7話
「止まれ。非登録の人間とデモンは通すわけにはいかない」
唯一中に入れそうな門の前で、俺達は武器を構えた人物に止められた。
「ネオバベルセキュリティ……早い話が門番ッス」
声をかけてきた門番以外に、同様の装備を身に付けた人々がデモンを連れて見廻りをしている。
というかサンディの10倍以上ありそうなパンダがいた。なにこれ。
「ネオバベル四方の門を守る要、四魔の1匹、アトラスパンダよ。主食は樹海と侵入者ね」
これが壁の向こうから覗いてたりしたら、人類は何かを思い出しちゃいそうだな。
とりあえず足を止めて、門番の人と話すことにした。
「俺は少し前に召喚された異世界人です。彼女らはここに来るまでにテイムしたデモン。ネオバベルに入る許可をください」
「ほう、事実だとすれば強運だな。素人がデモンを倒し、従え、ここまでたどり着いた……いいだろう、問題を起こさないなら入場は許可する」
「ありがとうございます」
「ただし、今から発行する滞在許可証の効力は72時間。それを1秒でも過ぎれば不法滞在者として扱わせてもらう。長居したいなら、何らかの方法で長期滞在許可証を手に入れるんだな」
そう言って門番は奥へと姿を消した。
初耳の内容があったので、スミに確認を取る。
「スミ、滞在許可証とか聞いてないぞ?」
「大丈夫ッス。ギルドでデモンテイマーとして登録すれば長期滞在許可も同時に得られるッス」
「72時間の内に神聖地球帝国まで行くのもアリよ。異世界人は生活保障があったはずだから」
生活保護のような制度かな?
しかし神隠しの報道があっただけでも万単位で召喚されてるはずだが、帝国の財政は大丈夫だろうかといらぬ心配をしてしまうな。
そんな会話をしている内に、門番の人が戻ってきた。何か銃とも注射とも言えない変なブツを持って。え、なにそれ。
「これで生体チップを体内に打ち込んで登録するんだが……ガリガリ過ぎて誤って死んでしまいそうだな」
「正直死なないとは言い切れないです」
「なんとか踏ん張れ」
回復の気功でなんとか踏み留まれました。
デモン3人も注射銃を抵抗することなく打たれる。何故か慣れた感じだ。
「少し変わってるッスけど、昔と基本は同じだったッスから」
そうか、オリジナルが同じように登録をしたことがあったわけだ。
納得していると、地響きのような音と共に閉まっていた門が開き始めていた。
「ようこそ、異世界よりの訪問者。世界の変革を望むなら、ここで生き抜いてみせな!」
門番の歓迎の言葉と同時に門が開く。
進んで目に入る光景は、さながらラスベガスやマカオ……いや、行ったこともないからイメージだが。とにかく一年中明るそうな雰囲気を放っている。
人が、デモンが往来する、万魔の都市の名に相応する町並みであった。
「ご主人様、早速ッスけど……ネオバベルに残るか、出るかを決めると良いと思うッス」
「もう決めてる。ここに残るよ」
「即決ね。ネオバベル舐めてると死ぬわよ?」
実際危険そうな空気はヒシヒシと感じている。しかし、この都市の空気を肌で浴びたときにはもう決めていたのだ。
「こういう欲望渦巻く土地には、活力に満ちたプラーナが山ほど漂っている。そういう土地は居るだけで利点があってね。具体的な効果として、俺の体調がちょっと良くなる」
「それはもう選択肢ないッスね」
「山の空気でも吸ってたほうが体に良さそうだけど……アンタが楽だって言うなら、反対する理由もないわね」
「元気な人を見てると、元気になるよね~」
まさにサンディの発言が的を射ていた。
元気な人間が発するプラーナの余剰分が空気中に放出される。
それは気功の使えない人間でも体に自然と取り込まれ、感情や体調に好影響を与える。
そしてその人間も元気なプラーナを発して……と巡り巡る。
もちろんネオバベル内に溢れるプラーナは正の感情から生まれたものばかりではなく、負の感情から生まれた体に毒となるプラーナも満ちている。
それも取り込んでしまえば相殺、あるいは逆に心と体に悪影響を与えるが、そこは気功を使える身である。上手く取捨選択して取り込んでいけばいい。
「じゃあデモンテイマーとして登録しにギルドへ行くと良いッス」
「滞在許可が伸びる以外は知らないんだが、どういう利点があるんだ?」
「ギルドは冒険者とテイマーの両方を仕切っているッス。登録者は様々な依頼を受けられるッス。他にもアイテムの買い取りに預かりなどサポートも充実してるッス。後はデモンズコロシアムに参加できるッス」
最後だけよくわからなかった。いや、なんとなく想像はつくけど。
「デモンズコロシアムっていうのは?」
「簡単に言えばテイマーが互いのデモンを戦わせるッス。フリー対戦や公式大会で勝てば賞金が貰えて、テイマーランクが上がるッス。テイマーは依頼よりこっちをメインにしている人も多いッスね」
戻れパンドラ! スミ、君に決めた! みたいなアレかな?
