⑤
王の間では、すでに傀儡は全て動かなくなっていた。シャルグが戻ると、カイルとライトが王の間を隈無く探索しているところだった。
「特に人が隠れていそうなところはないですね。ビースは何かそういうところを知っていますか?」
「元々王の間はそういった隠れ蓑を設けていないのを証明する意味で、こうまで広大に造ったといいます。ですので壁や天井には何も仕掛けはないと伝え聞いておりますが……」
「そうですか。お、シャルグ。そっちはどうだった?」
カイルはシャルグが戻ったのに気付くと、明るく声をかけてきた。
シャルグはそれに目線だけで答える。
カイルもシャルグと知らない仲ではないので、その一見素っ気ないような態度にも気にした様子はない。
「俺はこの傀儡って魔法のことを良く知らないんだが、大体術者はどのくらいの距離にいれば、魔法をかけられるんだ?」
シャルグは抜いたままだった剣を鞘に収め、今度は言葉に出して答える。
「中にはこの王の間の端から端の距離からでも、かけられるほどの者もいると聞く。一度術をかければ、傀儡は与えられたマナが切れるまで動く。近くにいればマナを与え続けることもできるようだが、あれほどの時間ならば、最初に与えたマナだけでも足りただろう」
「ふーん、そうか。しかし術者が死ねば奴らの動きは止まるんだろう? つまりやっぱりどこかに隠れてた奴がいたってことか」
傀儡の魔法は術者の意志を反映させて動かすことができる。そこもまた土像との違いの一つだ。そのため、術者が意識を失うのと同時に傀儡は止まる。
「それじゃあ早くその術者を探さなきゃ。しかも一人や二人じゃないんでしょ? この城の中にそんなに敵が潜んでるなんて思ってもなかったよ」
ライトが身震いをして言う。シャルグもそれに異論はなかったが、踵を返し次の間を探索しに行こうとしたとき、ビースが言った。
「シャルグ、リージアのあのお話を覚えていらっしゃいますか?」
意味深な発言に、シャルグは少し戸惑ったが、やがてビースの意味するものに気付き、はっとした顔になる。
「確かに、そうだ」
二人で納得をするビースとシャルグに、ライトとカイルは目を見合わせた。
「ちょっと、二人だけで話を進めないで下さいよ。ビースは何を思いついたんですか?」
カイルが問う。カイルはビースと主従の関係ではあるようだが、そこまで絶対の服従をしているようにも見えない。丁寧な口調ではあるけれど、年上の友人と話すような気さくな感じがする。
「つまり、私たちの知らない新術が使われているのではないかということです。私も傀儡という魔法については詳しくありません。存じているのは、アーティスでは禁術に指定されている、キーン時代末期に生まれた魔法だということくらいです。ただ、この城の中に何人ものアレーが忍び込んでいるとは思えません。
カイルはルックという少年をご存知ですか? シュールたちのチームに所属するフォルなのですが」
説明を始めたビースが、突然ルックの名前を出したことに、ライトは驚いた顔でビースを見た。
「いえ、良くは知りません。小さい頃に王と一緒にあいつらのチームに引き取られたとしか」
「それがどうかしたの?」
カイルは正直に答え、ライトが興味津々に尋ねる。
「ええ。彼はキーン時代に造られたと思われる、特殊な魔法剣をお持ちです。実際に使用したところを見たことはありませんが、柄にある五つのアニーに、マナを溜めておくことができるのだそうです。それを用いれば、一人でも十数人分の傀儡を使えるかもしれません」
「けどあの剣、デラが葬った古の魔法具じゃなかったの? 古の魔法具はもう今の時代にはほとんど残ってないって、ルーンから聞いたよ」
ビースの発言に、ライトが重ねて尋ねる。
「ええ、ですから失われた魔法ではなく、新術ではないかと。同じような魔法を、今の術者が開発したとしても不思議はないでしょう」
ビースの説明に、ライトもカイルも得心した表情になる。続けてシャルグがそれそのものでなくても、普通の傀儡とは違う何かが使われていなければ、説明が付かないということを話した。
