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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 ルックはスニアラビスからシェンダーまでを、わずか半日ほどで走破した。シェンダーでまずルックが見た物は、無惨な残骸となった砦の姿だった。一体何が起きればこうなるのか、ルックには想像もつかなかった。

 辺りにはすでに敵軍の姿は見えず、一面だけ残された防壁の前の濠の先に、二人の人間が倒れているのが目に入った。内の一人は全く動く気配がなく、もう一人も重い傷に苦しみ喘いでいるようだった。

 ルックはその女性のアレーに見覚えがあった。ルックは異様な速さでその女性の前まで駆け寄ると、彼女に声をかける。


「コライですね」


 女性は疲れ果てた目でルックの方を見ると、目にわずかに希望の光を宿した。この砦で、副指揮官に就いていたコライだ。


「ルックだったかい。助けに来てくれたのか」


 明らかにらしくない、弱々しげな口調で言うコライにルックは尋ねる。


「シュールとルーンは?」


 ルックはその質問をしたとき、路頭に迷う幼子のような不安な表情をしていた。そのためかルックの問いにコライは答えず、ただ悲痛な面もちで瓦礫の山へ目を向けた。

 ルックの胸に計り知れない絶望が宿る。彼は瓦礫の山に目を向ける。すると突然、瓦礫の山が動き始めた。

 ルックにまとわりつく黒い気配がより一層深みを増す。コライが動き出した瓦礫に目を疑い、瞬きをした間に、瓦礫の山は砦を囲う濠の中へと落とされていた。

 瓦礫がなくなり空き地となったシェンダーの砦跡には、死屍累々、死体の山が残された。死体はどれも、男女の判別すら困難なほどぼろぼろになっていた。


 その光景に、コライの目には大きな涙が浮かんだ。しかしルックには、なぜか一滴の涙も流れてこなかった。

 ルックは物心が付いて以来、泣いた記憶がなかった。ジェイヴァーが奇形の熊に殺されたときも、両親が殺されたときも。ルックはこんなときにもなぜか泣くことのできない自分を厭った。

 静まり返るその場で、ルックはただただ立ち尽くしていた。コライの治療をしなければいけない。敵軍を追い、仇を討たなければならない。ルックの頭の冷静な部分はそう彼に教えていたが、体は微塵も動こうとしなかった。しかしそこでルックは屍の山の中で、微かに動く物を見た。その瞬間、ルックの姿はその動く物のそばにあった。


 ルックの身に纏う黒い気配が急激に薄くなる。この死の蔓延する中で、なんとシュールが生きていたのだ。シュールは突然なくなった瓦礫の山に狼狽しながら、静かに身を起こし辺りを見回した。二日半瓦礫の下にいたのだ。その動きは弱々しかったが、確実に、生きていた。

 シュールの腕の中にはルーンがいた。ルーンは意識はないようだったが、目立った外傷はない。そしてそんな二人に多い被さるように四つん這いになった、義足の男の姿があった。他の二人同様、ラテスの体もぼろぼろになっているわけではなかったが、恐らく瓦礫の山から二人を守ったのだろう。彼はすでに息絶えていた。


「ルックか。そうか、それが……」


 とても弱々しげな声で、シュールが呟く。初めて見るルックのルードゥーリ化に、驚いているようだった。


「シュール、良かった。……本当に良かった」


 ルックは言う。


「ルーンは無事?」

「ああ、息はしている」


 シュールの言葉に、ルックの黒い気配が完全に消え去った。しかしシュールの言い回しから、ルックの心に不安は残った。


「ラテスが守ってくれたの?」

「ああ、ラテスとルーンが守ってくれた。こんな事のために生かした訳じゃなかったのに、こいつは少しも迷わなかったよ」


 シュールはラテスの下から抜け出すと、四つん這いだったラテスの体を仰向けにした。ラテスの体は仰向けになっても姿勢を変えず、シュールは力を入れて彼の四肢を整えて、顔を撫でるように開いた目を閉じてやった。

 二人は立ち上がると、ルックがルーンの体を背負った。ルックもかなり疲れていたが、シュールの方がなお憔悴していた。この一軍を任されていたのだ。精神的な苦痛も相当だろう。

 ルックは同じ理由で涙を流していたコライのことをシュールに伝え、連れだって彼女の元へ歩いていった。


「シュール、良かった。生きていたのか。それにその嬢ちゃんも」


 シュールを見たコライは、何とか身を起こそうとしていた。


「無理をするな。その足は簡単な怪我ではないだろう。他に生き残った人はいるのか?」

「ああ、私と一緒に防壁からこっちまで跳んだ奴が一人。彼は咄嗟に手を犠牲にして着地したから、スニアラビスに走っていってもらったよ。無事着いてればいいけどね。もう一人は昨日からもう全く動かない」


 コライの言葉に、ルックとシュールはコライの近くに倒れている女性の兵士を見た。シュールは歩み寄って彼女の息を確認するが、すでに彼女も息絶えていた。


「その腕を怪我した兵士なら、さっきスニアラビスに着いたよ。スニアラビスは、敵軍を全滅させた」


 ルックはルーンを背から下ろして横向きに寝かせると、コライの足を治療し始めた。ルーンほどではないが、フォルの資格を持つルックにも多少の手当は行えた。本当ならばコライの足は、切り離した方がいいほどの重傷だったが、ルーンが目を覚ませばまだ治る可能性はある。


「そうかなら、敵軍はもう奴らだけってことになるんだね。一番厄介なのが残ったね」

「ティナの軍はもう着いた後だった?」


 足の治療を続けながら、ルックはコライに聞いた。


「いや、それが唯一の救いかね。途中で逃げちまったのか、それとも何か作戦の変更でもあったのか、来てないよ」


 ルックは深い安堵を覚えた。この惨状を前に不謹慎だとも思ったが、後はルーンさえ意識を取り戻せば、取りあえずは不安も拭える。


「一体ここで何があったの?」


 ルックは尋ねた。それには心配そうにルーンの様子を見ていたシュールが答える。


「お前の言った、闇の大神官という奴の仕業だろうな」


 シュールは非常に沈んだ声で、ルーンの頭を撫でながら話し始める。ルックはコライの処置を続けつつ、シュールの話に耳を傾けた。

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