4話
「プラーナの放出の仕方に問題があったんだ。その反動で身体が動かなくなったんだろう。少し休めば良くなるよ」
プラーナの流れが乱れているが、予想通りスミの身体が壊れた様子はない。
これを予見はしていたが、一回体験させないとダメだなと思い放置していた。
しかし予想外のことが2つ。
1つ目は、スミの身体への反動がおもったより小さいこと。俺が同じ状態になるよう気功を使ったら地獄の苦しみを味わうだろう。
原因? 虚弱か恵体かの差じゃないですかねぇ? く、悔しくないもんっ!!
そして2つ目は敵の追加である。今のスミに戦わせる訳にはいかない。
スミがこうなると知った上で放置した、俺の自業自得なわけだし、なんとかするしかない。
「ご、ご主人様!!」
「それと、こいつは地面に接する部分が柔らかそうだ。爪で裂くにしてもここを狙うのが効率がいい」
わざと2体の中間を歩く。2体のサンドワームは俺が食う、いや俺が食うと身体をぶつけあい、隙が生まれた。
サンドワームの体で柔らかそうなのは、地面に接した腹部分。
襲いかかるために上体を反らしたことサンドワームのボディに、それぞれ左右の拳を打ち込む。
ブッシャアアアアア!!
体液と共に、2体のサンドワームは本体が露出させた。イメージとしては、胃を全力で揺らした感じか。
その衝撃に、サンドワームはゲロったわけである。
まずは1体、プラーナを込めた手刀で本体を巨体から切り取る。
残るもう1体も……と本体を見た時、思わず目を見開き止まってしまった。
「えっ、人?」
その本体はどう見ても、人の姿をしていたのだ。
足だけはないし、色も口内と同じピンクだが、どう見ても女性そのものだった。
たった今切り落とした方の本体を見るも、ピンクのミミズのような形で似ても似つかない。
その隙に、女性型本体は意識を取り戻した。
「グアアアア!!」
本体が雄叫びを上げ、こちらに飛びかかってくる。
「シッ!!」
それを、鞭のように振りかぶった拳でカウンター気味に打つ。
拳は女性型本体の頭に突き刺さり、その軟体が大きく波打った。
これが人間の頭ならば、脳が頭で踊って、穴という穴から飛び出すだろう。
サンドワームの本体の場合はどうか?
波打つ振動に身体が耐え切れず、爆ぜた。
それと同時に巨体部分もドウッと音を立てて地面に倒れる。
魔核は取ってないが、これで終了。
俺もめでたく限界を迎え、ふらふらと座り込んでしまった。
「ご主人様!大丈夫ッスか!?」
「お、スミはもう平気なのか。本当にタフだな」
駆け寄って俺を支えるスミに異常は見受けられない。もう反動から回復したらしい。
ヤバい、才能値高すぎ……? 俺氏、異世界で井の中の蛙と知るの巻。
「やっぱ2匹はキツかったよ。1匹はなんだか変な本体だったし」
「申し訳ねぇッス、スミが調子乗ったから……ところで変な本体って……」
スミの目線が爆ぜた女性型サンドワーム本体を捉える。
爆ぜてかなり吹き飛んでしまったが、まだ形などは十分確認できる。
「これは……スミと同じ『混じり』ッスね。ワーサンドワームって言うんスかね、こういうの」
「『混じり』ってのは初めて聞いたが、スミみたいなデモンのことか?」
「そうッス。人を苗床に生まれたスミたちは人とデモンの混じり物……総じて『混じり』って呼ばれてるッス。蔑称として用いる人も多いッスが、これしか呼び方もないッス」
確かにそういうニュアンスを含んでいる気がする。
このワーサンドワームも、やはり女性が苗床にされて生まれてしまったわけだ。
そう思いながら、爆ぜた残骸をチラリと見た。
【このワーサンドワームはテイム可能です。テイムしますか? 選択可能時間残り32秒。】
見たらこれである。
「あれ、テイム可能だ!?」
「マジッスか!? あ、後何秒ッスか、結構ヤバイんじゃないスか?」
確かに時間は30秒切ったが、どうなんだ、テイムすべきなのか?