そしてシャルグが話を終えると同時に、火急を知らせる使者が王の間に駆けてきた。
もたらされた報告は、四人をひたすらに驚愕させた。息急ききって告げた使者の報告は、首都アーティーズ全体で、無数の傀儡が暴れ回っているというものだった。
この戦争のこの事件のために、傀儡という魔法は、大陸全ての国で禁止されるようになった。そのため私の生きた時代では、この傀儡の魔法というものは物語の中の魔法だとも思われている。
この事件を起こした傀儡がどういう性質のものだったかは、後の世でも定かではない。新術だというものもあれば、カンが無数の緑髪を首都の外に配備していたのだともいわれる。
けれど少なくとも、この街全体を覆うような傀儡を使える兵は、間違いなく首都の周りにはいない。中で潜んでいるということもない。新術に関しては、クラムが進化を止める力を弱めたため、考えられなくはないが、事実はそうではなかった。
「なんという数だ。これは元を断たなければ、ただ事ではなくなるぞ」
ルックたちの住む家の前で、土砂降りの雨に濡れながら、ドゥールが叫んだ。ドゥールにしては珍しく、声に焦りがこもっている。彼は鉄皮の魔法を持っているため、武器を持つことがない傀儡にはかなり有利といえたが、彼のマナにも限界はある。並のアレーよりは大分鍛えてはいるものの、全身を鉄皮で覆うような状態が無限に続くわけではない。
唯一の救いはドーモンがいたことだ。彼の、ルーメスすらも一撃で沈める鉄球付きの棍棒は、ほぼ一撃で傀儡の数体を動かなくさせた。
ドーモンは口調と体格から、動きが緩慢だと思われることもあるが、実際傀儡たちよりは数段早い。十数体の傀儡の群れを前に、大男はそれを圧倒していた。
ドーモンは手近な傀儡を全て倒し、ドゥールの援護を始めた。素手で戦うドゥールが、ようやく五体目を倒したとき、ドーモンの棍棒の一振りで六体の傀儡が動かなくなった。
「恩に着るぞ」
街の異変に気づき、ドーモンとドゥールが家から飛び出したとき、目に見える範囲だけで五十体ほどの傀儡が暴れ回っていた。その五十体は、二人の姿を見つけるやいなや二人に襲いかかってきた。まだ死んだばかりと思われるものや、マナの恩寵を失い異臭を放つ死体や、水分が抜け、乾ききった死体もいた。ほとんどの傀儡は死後相当たっていると思われるもので、もう性別も分からないほどただれきった傀儡もいる。二人はその傀儡たちを倒しながら、やりきれない気持ちを抱えていた。
鈍く不快な音を伴い、最後の一体をドーモンが叩き潰した。最後の傀儡は、まだ年端もいかない子供の傀儡だった。
「俺、許せない」
ドーモンが、醜くひしゃげ、人の形を失った少年を見てそう言った。
「ああ、同感だ」
ドゥールがそれに短く答える。
「俺、ジェワー、見た」
「ジェワー? ジェイヴァーか! おい、なんということだ」
ジェイヴァーというのは、かつて彼らがルックと三人で熊退治に向かったとき、共闘をしたアレーの一人だ。気のいい男で、ドゥールとドーモンも仲が良かった。けれど彼は、その依頼の際あっさりと命を落とした。そしてドーモンが背負い、アーティスまで連れ帰り葬ったのだが、その遺体までもが、傀儡によって操られていたのだ。
「俺、許せない」
ドーモンが再び繰り返す。ドゥールの目をしかと見据える垂れた目には、深い悲しみが見て取れた。
しかし今は悲しみに浸るような局面ではない。一刻も早く何か手を打たなければ、何万という人死にが出かねない。
「俺、行く」
唐突にドーモンはドゥールにそう告げると、豪雨の中、街の北西に向かって駆けていった。ドゥールは後を追おうと思ったが、すぐ近くで悲鳴が上がるのが聞こえて、舌打ちをしてそちらに向かった。ドゥールにはドーモンの単独行動も気掛かりだったが、長年の相棒を信用していた。そしてドーモンが向かった先も何となく想像が付いていた。
だから、自分はとりあえず救える命を救おうと考えたのだ。




