6話
パンドラを仲間にしたことは、俺達にとてつもない利益をもたらしていた。
無限収納ボックスの誕生である。
「次元魔法をミミック……箱である私という存在と関連付けることで固定化し、次元収納を可能としたのに……それをこんな賊のアジトのゴミ入れにされるなんて……」
「宝石とかもあるッスよ。汚い斧とかも、ネオバベルで売れるッス。資金繰りは今のうちにしておくが吉ッス」
どうやらミミックだから何でも入るわけではなく、プラーナの活性化で思い出したという次元魔法の応用だとかなんとか、パンドラは言っていた。
うん、全然わからない。
「俺達に大事なのは過程じゃない、結果が大事なんだ!」
「理解できないからって深そうな言葉で誤魔化すんじゃないわよ!!」
「パンドラは凄いね~。なでなでしてあげる~」
「や、やめてよサンディ! アンタのベタベタと私のベタベタが混ざるから! 他人のよだれみたいで嫌なのよぉ!!」
軟体同士、サンディと仲良くなってくれたようである。
スミがちょっとさみしそうだったので撫でてやった。
「スミはこれで十分ッス~」
見つけた食料から何から何までをパンドラに詰め込み、俺達は町の廃墟を後にする。
ちなみにパンドラ本人はスミが袋に入れて背負っている。パンドラはミミックの形態上跳ねて移動するわけだが、当然速度は出ない。
加えて森という地形は更に速度を悪化させるため、このような措置となった。
会話自体は袋から本体である粘体を伸ばして参加できるので、我慢してもらおう。
「ネオバベルかぁ……知り合いとかまだ生きてたら、面倒ね」
「スミもオリジナルの知り合いはいるかもッスけど、スミたちとしては初対面スし、気にすることないッス。デモンになっても気にしない知り合いも、心当たりはあるッス」
「どんだけ心が広い知り合いよ……ま、スミはともかく私とサンディはパッと見だと原型を留めてないし、バレないでしょうけどね」
道中、パンドラたちの会話に気になる点があったので聞いてみた。
「みんなは、デモンになってからどれくらいになるんだ? その……生まれてから今の状態まで成長するのにってことなんだけど」
「デモンは基本的にすぐ狩りができるほどに成長するわ。それは混じりも大差ないんだけど……私達、何年ぐらい野生で生きてたか……覚えてる?」
「……ものすごく曖昧ッス。1年かも、10年かも、まさかの100年かも……デモンは寿命がないとも言われてるッスし、ありえなくはないッス」
「実は1000年以上経ってて~ネオバベルも滅んで、世界は全て樹海に埋まってるのかもね~?」
サンディの発言に、スミとパンドラが目を逸らしたんだが、そんなことないよな?
「ネオバベルが滅びてるならデモンクロス全土も滅びてるわ。賊がいたならまだまだ大丈夫よ」
「賊が判断基準なのか……」
「まだ缶詰とか文明感ある品持ってたッスしね。ちなみにスミの知識だと最新の年号はBD8765年ッス」
「私はBD8762年ね」
「BD8760年かな~ボクがお姉さんかも~?」
ああ、記憶している年号イコール死んだ年ってことね、わかります。
最大で5年差か。見た目の年齢が大差ないということは、死んだ時に近い年齢だったのだろう。
「この樹海で亡くなる人間はやっぱり多いのか?」
「デモンは金になるッスから……樹海の肥やしになる人間なんて毎日グロス単位で出てると思うッス」
「それは、無謀な馬鹿でしょ。私のような優秀な人間の死が重なるのは、世界にとっての損失なのよ」
もしかして自分同様2人も優秀な存在だと言ってるのかな?
