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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 明け方、ルックはなかなか見あたらないビラスイの一団に、不安を覚え始めていた。道をそれてしまったかとも思ったが、そのような気が全くしない。


(どうしよう)


 本気でルックが焦り始めたとき、ようやくアレーの一団が見えてきた。ルックの位置よりも少し低い位置、窪地の中に、かなりの数のアレーが集まっていた。そしてルックは、その光景に薄ら寒い絶望を覚えた。

 まだ遠目で定かではないが、ビラスイたちと思しき一団が、五十名ほどのアレーに囲まれていたのだ。


 暗い予想が浮かび始める。もしビラスイたちが交戦をしているとすれば、正直勝ち目はないだろう。だが、ルックがさらに近付いていくと、どうにもそれが異様な光景だということが分かった。ビラスイたちの周りにいるアレーは、全てルックとそう変わらない背丈のものたちばかりだったのだ。


「ルック!」


 近付くルックに気付いたカミアが、持ち前の大声で名を呼んできた。

 もうさらに近付くと、ルックにも大体の状況が理解できた。


 ビラスイたちは戦闘をしている訳ではなかった。ただ恐らくその五十名のアレーたちに、彼らは自由を奪われているのだ。背が低く体が小さいと言うことは、大抵の場合体術は得意ではないはずだ。それなのにビラスイたちが従っているということは、敵ではないのかもしれない。


「あなたが斥候に行ったというこの部隊のリーダーですか?」


 小さい集団の中の一人が、ルックにそう問いかけてきた。その集団の中では背の高い、ピンク色の髪をした女性だ。意外なことに、この一団の中に子供の姿はなかった。皆成人しつつ背が低いのだ。


「あなたたちは?」


 ルックは慎重に、自分の素性を明かさずに問い返す。女性は隣の老婆に目を向けて指示を仰いだ。老婆は老いてなお美しい緑の髪を持つ、この集団の中でもとりわけ背の低い女性だった。杖を支えに立つ姿は弱々しく、武装をしたアレーたちに混ざっているのがどこかおかしく思えた。老婆はやれやれというように首を振ると、女性に変わって口を開いた。


「私はリージア。森人の森の集落の長老よ。ここにいるアレーたちは皆森人よ。それ以上でも以下でもないわ。全く、女性を先に名乗らせるなんて、紳士にはほど遠いお子さまね。さ、じゃああなた方がなんなのかを聞こうかしらね」


 老婆は歳に似合わない早口だ。ルックは彼女たちが森人だと聞いて少し安堵した。こんな異様な集団は、カン軍にもヨーテス軍にも、アーティス軍にも見えない。森人というのはきっと間違いがない。森人の森の民なら一応は味方だろう。


「だから俺たちはアーティスのフォルキスギルド員だって言ってるだろう!」


 ラテスが喚く。ルックはそれで森人たちがこんな態度でいるビラスイたちを信用しきれなかったのだろうと思った。


「全く、このおバカさんたちはまともに会話ができないときているのよ。私たちはフォルキスギルドだなんて聞いたことがないわ。何度言わせるつもり? リーダーが戻ってくるって聞いたから、待っていてあげたって言うのに、それにしたってまさかこんな赤ちゃんが現れるなんてね」


 リージアは歯に衣を着せぬ物言いだった。ルックたちの怒りを煽っているようでもある。いや、その矛先はラテスたちよりもむしろ自分に向かっているようだ。ビラスイたちが自分をリーダーと言った訳は分からなかったが、リージアの意図は何となくルックにも分かった。


「そっか。そう言うことか。じゃあまず僕はルック。彼らと同じフォルキスギルドの組合員だ。確かに彼らはあまり聡明な人たちじゃないから、ね」


 ルックはそれで全てが伝わるとばかりに、発言に含みを持たせた。


「ふん、そうね、その様だわ。そしてあなたは随分と背伸びが好きな赤ちゃんなのね」


 リージアは歳の割に余裕を持たせたルックの発言に、辛辣な皮肉を言う。しかしルックはそれが先ほどのような挑発ではなく、ただの冗談だと気付いた。とりあえずは話を聞いてもらえるようだ。