お金が欲しくないわけではないが、スミたちを飯の種に戦わせるのは気が引けるな。
「腕がなるわね。混じりと馬鹿にする奴らをカモにしてやるわ」
「ぶつかってモグモグするだけの簡単なお仕事だね~」
予想だにしないくらい乗り気だ!?
驚いているとスミが言う。
「スミたち、デモンの本能的にバトルジャンキーッスよ? もうこれは元々の性格とか関係なくウズウズするんス」
「そういうもんなのか」
いや、そうじゃなきゃ殺してテイムした直後にテイマーのために戦うとかしてくれないか。
スミたちとは会話してお願いした感じだから分からないが、普通のデモンとは言葉通じないからな。
「テイマーランクは上がると賞金の高い大会に参加できる他に、高難度の依頼も受注できるようになるッス。まぁ冒険者としての経験がないテイマーに推奨されるのは、賊やデモンの討伐とかッスけど」
「高難度の失せ物探しとか受けても絶対達成できないだろうしね」
脳筋系のお仕事のみってわけですね。わかります。
「そんな仕事でも達成すれば冒険者としてのランクも上がっちゃうんで、本末転倒な気もするッスけどね。テイマー登録の説明は以上ッス」
「登録して悪いことはなさそうだ。ギルドの場所まで案内を頼む」
スミを先頭に、都市を歩く。
しかしこう道行く人を見ても、デモンはいれど混じりはまったく見ない。
いや、パンドラとサンディもぱっと見、混じりには見えないので絶対とは言えないのだが。
ただデモンを連れている人、いない人問わず、こちらへ明らかに侮蔑の目を向けてくる者もいた。
正確にはどう見ても混じりであるスミに対して。以前聞いたとおり、混じりの扱いは悪いようだ。
差別はどこにでも存在するものとはわかっていても、気分が悪いのは変わらない。
「私達になんら恥じ入ることはないわ。馬鹿に一々構っていたらストレスで禿げるわよ。ガリでハゲとかやめてよね」
「ハハハ、毛根先生は俺の身体の中で最強。ハゲるときは俺が死ぬときよ」
「……ご主人様の寝床に結構……いや、よすッス。スミの憶測でご主人様を絶望させるわけには……」
「スミちゃん、ここじゃないの~?」
「へっ、あっ、そうッス!ここがギルドネオバベル北部支部ッス!」
何か考え事をしていたスミは、通り過ぎた建物まで走って戻ってくる。
一体何を考えていたんだろうなぁ(棒読み)。
アトラスパンダでも入りそうな建物の扉をくぐると、中は町中以上の人とデモンの喧騒で溢れていた。
「受付はあっちか」
一番うるさい場所なのですぐわかった。
怒鳴り声、悲鳴、並ぶ人、連行される人、野次馬と、混沌としながら成り立っているような無数のカウンター。
それらを相手取る受付の人たちは皆笑顔である。強い。
彼ら彼女らを見て、一番目に止まった受付嬢の列に並ぶ。
「お次の方、どうぞ。ご用件を承ります」
「テイマーとして登録に来ました」
「かしこまりました。こちらの用紙に登録者ご本人様ののお名前と所持デモンをご記入ください」
受付嬢さんに用紙を渡されたが、困ったな。日本語でいいのかな?
