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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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「これは……。何かあるとは思っていましたが、まさかこのようなことをするとは。もう少し賢明な方に見えたのですが」


 ビースが憂いた。それはシャルグも同感だった。明らかにもう最初から、彼らはこうするつもりだったのだろう。


「けどこの人たち、僕やビースに向かってくる気配が全然なかったね。何か衛兵の人に恨みでもあったのかな」


 ライトは感じた違和感を口にした。シャルグはそれに肩をすくめる。突拍子もない意見にも思えるが、そう考えるのが自然な気もした。どうあれ、シャルグはそんなところに興味はなかった。死んだ人間には何もできない。それだけが純然たる事実だ。


 事が済んだとばかりに、シャルグは黒刀の血を拭い、鞘に収めた。ビースも死者を弔うように指示を出す。


 しかしこれは、あの有名な「アーティーズの悪夢」の序章に過ぎなかった。


 衛兵の一人が、動かなくなった仲間の一人に何か声をかけその体を持ち上げようとした。そのとき、死んだはずのその衛兵の体が、びくりと痙攣した。


「なっ?」


 彼を持ち上げようとしていた衛兵は、とっさに身を退き一歩後ずさる。

 兜の隙間に短刀を突き刺した男は、のろのろと立ち上がった。


「ナジャ、おまえ生きていたのか!」


 ナジャと呼んだ衛兵と親しい仲だったのだろう。後ずさりをした衛兵は、今、王の間に立っていることも忘れ、嬉しそうに声をかける。しかし、衛兵ナジャはそれに答えず、突如友人に向かって駆け出し、友人の頭に拳を繰り出した。

 それはキーネとは思えないスピードだった。その拳は微笑みを浮かべていた衛兵が、おそらく事態を理解するよりも前にその命を奪った。

 鈍く気持ちの悪い音が響いた。よろめきもせず、顔を潰された衛兵は力なく崩れ落ちた。ナジャと呼ばれた衛兵の腕も、この衝撃によってあらぬ方向に曲がっている。


 王の間にいる誰もが、その事態に驚愕し、言葉をなくした。いち早くそのショック状態から立ち直ったのは、数多の場数を踏んだシャルグだった。

 シャルグは黒刀を再び抜き放ち、ナジャと呼ばれた衛兵の胸を貫いた。胸に穴の開いた鎧姿は、しかし倒れず、あまつシャルグの方を向き、体当たりを食らわせた。

 大した衝撃ではなかったが、シャルグはそれで数歩分後ろへ跳ばされた。


「気をつけろ! 傀儡だ!」


 シャルグは大声で皆に注意を促した。

 それを聞いたカイルが腰から長剣を抜き、死体となった敵軍の、緑色の髪の男の頭に剣を突き立てた。


 傀儡というのは、土像と同系列の呪詛の魔法だ。土像のように無機物の土人形ではなく、人の死体を操るものだ。

 カイルがもう死んでいるはずの緑髪に剣を突き立てたのは、この場に呪詛の魔法師が、例外者でもいない限り彼一人だったためだ。しかし、確実に呪詛の魔法師にとどめを刺したはずが、胸に穴を開けた鎧姿の動きは止まらず、シャルグに向かって襲いかかろうとしていた。


 そこにライトが立ちふさがり、鎧姿を縦真っ二つに切り裂いた。どんな魔法具もライトの金色の剣の前では意味をなさない。体を左右に分けられた鎧は、さすがにその行動を止めた。

 しかしそれから、歴戦の男シャルグすら目を疑いたくなるような事態が起こった。


「まさか、全員動くのか!」


 カイルが叫んだ。王の間の残り八つの死体が一斉に蠢き始めたのだ。カイルが頭を突き刺した緑髪もまた、不気味な痙攣をする。即座に彼は自分の役目を思い出し、ビースの前に立ち、彼を守るように構えた。

 動き始めた八つの死体は、各々違う行動を取り出した。

 傀儡もアレーに近い速さで動くが、それでもシャルグやライトにとっては大した速度ではない。人間には普通できない動きをすることを忘れなければ、二人を脅かせるものではなかった。

