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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 ルックたちがスニアラビスで大勝利を上げる三日前。ディフィカの息子クロックは、難攻不落に思えるシェンダーを眺めていた。

 彼は母にはあまり似ておらず、またディフィカのように厳めしい表情もしていなかった。少し長めの黒髪は櫛つけられてはいたが、艶の少ない髪質だった。前髪が斜めに切り揃えられている。

 細身でもしっかりとした筋肉のある体は、それほど背の高くない彼にすらりとした印象を与えている。明るい印象のする男だが、つり気味の目のせいで色男とは言えない。

 彼の背には長い三本の刃が背負われている。あまり見たことのない武器だ。三本の刃の付け根は、一つの握りにまとめられている。その握りを持つと、ちょうど手から長い爪が伸びたようになるのだろう。扱いにくそうな武器だが、その分、自由自在に操れれば、型の読みにくい動きをするはずだ。


 クロックは非常に頑丈なシェンダーの砦が、今日の内にも落ちることを思い、それを行う母を誇らしくも、恐ろしくも思った。


「クロック」


 そんな彼に、後ろから赤髪の男が声を掛けてきた。このカン軍の、百名程度のアレー軍を指揮する部隊長、ザッツだ。


「ああ、ザッツ。どうかしたんで?」

「いえ、あなたはまだとても人間らしいので、歩み寄る努力をしてみようかと」


 含むところのあるザッツの言葉に、クロックはくすりと笑った。「あなたはまだ」ということは、ディフィカのことは余程苦手なのだろう。


「確かにディフィカは近寄りがたい方ですからね。それで、何を聞き出そうというのですか?」


 ディフィカとクロックは、邪教、闇を信仰している。そのため彼ら二人には、みな何か理由がなければ話しかけてこない。だからクロックは、彼が何か自分から情報を聞き出そうとしていると考えた。

 しかしザッツは、虚勢を張っているためか、年の若いクロックにはそれなりに堂々と話しかけてくることがあった。位も副官と隊長では大きな差はない。

 今回も何かを聞き出したかった訳ではないようで、きょとんと目を丸くしたあとに笑い出した。


「ははは、用心深いのですね。別に、何も聞き出そうとはしていませんよ。ただ、弟がちょうどクロックほどの歳なもので、仲良くなれるのではないかと」


 クロックはこのザッツという男に好感を持っていた。彼はユーモアもあり、正義感の強い真っ直ぐな男だ。クロックでなかったとしても、ザッツを嫌いになる人間は少ないだろう。