「異世界人なんですが、そっちの文字で大丈夫ですか?」
「異世界人の方は自動翻訳と同時に文字も習得しているそうです。お客様も試しに書いてみればわかるはずですよ」
マジかよと思ったら本当に書けた。
アルファベットに似た知らない文字をスラスラと書くことができ、意味も理解できている。
助かるが、脳みそ弄られてたようで気分は良くないな。
書類の名前欄にはアト・ナイヤと書く。
デモンクロスに来てからはノリでアト・ナイヤと名乗っていたが、これで正式にアト・ナイヤになったような気がする。
「ナイヤ様ですね。所持デモンはワーワイルドキャット、ワーサンドワーム、ワーゴージャスミミック……承りました。少々動かずお待ちください」
そう言うと受付嬢さんは受け取った用紙を機械で読み取った後、バーコードリーダーのような装置を俺に向けた。
「……はい、これで登録完了です。こちらがギルドカードとなります、ご確認ください」
渡されたのは名刺サイズの薄いカード。
受け取って確認すると、驚いたことにタッチパネルとなっており、以下の内容が記載されていた。
登録者名:アト・ナイヤ
テイマーランク:F
冒険者ランク:F
所有デモン:ワーワイルドキャット、ワーサンドワーム、ワーゴージャスミミック
請負中依頼:無し
対戦予定:無し
デモンズコロシアム戦績:0勝0敗0引き分け0無効試合
カード内残高:0マール
普通に文明発展してるなぁと思う。
日本と大差無いどころか上回っているかもしれない。
「カードは非常に丈夫な希少素材で構成されています。それでも壊したり紛失した場合再発行には50万マール必要ですので、ご注意ください。これでギルド登録を終わります。簡単な説明はご必要でしょうか?」
「いえ、結構です。このまま買取をしてもらっても構いませんか?」
「申し訳ありません。買取はあちらの専用窓口となります。移動しますので、ご同行ください」
ありゃ、しまった。
確かにそれらしい集団は別に集まっていた。
失敗を反省しつつ、受付嬢さんに付き従い移動する。
着いてみれば納得の血生臭さ。デモンの肉なども取引するのか。普通の受付では無理なのも納得である。
「それで、買取希望の品物はどちらでしょう?」
「あ、そうでした。パンドラ、売れそうな物出して」
「アバウトね……武具全般と宝石、後は酒とか?」
ポンポンと面白いようにパンドラの口から魔法で収納していた物が飛び出す。
「馬鹿かあいつ、ミミックを道具入れにするなんざ……いや、なんか多くねぇか?」
「取り出した物もベトついたりはしてねぇようだが……特殊なミミックか何かか……?」
周囲の反応を見るかぎり、パンドラの次元収納とやらは認知されてはいないようだ。
むしろ平然と査定し始めてる受付嬢さんが仕事人過ぎる。
「あまり質の良い物はありませんね。買取不可の物はこちらで処分してよろしいでしょうか?」
「お願いします」
「承りました。全部で9400マールになります」
早い。しかし適正な値段かわからない。
「大体そんなもんだと思うわよ?」
「同意ッス」
「それじゃあそれで売ります」
2人の判断を聞いて、売却値段に同意する。
「それでは9400マールをお渡しします。現金とギルドカードへの振込、どちらをご希望ですか?」
振込? マールはおそらく通貨単位だろう。そういえばカードに0マールとか書いてたが、口座とか電子マネーのようなものか?
「カードに振込なんてできるんですか?」
「ここ10年ほどで普及した形態です。外では一部大都市でしか使えませんが、ネオバベル内ではほとんどがカード内キャッシュで御支払い可能です」
電子マネーって信用ない組織だとすぐに何の価値もなくなるんだろうけど……その辺こっそりみんなに聞いてみるか。
「ごめん、初耳。人間だった頃はなかった」
「同じくッス。10年以上経ってるんスね」
「お金は重いから、楽だね~」
うお、こんな事で年月の経過が判明してしまった!?
何年経っててもみんながショックを受けないように、後でゆっくり調べるつもりだったのに。ままならないもんだね。
「今のところギルドが破綻する傾向はないので、皆様におすすめしております」
「じゃあ全部カードに。必要になったら現金に変えますから」
「現金化の際は0.1%の手数料が発生するのでお気をつけ下さい」
カードを受付嬢さんに渡すと、機械に挿入された後返却された。
表示に9400マール。どの程度の価値なのかもわからないが、無一文からの脱却完了である。
「テイマー、冒険者として活動する方には、こちらの魔核不活性薬もおすすめしております」
「魔核不活性薬、ですか?」
受付嬢さんが取り出したのは、門で俺たちが滞在許可を得るために撃たれた注射器のような銃だった。
「門で同じ銃を見たんですけど」
「こちらは規格品で、カートリッジを取り替えればどのような用途にも汎用的に使うことができます。門で撃たれたものとは撃ちこむ物が違います」
受付嬢さんは注射銃からカートリッジを取り外し、見せてくれた。
カートリッジの中には緑色の液体が詰まっている。
「これが魔核不活性薬です。デモンの魔核を取り出し注入すると、平均的な大きさの魔核ならば1発でその活動を不活性化し、再生ができなくなります」
「あ、これスミが魔核の説明をしてくれたとき言ってたやつか?」
「そうッス。スミの知ってる奴は使い捨ての太い注射器だったッスけど……」
「7年前からこちらのタイプに変更になりました」
ちょうどいい機会だ。気になっていることを聞いてしまおう。
「話の腰を折ってすみませんが、質問があります。今ってBD……でしたっけ、何年ですか?」
「今年はBD……バベルデストロイ歴8785年ですね」
8785年……というかBDてバベルデストロイの略なのか。
確かスミがBD8765年とか言ってたから20年?