「じゃあ気の済むように質問していいよ。僕は間違いなくアーティス人だから、なにを探られても痛くも痒くもないからね」


 リージアたちは恐らく、ビラスイたちのことは信用しているのだろう。彼らには嘘をつけるほどの利口さはないと判断したのだ。しかしビラスイたちから聞いたルックのことは、疑わしいと思っているのだ。もしもウォーグマのような卑劣な男なら、ビラスイの一団を騙し、利用しているかもしれない。

 本当は一刻も早くスニアラビスに戻りたかったが、もし協力してもらえるなら、この五十名のアレーはとても大きな戦力だ。時間をかける価値もある。

 ルックはそう判断したため、自分への疑いをはらすためリージアたちの質問を待った。


「そうね、じゃあまず、あなたはこの人たちと違って王のことを知っているということだったけど、名前は何?」

「ライトだ。幼いときからよく知ってるよ」

「じゃあそのライトの補佐についているのはだあれ?」

「戦闘とかではシャルグで、政治の面ではビースだね。でもこんなのは、今じゃアルテス人が知っていてもおかしくないよ」


 ルックはあまり核心を突いているように思えない質問に、疑問を投げかける。しかしリージアはそれには答えず、質問を続ける。


「シャルグとビースはどういう人かしら。あなたの知っている範囲で構わないけど、言ってみてちょうだい」

「ビースはとても落ち着いた人で、優しい人だ。本当は戦争なんてしたいと思っていない。

 シャルグは、無口で、他国には怖がられているらしい。元暗殺者で、今はフォルキスギルドでシュールをリーダーとしたアレーチームで活動してる。あとはライトのことを弟のように可愛がってる」

「随分と詳しいのね」

「僕もシュールのチームのアレーだからね」

「そうね。分かったわ。あなたのことは信じるわ」


 どこも核心を突くものはないのに、リージアはあっさりとルックを認めた。森人の誰もそれに異を唱えようとはしない。

 ルックは彼女らにも、核心を突けるほどの質問はないのだろうと悟った。森人は生涯ほとんど森から出ることはない。アーティス人が森人を知らないように、森人もよくアーティス人を知りはしないのだ。だからルックの受け答えをする姿勢から、信頼できるかどうかを見極めたのだ。自分の見立てに余程の自信がなければやれないことだ。

 歳の功というやつなのだろうとルックは思った。


「ありがとう。じゃあリージアたちは味方だと思っていいんだよね?」

「当然じゃない。私たちは例え親や子供を人質に取られても、カンにだけは味方しないわ」

「そっか。それなら今見てきたスニアラビスの状況を説明するから、協力してもらえるかな?」


 時間がないということを知っていたルックは、和解が成立するとすぐさま本題に入った。だがこれにはビラスイたちから不服の声があがった。


「ちょっと待ってくれ。僕たちは森人のことなんてちっとも知らないんだ。本当に信用できるのかい?」

「そうだそうだ。こいつらは俺たちがなんと言おうと取り合わなかったんだぞ。正直俺は信用できないな」


 ビラスイとラテスが口々に言う。その他にも彼らと同意見の人が数人いるようだ。頷いているものや、同意の声を上げたものがいた。ルックは軽い怒りを覚える。しかし、最近の自分は気が立っているような気がして、一応は年長者に敬意を払うべきだろうと思い、丁寧に言った。


「キーン時代の終わりに、キーンが森人の大虐殺をしたのは知っているでしょ? カンはキーンの末裔だから、森人がカンに味方をしないというのは間違いないと思うよ。あとアーティスがもし敗れたら、カンは多分次は森人の森とティナを襲うよ。どの道アーティスから落ち延びたアレーは、二つのどっちかに身を隠すだろうし、カンは進軍を止めはしないよ。森人は自分の身を守るためにも、アーティスに協力しないわけがない。それに一応森人はアーティス人なんだし、信用していいと思う。

 違うかな?」

「まあ、違わないだろうね」


 ルックの説明に、ミーミーマが賛同してくれる。彼らの中にもそれぐらいは分かっている人も多く、話は割と容易にまとまった。ラテスやビラスイたちは、ミーミーマたちに散々に言われ、さらに森人からも白い目で見られ、針のむしろ状態だった。

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