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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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「お前が行った後に、俺たちは今後の方針を定めた。今ここで敵軍を討ち、スニアラビスへ駆けていくべきだと考えたんだ。敵は無謀な突撃こそやめはしたが決して決定的な戦闘をしようとはせず、俺たちにはそれが、やはり敵軍は足止めのためにいるように思えたんだ。

 しかしルックの言っていた闇の大神官というのが気になった。俺たちが攻勢に転じたときのために、何か罠を仕掛けているかもしれない。ここの砦を管理していた老人が、ダルクの話を詳しく聞かせてくれてな。信じがたい話だが、一人でオラークの村を一つ壊滅させたらしい。しかもその村は軍隊を持っていた。恐ろしいことにたった一晩の出来事だったらしい。闇の大神官が皆同じ力を持つのかは分からなかったが、俺には少し思い当たる節もあってその老人の言葉は信じたんだ。


 敵軍は砦から充分な距離を取っていて、正直俺たちは攻めあぐねていた。しかしそこに、ルーンが驚くべき打開策を持ち出したんだ。


 ルックは見たらしいな。爆石の魔法というやつだ。


 ルーンの護衛に付かせていたラテスが、ルックの行った次の日にそのことを報告しにきた。

 この砦の屋上には二台のカタパルトがあった。ラテスは砦のアニーを持ち寄って、まとめて敵に投げれば大混乱を呼べるだろうと考えていた。俺とコライもその後すぐに突撃をかければ、俺たちの勝利は間違いないと思えたんだ。

 俺たちはルーンに急ぎで爆石を作ってもらった。三十ほどの爆石ができるはずだった。しかしルーンのその魔法はまだ安定していないようで、二回に一回は失敗した。ルーンは急いでくれていたが、一日十も作れないようだった。

 時間の問題だったんだろうな。敵があの魔法を仕掛けてきたとき、ルーンは二十五個目の爆石を作ろうとしていた。司令室にやってきていたルーンは、ほとんど失敗しなくなったから、もう半日もしないで全てのアニーを爆石にできるだろうと話していた。


 そのとき、砦の中が急に慌ただしくなり、かなりの数の悲鳴が聞こえ始めた。一人の兵士が慌てた様子で司令室に入ってくると、敵の仕掛けてきた得体の知れない魔法のことを告げた。砦の背とほとんど変わらないほどの黒いもやの球が、帰空のかけられた防壁をいとも容易く崩壊させたというんだ。


 到底信じられない話だったが、すぐに俺たちはそれを信じざるを得なくなった。司令室の壁を破って、黒いもやの壁が駆け足程度の速さで迫ってきたんだ。

 俺はすぐに大火焔の魔法をそれに向かって放ったが、まるで効果がなかった。伝令にきた勇敢な兵士が、鉄壁の魔法をそのもやの前に創ったが、もやはその兵士ごと何事もなかったように鉄壁を呑み込んだ。


 すでに部屋の入り口は呑み込まれていて、俺たちは、少なくとも俺は死を覚悟した。何度もしたことのあった覚悟だったが、今回こそは為す術がないように思えた。俺は何とかルーンだけでも生かせないかと思ってルーンを見た。ラテスも同じ思いだったようで、ルーンを見ていた。けどルーンは、そんな俺たちの目を見て笑った。

 俺にはルーンが、死や戦争というものを理解していないように思えていた。ルックがやたらとルーンのことを子供扱いしていたことにも頷けると思っていたんだ。だが、俺はルーンのことを見誤っていたようだ。

 ルーンは爆石のために溜めていたマナを、自分に使った。……自分の体に帰空の魔法を放ったんだ。

 今まで何人も試したことがあることだ。人の体そのものに呪詛をかける。それができれば、魔法具などはいらなくなる。しかし知っているだろうが、その実験は皆失敗に終わった。被検体になった人間の死という形でだ。

 心臓が潰れるかと思った。助けてやりたいと思った少女が、自らの体を盾に、俺たちの前に立った。


 ルーンは全てを覚悟した上で、自分のできる最善の策を選んだんだ。

 敵の魔法はルーンの体に当たった部分だけは消えていった。そして黒い靄が通り過ぎるとすぐに、砦の天井が落ちてきた。俺は咄嗟にルーンの元に駆け寄って、その体を強く抱いた。その俺たち二人に、恩を返すと言って、ラテスが覆い被さった。


 後は、どれくらい時間がたったのか、ルックが来て、まあ、知っての通りだ」





 ディフィカのあの魔法の中生き延びたということは、間違いなく奇跡と言っていいだろう。呪詛のマナは、他の魔法に比べ集めるのに時間がかかる。ルーンがたまたま呪詛のマナを溜めていたことも非常な幸運だったし、ルードゥーリ化をしたルックが瓦礫の山を退かしたことも、奇跡だったと言っていいだろう。

 しかしシュールの話に、ルックは胸を鷲掴みにされたかのような気持ちになった。


「それじゃあルーンは助からないの?」


 ルックの問いに、シュールは分からないというように首を振った。事の壮絶さに、ルックはそれ以上の言葉を失った。


「女の子って言うのは、男の子と違って格好を付けたがりはしないからね。その子も大した子だね」


 コライが言った。すでにルーンが助からないと見切りを付けたような発言に、ルックは反感を持った。

 ルーンは助かると思いたかった。


 しかし実際、呪詛の魔法を体にかけた者はそのほとんどが死んだ。歴史上その死を免れた者は恐らくたったの一人だろう。その一人にしても、ちゃんとした手順を踏んで魔法をかけたために生き残ったのだ。この咄嗟の状況でルーンがそれを踏んでいたはずはない。魔法に詳しい私の目にも、ルーンの命は絶望的に思えた。

 だがそこで、またも奇跡が起こった。ルーンが呻き声を上げて目を覚ましたのだ。


「ここは天国? シュールだ。生きてるの?」


 多少混乱しているのだろう発言だったが、比較的声ははっきりしていた。


「ルーン!」


 ルックとシュールの驚きの声が重なった。


「ルック! どうしてここにいるの? あ、なんか体痛い。どうなったわけ?」


 信じられないことだが、ルーンは目を覚ますとすぐ体を起こし、辺りを見回し始めた。半壊した防壁の向こうに見える惨状を目にしたルーンは、段々状況を呑み込んできたようで、暗い表情になる。


「みんな、死んじゃったんだ」


 ルーンは悲痛な面もちで言うと、立ち上がり、コライの元に歩み寄ってきた。


「この手当、ルックがしたの? 酷い状況じゃない。ルック、すぐに掘穴で穴を作って。あ、でも水がないか。シェンダーの街は近いんだよね? 運んだ方が早いかな」

「ルーン、何ともないの?」

「体が痛いって言ってるじゃない。早くしないとコライの足がダメになっちゃうでしょ? ほら、シュールもぼうっとしてないで手伝ってよ」


 小さな体でコライのことを持ち上げようとしていたルーンは、立ち呆けていたシュールに言った。

 ルーンのことは心配だったが、どのみち街に行かないわけにはいかない。この死体の山をこのままにして置くわけにもいかないし、街の住人にもこのことを報告しなければならない。ルックとシュールは顔を見合わせると、ルーンの指示に従いシェンダーの街へと向かう準備を始めた。

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