スミを見ると、なんとも言えない表情をしていた。
「そんなもんッスか。短いような、長いような……ッスね」
パンドラとサンディは特に思うこともないのか、普通の様子だ。
「ありがとうございます。お話の続きをお願いします」
「はい。こちらの注射銃とカートリッジがセットで初回購入に限り1200マールとさせていただいております。カートリッジは1つで約16発分。交換カートリッジは1つ600マール。注射銃は2度めから6000マールでの販売となるので大事に使用してください。不活性化した魔核は、ギルドで高値で取引させて頂いております」
なるほど。これで倒したデモンの魔核を集めて売って欲しいということか。
一応買っておこうかな。
「それじゃあ買います」
「1200マールになります。カードの残額から差し引かせていただきます」
受付嬢さんがカードに機械をかざす。
カードの残額は9400マールから8200マールに減っていた。
魔核不活性薬カートリッジ付きの注射銃を受け取る。
受付嬢さんもこれ以上何かを薦めてくる様子はなく、これでギルドでの用事は済んだ。後は宿でも探さないといけないな。
「あの、ええと受付嬢さん」
「申し遅れました。アティ・ヒジリと申します。どのようなご用件でしょう?」
「ヒジリさん、ネオバベルでサンディ……ワーサンドワームも問題なく休めるような宿ってありますか?」
サンディの大きさだと普通の宿泊施設では無理だろう。多分このサイズ用の収容施設はあるんだろうけど、きっと獣用だ。
「マスター? ボクは別に外とか小屋でいいんだよ~?」
「俺が嫌な気分になるから駄目だ」
「そういうことでしたら……宿泊施設ではなく、このような貸家でオススメがございます」
ヒジリさんが取り出した端末をこちらに見せてきた。
見てみると、それはかなりの豪邸と言っていい物件だった。
庭も広そうで、サンディが走り回っても問題なさそうだ。
「この屋敷は俺でも借りられるんですか?」
「月極で3000マールになります。元々の持ち主は邸内外を大型のデモンに警護させていたので、そちらのサンディ様でしたら問題なく入れますよ」
「これ……知ってる相場の1/10以下なんだけど。裏があるんじゃない?」
パンドラのツッコミに、ヒジリさんはニコリと対応する。
「当然ございます。元々の持ち主は異世界人のAランクテイマーだったのですが、テロ集団である神意の代行者の襲撃に遭って死亡しました。その際、デモンと人の血肉で邸内は赤く染まり、その中心でテイマーはこの世のものとは思えない表情で息絶えていたそうです。2年前から売家として出されていますが買い手はすぐ死んでしまい、賃貸にしても同様の有り様です」
「それじゃ、ここを実際見てみたいと思います」
パンドラとスミが「こいつ話し聞いてたの?」みたいな顔でこっちを見てくるが気にしない。
「幽霊とかでたら、追い払うから」
「できるんスか!?」
多分。プラーナを振りかければ逃げるんじゃないかなという適当な推測。
事故物件、何も出なけりゃ神物件、だ。
「承りました。物件の管理している業者にはこちらから連絡しておきます。6日前に空き家となったばかりなので、先方も喜ぶと思います」
「順調に幽霊量産中じゃない……」
「大丈夫、大丈夫」
内心ちょっと早まったかなと思ってます。
「ギルド、こんな不動産業もしてたッスか?」
「この貸家の調査依頼が出ておりまして、その関係で有望な冒険者やテイマーにオススメしています。『人食い館の謎調査』、難度は特A級。ナイヤ様はランクの関係で受けられませんが、達成した場合は報告していただければ報酬は出ます。50万マールですから、家賃の心配は不要になりますね」
喰われてるじゃないですかヤダー!!
不安を感じる俺たちにヒジリさんはニコリと笑い、業者と連絡が取れ現地で会いたいそうだと教えてくれた。
俺たちはそれをコクコク頷き了承すると、物件の地図を受け取り、ギルドを後にした。
「……完全に厄介事押し付けられた感じだけど、どうすんの?」
「解決できないようなら風呂だけ入ってお暇しよう。解決できれば最高だけどな」
「風呂ッスか?」
「ギルドに入って気がついたんだけど俺も臭い気がしてね……」
人がごった返し蒸す臭いをキツイなーと思ってたんだが、俺もかなりの日数風呂に入ってないから、気がついてないだけで結構臭いのかもと思う。
「ご主人様、あんまり汗かかないからそれほど臭くないッス。スミのが臭いッス」
「そうかな……ともかく家についたら風呂に入ろうか」
「ニャ!? そ、そうスね! お背中流させて頂くッスよ!」
「なに鼻息荒くしてるのよ……私達は……常にシャワー浴びてるようなものだし大丈夫、よね?」
「体液をシャワーと言っちゃうのはどうかな~? とりあえず私は虫臭いかも~虫だし~」
お風呂談義で盛り上がりながら地図通りに進むと、次第に人気がなくなってくる。
豪華な家が立ち並ぶが、目的地に近づくほどに空き家がまばらに増えてくる。
そうして進む先に見えてきたのが紹介してもらった屋敷だった。