テイムすればこの女性は記憶を取り戻すんだぞ、こんな身体で……それは許されるのか?
「ご主人様、何難しい顔してるッス? ……彼女はもう人じゃなくてデモンッス。人間のご主人様は、戦力として使うかどうかだけ考えたほうが精神的に楽ッスよ?」
俺の考えを見透かしたようなスミの言葉に言葉を失う。
……そうだ。今俺は勝手に可哀想とか思ってるだけ。このデモンがどう思っているかなど、知る由もない。
そんなことより俺はスミだけでは辛いから戦力が欲しい。それ以上理由などいらないのだ。
「テイムするぞ!」
前回同様、俺の身体から飛び出した光の粒がワーサンドワームに降り注ぐ。
爆ぜた本体は再生し、分かたれた身体に繋がっていく。
「わぁ、助かっちゃった~」
ワーサンドワームは、そんな第一声を発した。とりあえず丁寧に対応するか。
「アト・ナイヤと申します。この度あなたをテイムさせて頂きました」
「ご丁寧に~。ボクはポーラ・プラズマイア……じゃなくて~。彼女が産んだ、ワーサンドワームだよ~」
名乗った後に自分の身の上を悟ったのか、スミの時とは違って母体の名前まで聞いてしまった。
「率直に聞きます、ポーラさん。あなたは自身の現状をどう思っていますか?」
「この姿のこと? 確かにポーラとは全然違ってミミズっぽいけど、ボクはボクだよ。記憶があってもボクはポーラじゃない。ボクの命は初めからこの形から始まってるんだから、あるがままを受け入れるよ~?」
そうか。
やはり俺の身勝手な考えに過ぎなかったんだな。
スミの場合少しショックを受けていたが、彼女は今の姿を完全に受け入れているようだ。
それを俺のモノサシで人とは姿が違うから不幸なんじゃ、なんて考えたのは俺の傲慢だったのだ。
「悪かったな、変なことを聞いて。それじゃあ、新しい名前が必要か?」
俺も言葉遣いを他人行儀から改める。これからは彼女も俺のデモンだ。
「うん、マスター。ポーラとは別のボクにふさわしい名前をお願い~」
「そう、だな……サンディなんてどうだ」
「サンディ……うん、ボクはサンディだ~!!」
本体をグルングルン動かし喜びを表現するサンディ。
巨体の方で表現されてはこちらが危なかったので幸いだった。
「これからよろしく、サンディ」
「サンディ、よろしくッス」
「うん、よろしく~。それじゃあボクは身体に戻るねぇ~」
そう言い、口の中に消えていくサンディ。
「その状態で、こちらが見えているのか?」
「熱とか感覚でわかるよ~。こうやって顔を覗かせれば話もできるよ~」
口内の粘液から顔を覗かせるサンディ。完全に芋虫の怪物に丸呑みされた美女にしか見えないが、敢えて言うまい。
完全に全身を口内に隠した状態では当然だが話せない、か。
緊急時は自身を鞭のようにしならせ武器にもしていたが、そこを狙って勝っているわけだし、顔を覗かせるだけでも危険は伴う。
やはりここは、サンディにも気功で強化を試みてみよう。
「サンディ。今から俺の特殊な力を君に使う。気分が悪くなったりしたらすぐに言ってくれ」
「不思議なパワー? いいよ~」
ぬるりと全身を表したサンディの手を握る。
うーん、体液でベトベトなのは別にいいけど、消化液だったら困るな。