 そう思わせる気持ちのいい人間性がザッツにはある。

 しかもこの一年、カンに入ってからは、話し相手はディフィカ以外にいなかった。ザッツに弟と言われ、クロックは悪い気持ちではなかった。


「ザッツは弟にもそんな丁寧な口調なのですか?」

「まさか。私は見ての通りの無骨な男ですよ」


 四角い顔にびっしりと生える、短い髭をなでながら、ザッツは大げさに驚いた素振りを見せる。

 確かにどう見ても繊細そうには見えない。


「それなら私にもそのようにお話しください」


 クロックはからかうように笑み、そう言った。ザッツとはもう一歩近い距離で話をしたかったのだ。冗談めかして言ったが、これは紛れもなくクロックの本心だった。


「滅相もございません。一応あなたは部隊長よりは上官になるのですから」


 しかしザッツは、丁寧にそう断った。


「そうですね。それならば仕方ありませんね」


 クロックは残念に思った。正義感の強いザッツは、上下の関係には厳しいのだろう。クロックにとってはほぼ同格の立場に思えたが、ザッツにはそうではないらしい。

 だがそこでクロックは、少しいたずらを思い付いてザッツににやけた笑みを向けた。


「それならばこうしましょう。私には弟に対するような態度を取ってください」

「ですから、」


 まるで話が通じていないかのようなクロックに、ザッツは繰り返し諭そうとするが、クロックはそれを遮り言った。


「命令です」


 クロックの言葉に、ザッツは目を見開いて、次の瞬間大笑いをし始めた。


「ははは、そう来たか。それでは従わないわけにはいかないな。こんな駄々をこねる上官は初めてだ」

「駄々をこねるって、あ、俺もこんな口調で失礼するよ。言葉遣い以外の無礼を許した覚えはないんだけどな」

「はは、まあそう言うな。弟に対するような態度でと言っただろう?」


 ザッツは先ほどまでとは打って変わって親しげに話し出した。クロックはどうやら気に入ってもらえたようだと思い、安堵を覚える。


「はは、弟なんていないくせに」

「おや? いつから気付いていたんだ?」


 嘘をついたことを見抜かれたザッツは、しかし悪びれもせず言う。

 クロックは半分はかまをかけただけだったのだが、さも当然というふうに肩をすくめた。


「ザッツを見たときからだね。お兄さんなんてもっと頼りがいがありそうなものだろ?」

「おお、それは失念していたな」


 とぼけたように言うザッツに、クロックはくだらないような気もしたが、笑いが止まらなかった。それから自分にも兄がいたら、こんな感じなのだろうかと考えた。


「あー、はは、こんなに笑うのなんていつぶりかな」

「なんだ、クロックの歳でそんなことを言うなんて、そんなつまらない人生だったのか?」

「まあそうだね。僕は母の他に家族を知らないし、闇の宗教なんて根暗な奴ばかりでさ。あ、これはディフィカには言わないでくれよ」


 まさかクロックから闇を否定するような発言が出てくるとは、思ってもみていなかったのだろう。ザッツはとても意外そうに目を見開いていた。


「それは、俺にはどうもあの将軍は鬼門でな。そんな恐ろしいことは口が裂けても言えんが、意外だな。それならお前はなぜ闇の宗教をしているのだ?」

「なぜも何も、生まれたときから母が闇だったからね」


 クロックはそう説明したが、ザッツはなおも不服そうだった。まるで諭すような目で、クロックをしかと見据えて言う。


「お前ももういい歳だろう。何も母親の言いなりになる必要はないのじゃないか。例え闇でもきっと子がかわいくないはずはない。いずれは理解も得られるだろう」


 真剣に自分を案じてくれるザッツに、クロックは少し照れくささを感じ、うつむき加減に頬を掻いた。

 兄弟ほど歳は離れているが、まるで友人のような口調だ。

 クロックは今まで友人というものができたことはなく、照れずにはいられなかったのだ。


「信じられないかもしれないが、俺の母はディフィカなんだ。怖くてとても逆らえないよ。まあもちろん、愛してくれてるとは思うけどね」


 その言葉にはまた、ザッツは度肝を抜かれたようだった。


「バカな。若作りにもほどがあるだろう」


 二百歳を越える母に向かって、ザッツが若作りと言ったことが、クロックにはたまらなくおかしかった。涙が出るほど笑ったあとに、ザッツの言葉に同意した。


「思っていたより良く笑うやつなんだな。

 まあ、その話が本当だとすれば頷ける。確かにお前たち二人の関係は謎だったのだ。恋人同士にも到底思えんし、姉弟かとも思っていたが、それにしては主従がはっきりしすぎているようだったからな」


 しかしまあ驚くことばかりだと、ザッツはぼやくように言った。クロックは今まで生きてきて、こんなに笑ったことがあっただろうかと考えながら、しかしそこで話を打ち切る。


「ああ、悪いねザッツ。どうも母が呼んでいるようだ。ついに準備が整ったんだろうね。……きっと今日で一番驚くことになるのは、これからなんじゃないかな」

「俺には呼んでいる声など聞こえなかったが、まあ、闇の秘術か何かなのだろうな。もう大抵のことでは驚かんつもりだが、一体何が見られると言うんだ?」


 ザッツの質問に、今度はクロックは答えなかった。ただ出し惜しみでもするかのように不適に笑むと、ザッツに背を向けて歩き出す。それがついて来いという意味だと言うことは、ザッツにもすぐ分かっただろう。クロックの後から、ザッツも無言でディフィカの元へ向かった。

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