかじめ一人一人の戦闘スタイルを確認しておいた。奇襲部隊は多くて十人だろう。その大体の目星を彼女はすでに付けていた。

 リリアンは結局、軍の中から八名を選び出すと、九名からなる部隊となって右手の木々の中へ入っていった。

 日が暮れ始め、リリアンたち九名は木々の中に身を隠しつつ、敵軍が現れるのを待った。みんな一言も言葉を発さず、ほとんど身じろぎもしないで待機している。やがて彼女たちの耳に行進する軍の雑踏が聞こえ始めた。


「みんな、準備はいい?」


 リリアンは落ち着いた口調で他の面々にそう問いかけた。実際胸中は不安でいっぱいだったが、この期に及んではそれはおくびにも出しはしない。

 後ろで控える八人が皆息を呑み、頷いたことが気配で分かった。感覚は研ぎ澄まされている。


「敵襲だー!」


 少し離れた位置にいるグランが大音声で叫ぶ。今初めて気付いたかのように、軍は慌てた様子で戦闘態勢を取る。

 リリアンにはよく見えない位置だったが、敵軍の一人が軍を離れて駆けてきて、大声の届く位置で止まった。


「私たちは侵略者アーティスから、我が国の領土を取り戻そうとするカン軍だ。道を開けろ。開けぬとあれば、容赦はしない」


 男は若い声だった。重みのある言葉づかいだが、言い慣れてないのが分かるくらいにぎこちなかった。それに応えてグランが進み出て、大声で返す。


「我々はティナ軍。貴殿等は、友好国アーティスに不当な侵略行為をしている。今引き返すならば良し。引き返さないとあらば、慈悲はかけぬぞ」


 なかなか堂に入った宣言だ。敵は彼がこの軍の指揮官であると露ほども疑わないだろう。


「意見の相違だ。やむを得ないな。覚悟しておけ」


 青年は落ち着いた口調でそう言い返すと、引き返し、自軍の元へ帰って行った。

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