少し湿っぽい空気の中、サンディが言う。
「今はデモンだけど、元気だから大丈夫だよ~」
「ま、まぁこれも何かの縁だし、一緒に世界を変革していこうじゃない」
「……世界を変革って、ニーソンも言ってたな」
俺の発言に、ギョッとした様子で3人が凝視してきた。
「ああ、アンタ召喚の際に最高神の声を聞いたのね。まぁ私は信奉者じゃないからいいけど……下手に呼び捨てにしたりすると、信徒に殺されるわよ」
「デモンクロスの最大宗教の崇める神様ッスからね。異世界人なら多少は多めに見てもらえるかもしれないッスけど、二度目は殺されるッスね」
「最高神の賛美歌は、覚えておいて損はなかったな~」
やっぱりニーソンはこの世界で信仰されている神なのか。
ううむ、あいつに吠え面かかせるって目標を話すべきか否か。
元々漠然とした目標だったし、スミたちに会えたことで大目に見てもいいかなと思い始めてるし。
具体的に行動を起こす意思を固めたら話そうかな。
「どうなんだ、実際。異世界人が召喚されると世界は変革されるのか?」
「事実ではあるわね。英雄、殺戮者、皇帝、大賊……歴史に名を残した異世界人は多いわ。異世界人は高位のデモンテイマーになりやすいから、大なり小なり世の中に波風を立てるのよ」
「『世界を停滞させてはならない』、『永劫なる変革を』って聖書にも載ってるッス。それがどういう意味かは解釈によって違うんで、ヤバい思想家もいるッス」
あいつのやり方で起きる変革なんて、血を見るモノしかなさそうなんだよな。
それが望みだとしたら、実に素晴らしい神様でございますなぁ。やっぱり嫌いだ。
「やっぱりデモンテイマーはこの世界で重要な地位を占めてるのか?」
「人類にとってデモンは災害。高位のテイマーは台風や地震を使役できるのと変わらないもの。戦争中突然敵軍だけ災害に襲われれば、それだけで戦況なんて覆るでしょ?」
自在に起こせる神風みたいな扱いなのか。というかデモンなんかがいても戦争はあるんだな。
いや、停滞させてはならない、なんて教えがあるからなおさらなのか?
国としての安定さえ停滞と認識されるのなら……そこまで考えた時、サンディがぴくりと震えた。
「みんな~何か来るよ~。こっちを襲うつもりみたい~」
サンディの警告に、会話を中断させ身構える。
現れたのは、3メートル近い二足歩行の豚と、その倍ほどある木の巨人だった。
「オークとウッドゴーレムッスね」
「オークって混じり……じゃないよな?」
「ただの二足歩行の豚ッス。混じりなら豚顔だったとしても、もっと人間っぽいッス」
色々良かった。豚100%なら食料にしても大丈夫だな。
「ふん、ちょうどいいわ。偉大な魔法使いである私の力を見せてあげる」
意外と伸縮性のあるパンドラが、スミの前に伸びると何やら呪文を唱えだした。
「風よ、集まりて刃と化せ!! ウインドカッター!!」
パンドラの言葉の直後に、風が吹き荒れた。
「プギイイィィ!!?」
悲鳴だけを残し、オークは胸元から両断され絶命した。
「次はボク~! ドーン!!」
サンディがウッドゴーレムに体当たりをぶちかます。
木に叩きつけられたウッドゴーレムはバラバラに砕け、ただの木片に変わった。
「どう、これが気功で高めた私の魔法!! その名も、アカッ!?」
パンドラが言葉の途中で止まった。人型を維持できなくなり粘体がプルプルしている。気絶したようである。
「どうしたッス?」
「スミも以前気功を使った後、身体が動かなくなったろう? 症状は違うが、アレと同じだ」
「パンドラちゃん、凄い『気功魔』使ったから疲れちゃった~?」
「命名されちゃったッスね」
こういうのは早い者勝ちが世の常である。パンドラには後で伝えておこう。
オークを食材にバラしている内に、パンドラが目覚めた。
「何だったのよさっきのは……気功ってあんなデメリットがあるの?」
「確かに気功は引き出すほどに体力を奪っていく。闇雲に最大出力で使えばみんなだろうとバテて終わりだが……今のはそれとも違う」
そろそろ気功について大事なことを話さねばなるまい。
俺は地面に枝で図を書いていく。
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「何故か馬鹿にされてる気がするわ……」
別にパンドラ気絶とかクソワロタwwwなんてつもりで書いたわけではないぞ。