「この粘液で俺の手が溶けたりしないか?」
「食中食後は消化液が出るけど、その時以外は大丈夫~。でも、ベトベトで気持ち悪いよね~?」
「そんなことないさ。美女の体液とか深く考えればむしろご褒美とも考えられる!」
「そんな深い考え持たなくていいッス!!」
「変態は、犯罪だよ~?」
ちょっとした冗談なのに……ともあれ、ゆっくりとサンディに気功を流す。
「なんだか暖かい~」
徐々にプラーナの量を多くしていくが、サンディはどんどんリラックスした表情になるばかりで苦しそうではない。
ある程度の量を流し終えて、プラーナの放出を止めた。
「ふ、ぅ……これくらいでいいか」
「なんだか初めての感覚だった~。これってなんだったの~?」
「サンディ、何か変わった感じはないッスか? スミたちから熱みたいなの、感じたりしないッス?」
「熱はいつも感じてるよ~? あれ、でも、なんだか……遠くまで見えるようになったかも~。見えないところまで、見えないままでも見える気がする~」
ふむ、その感覚なら説明ができる。意識の広がり、自然との調和。気功が使えるようになり、周囲のプラーナを鋭敏に捉えるようになったのだろう。
「おそらくサンディは周囲の変化をより広く察知できるようになったんだろう。でも急な意識の広がりは気分を悪くする……大丈夫か?」
「別になんともないよ~。こっちに気づいてないサンドワームとかも感じられて、なんだかボクが森より大きくなったみたいで楽しい~」
体力を消耗した俺よりも索敵範囲は広いようだ。まだ回復の気功の再使用ができないので、現状広い目はサンディだけが持っていることになる。
「えっ、近くにいるッスか?」
「ちょっと遠くだから平気だよ~。これがマスターの力を貰った影響なの~?」
「俺はキッカケを作っただけだ。後はサンディが修行するほど、その力を強くすることもできるはずだ」
しかし、もしものことがあったらどうしようと思ったが杞憂だった。やはりデモンは気功を使うに適したポテンシャルを秘めている。
正直羨ましいとも思ってしまうが、やはり嬉しさが勝っているかな?
俺の力は何の意味もないと思っていた。俺自身使いこなせず、他人に伝えることもできない。
それが今では後者が叶おうとしている。意味があったと、2人の存在が証明している。
感慨にふけっていたのを疲れていると思われたようで、スミが心配そうな声を上げる。
「ご主人様、大丈夫ッスか? あ、サンディ。ご主人様は気功を大量に使うと酷く疲れてしまうッス。これからスミと2人で、ご主人様に無理させないようお守りするッスよ!」
「そうなんだ~。それなのにボクのために力を使ってくれたんだね~。うん、マスターがゆっくり休めるように頑張るよ~」
サンディがそう言い、俺に近づいてきた。
「ボク、乗り物になると思うんだ~。ちょっとゴツゴツしてて乗り心地は良くないかもだけど、乗っていいよ~?」
「いや、今は考え事をしてただけで疲れてたわけじゃ……っと」
立ちくらみ。世界がグルングルンと回る。やっぱり疲れているのか。
気を抜いた時にドッと症状がやってくる。逆に言えば気を引き締め続ければずっと動けるんだろうか?