 カイルにもそれは同様らしく、卓越した剣捌きで傀儡二人をさばいている。

 しかし魔法具に身を包んでいるとはいえ、キーネである衛兵たちには為す術のない速度だった。残った五人の衛兵は、ほとんど抵抗すらできず倒されていった。

 そしてさらに、倒れた五人もまた傀儡となり暴れ始めた。


「嘘でしょ? 何人呪詛の魔法師がいるの?」


 群がりくる傀儡を斬りつつ、ライトが悲鳴を上げた。傀儡や土像の魔法は、呪詛の魔法師一人で、せいぜい二、三体しか操れないはずだ。この短期間でこれだけの人数を操るとなると、凄腕の魔法師が五人は潜んでいそうなものだ。しかし王の間にはそのような気配はまるでない。その他にも、魔法がかかるまでの時間が呪詛の魔法にしては異様に短いなど、おかしなところを上げ出せばきりがない。


「考えるより先に蹴散らすぞ! 油断をするな」


 シャルグも数体の傀儡を相手にしながらそう答える。しかし、シャルグは体に違和感を感じ、なかなか思うように体を操れない。先ほどの体当たりによるダメージが思いの外あるのかもしれない。

 ライトも危ういほどではないが、傀儡の予期しづらい動きに苦戦している。ビースを守りながら戦うカイルには、ほとんど余裕はない。


「おい、あいつはまずいぞ!」


 ドアの方へと向かう傀儡を見てカイルが叫んだ。

 シャルグはなんとか自分に群がっていた傀儡を全て行動不能にした。胸を貫かれても活動を止めないようだったが、人の形を失えば止まる。そこは通常の傀儡とは違うようだ。ライトもほぼ同時に全ての傀儡を切り捨て、逡巡した後カイルの元へと援護に向かう。


 シャルグはそれを確認すると、急いで外へと出て行った傀儡を追う。城の中には圧倒的にキーネが多い。何とか今の内に事を収めなければならない。もし仮にどこかに潜む敵が十体の傀儡を操れるとすれば、死体が増えれば増えるほど手駒を与えることになる。


 シャルグが王の間の扉をくぐる。次の間と呼ばれる、王の間の玄関のような部屋へと入る。その次の間にある、城内の廊下へと繋がる扉は常に開けられている。


 ちっ、とシャルグは思わず舌打ちをする。扉の前にいるはずの門兵の姿がない。しかし死体もないそこに、おびただしい量の血だまりがある。間違いなく、門兵たちも傀儡にされたのだろう。

 一つ運の良かったことで、血痕が三つ、全て右へと向かっている。左右に分けられていたら、どちらかしか追うことができない。


 シャルグは体に渾身のマナを込め地を蹴った。シャルグの耳に風を切る音に加え戦闘の音が飛び込んできた。

 シャルグがその音のする方へ突き当たりを曲がった瞬間、「光矢よ!」と大声で初老の女性の声が響き渡った。


 それを聞いた途端、シャルグは慌てて身を翻し、もといた廊下へ逆戻りする。無数の細かい光の針が、シャルグのすぐ後ろを通り抜けた。


 光矢とは、最も殺傷能力の高いといわれる光の魔法だ。打ち出された一つ一つの針が、生物の体を破壊する。何億という針が打ち出されるため、一つ一つの威力は大きくはないが、最終的にとてつもない破壊力を生む。


 光矢が消え、シャルグが改めて突き当たりを曲がると、そこにはぼろぼろになった死体が三体と、城の衛兵と思われるアレーが二人立っていた。一人は片腕がなく、桃色の髪の光の魔法師は両足がない。どちらも歳を取っていたが、十年前の戦争を生き抜いた強者なのだろう。


 シャルグはほっとため息を吐く。彼は優秀な兵のほとんどを、戦地に向かわせたのかと思っていた。そのため今度の傀儡を使った襲撃に内心かなり焦りを感じていたが、それはどうやら杞憂だったようだ。


「城内に敵が入り込んでいるようだ。皆に警戒を伝えてくれ」


 シャルグは物問いたそうにしている二人にそう言うと、急いで王の間へ引き返した。

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