「賊を退治した時は、スミもサンディも偶々最小限の気功で相手を倒したため、倒れたり動けなくなったりということは起きなかった。だが、それ以外の2戦ではスミ、パンドラが行動不能になっている」
「何が問題だったんス?」
俺は棒で一直線を書きながら説明を続けた。
「気功はプラーナを引き出す量で段階が存在する。この直線は一段階を意味していて、終点に着くとスイッチが入る」
「なによ、スイッチって」
「あくまで比喩だけど、体感で「あ、今一段階目のプラーナ量に到達した」と感じる瞬間があり、それが俺のスイッチだ。こればかりは個人個人の感覚によるから、自分のスイッチを見つけてくれ」
俺はそこから更に上に直線を引き、Vの形を書く。
「これで気功2段階目。そこから3段階、4段階とスイッチを入れていく」
もう一つVを書き、これでW。そして更にもう一つWを書く。
「8段階目までで一先ず終わりだ。俺はここまでの工程を『一極開放』から『八極開放』と呼んでいる」
「呼び方はどうでもいいけど、これが私達の症状とどう関係があるの?」
わかりやすく、間隔のめちゃくちゃな折れ線を引く。
「スミやパンドラが倒れた原因の説明は簡単だ。一極開放のスイッチも入れずに一気に三極、六極のスイッチを入れたせいで、チャクラの中でプラーナが大きく乱れたことにある」
考えなしにプラーナを高めるとこうなる。ゆっくりと高めると失敗はしないが、当然出力の上昇は遅くなる。
「これでもプラーナの出力は行われるが、すぐにバランスを崩した反動が割に合わないレベルで帰ってくる。一極から二極へ、二極から三極へ。プラーナを乱さず気功を使えば、無駄な体力も使わず、反動もないというわけだ」
「なるほど……理に適ってるわね。過程を踏んで得た力こそ長続きするってわけね」
「じゃあ、ちゃんと八極開放を行えば、体力のある限り気功が使えるんスね?」
「そうだ。俺なんかは正しい開放をしても、元の体力が低くてすぐ尽きるけどな」
間違った開放をした場合? そりゃあ即全身がこむら返り起こしたみたいになりますね。心筋も含む。
「そういうわけで、ネオバベルに着くまでを目標に、自分のスイッチを見つけて、正しく八極開放ができるようにしよう!」
「おお、初の修行ッスね!?」
「ふん、天才の私ならすぐにやってみせるわ」
まぁこれは時間さえかければできるからな。というわけで、達成した人には追加の宿題も用意してあげる俺の優しさ。
「もし正しい八極開放ができたら、次は制限時間を課してやってみるんだ。戦闘中にゆっくり一極開放、二極開放、なんて時間かけられないからな! 目標は一息の間に正しい八極開放だ!」
「はぁ!? 何言って……あああ!!? 二極超えて三極のスイッチ入れちゃったじゃないの!!」
第二課題は、スイッチを入れる感覚を身に付けた後に難しさがわかる。
プラーナの出力を自在に調整できるコントロールがなければ、スイッチを入れる前後にゼロコンマ数秒の硬直が発生する。それは実戦の最中では命取りになりかねない。それを埋めていくのが修行の目的である。
「間違って飛び越えたらそこでしばらく気功は中断だ。反動が小さく済むようにな」
「ぐぬぬ……意識を失いたくないし、しょうがないか……」
一瞬クラっとした後、パンドラは再び気功を開始した。あの程度で済んだか。
「サンディは皆がこんなんだから索敵を頼む。開放については俺が後でゆっくり教えるからな」
「うん~! えへへ、マスターに手取り足取りの修行、楽しみ~」
「なっ、羨まし……ッスゥゥ!! 五極飛び越したッス!!」
そんなやかましい中でも、サンディの索敵によってデモンとの遭遇は最小限で済んだ。
「邪魔よ!!」
それでも時折発生する戦闘は、皆が一極二極と戦闘中でも順序正しく開放できるようになっていくことの良い確認となったのだった。
その後も修行をしながらの行進し、未知なるデモンとの出会いもなく順調に進んでいくことができた。
そうして……
「おお……!!」
「全く変わらないわね、ここは」
「デモンになったりしたッスが、やっと帰ってこれたッス……」
「相変わらず大きいね~」
地球でも見たことがないほどの巨大な塔。
その周りを大きく囲む、視界の果てまで続く壁。
この中が、万魔都市ネオバベル。
俺たちはとうとう目的地にたどり着いたのだった。