その後静かに息を引き取りそうだからやらないけど。
「ご主人様はさっきから気功を使い過ぎッス。警戒はスミとサンディに任せて、サンディの上で休むッス」
有無も言わせずスミにサンディの上に運ばれてしまった。
中間辺りに降りるが、確かにサンディの言う通り硬い表皮でゴツゴツしていた。
「ちょっと揺れて擦れるだけで皮膚ザリザリ削られそうッス……何か敷物は……はっ、スミの毛を全部刈って敷物にすれば解決ッス!?」
「やめて、俺は平気だから自分を大事にして」
毛のない猫とかエロさより悲惨さが凄そう。
とりあえずまたがり、身体を固定させる。うん、確かに痔にはなりそうな感触だ。
疲れない程度の微弱な気功で、尻だけ保護しておこう。
その間にスミがワーサンドワームの魔核を破壊して、俺達は移動を再開した。
「そっか~ネオバベルに向かうんだ~。ボクは生き物の位置がある程度わかるから、安全な道で行こう~」
「もしも敵に出くわしたら、スミに任せるッス。後、定期的に塔の位置の確認もするッス」
そうスミが主導で役割を決めて、俺はただサンディの身体の上で揺られる。
こんな尻に優しくない場所でも、人間動かずにいれば睡魔に襲われる。
これまでの疲労が一気に眠気に変わる。急激な睡眠欲求に俺は逆らうことができず、眠りに落ちるのだった。
「ご主人様、寝ちゃったッスか?」
「うん。落ちないようにゆっくり進むね~」
「寝ながらでも尻がプラーナで保護されてる辺り、すげぇッスね」
意識がないのにどうやって気功を使っているのか。まだその境地にたどり着いてはいない2人は疑問に思うばかりだ。
「まだ言ってなかったとは思うッスけど、ご主人様は異世界人ッス。今日この森に放り出され、弱った身体でよく頑張ったッス」
「異世界……地球の人間なんだ~。ポーラは歌手でね、神聖地球帝国でも歌ったんだ。アニソンとか、デスメタルとか、いろいろ教えてくれたなぁ~」
スミはサンディの話を聞いて、何故樹海で混じりになっているのか不思議に思った。ネオバベルにやってくる人は多いが、全てゲートを使って移動するだけで、一般人は間違っても樹海に来たりはしない。
「サンディは、ポーラが死んだ時のことを覚えてるッス?」
「ううん。ポーラの最後の記憶は、ネオバベルで歌い終わって控室で飲み物を飲んで休んでたところまで。眠くなって……ポーラは二度と起きず、ボクになったよ~」
ああ、とスミはポーラが何者かに嵌められたのだなと察した。
何かの理由でポーラは飲み物に睡眠薬でも混ぜられたのだろう。そして、どうやってか樹海でサンドワームに襲わせ……
気分が悪くなり、スミは想像をやめた。
すべて想像であり、そしてそれはサンディとはもはや関係のないこと。考えるだけ損だった。
「大丈夫。それはポーラのお話で、ボクはサンディだから~。スミちゃんも、スミちゃんの人生はマスターに出会ったところからなんだよ~」
サンディの言葉に、スミは頷き同意する。
かつて人間だったオリジナルの記憶で、今のスミと同じようなデモンは『混じり』と呼ばれる人気の低いデモンだったと知っていた。
それは人を苗床に生まれた不浄さと、能力自体が通常のデモンより低いことが多いためだった。
事実、スミも通常個体のワイルドキャットより能力で劣っていた。
(でも、それをご主人様が気功という力で常識を打ち破ったッス)
最初、優しいご主人様に出会えて嬉しいとスミは思った。
スミのオリジナルは、同じテイマーでもまるで違った。神経質で、弱いデモンは強いデモンを育てる肥やしとしか思わなかった。
そして所持するデモンの強さの頭打ちにストレスを溜めた結果、樹海の奥深くへ無謀な挑戦をして、スミが産まれるキッカケとなったのだった。
昔からそうではなかった。今のスミの性格は、そうなる以前の彼女が元になっている。
自分の個体としての弱さを理解していたスミは、せめてアトが強いデモンを手に入れるまで命をかけてお守りしようと思った。
だが、アトが気功という力を与えてくれたことで、足手まといにならずにこのままずっと仕えることができるのではと、夢を抱いた。
弱いデモンを切り捨ててきたオリジナルには、とても許されない願いだ。
だが、自分はスミだから。スミのオリジナルの非道を知っていても、それは他人事と切り捨て夢を抱くことにも躊躇はない。
「強くなるッス。弱くて強いご主人様を一生守るために」
「うん、頑張ろうね~」
眠るアトを起こさぬよう、2人は小さく決意を口にするのだった。