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2話

「も、もう大丈夫ッスかね?」

 スミにしがみつき駆けさせて、どれだけ経っただろう。

 もうあの殺気は感じない。スミがゆっくりと足を緩めたので、そのまま止まってもらった。


「はぁ、はぁ……追ってくる気配もない。ありがとうスミ、助かった」

 ゼイゼイと息を切らせるのは、スミではなく俺とは笑えない。

 背中から降りてへたり込む俺の様子に、スミは目を丸くしていた。


「どうしたッス!? スミの背中、そんな乗り心地悪かったっすか? お姫様抱っこの方が良かったッスかね?」

「いや、スミのせいじゃない。それよりスミは大丈夫か? 体に異常はないか?」

 ペタペタとスミを触ると、顔を赤くこそすれ健康体だとわかる。

 プラーナの流れも乱れはない……正直、驚いている。


「な、なんスか~~!? スミは元気ッスよ? 正直あんだけ走った割に元気すぎてスミ、自分のポテンシャルにびっくりッス」

 いつの間にか一人称がスミになってるな。名前を気に入ってくれているようで何よりだが……本当に元気だな?


「実は謝らなきゃならないことがある。俺は襲撃者から逃れるために、しがみつきながらスミの身体能力を無理やり強化してたんだ」

強制誓約(ゲッシュ)ッスよね、わかってるッス。その割に元気なんで、ちょっと不思議ッス」

 ゲッシュ? 何故か知った風のスミだが、認識が噛み合ってない気がする。


「俺は異世界人だって言ったろ。スミの言うゲッシュって何のことかわからん」

「えっ、あれ? ご主人様、スミに命令したッスよね。『死ぬ気で俺を逃せ』って。デモンテイマーは自分のデモンを強制力ある言魂で従わせる力があるんス。それがデモンが死んだりするような命令でも、強い言魂であればあるほどデモンは限界を超えて実行する……それが強制誓約(ゲッシュ)ッス」


 そういう能力があるのか。調教師に完璧に訓練された犬は絶対助からない断崖絶壁にさえ、命令あれば躊躇なく飛び込むと聞く。

 それをデモンテイマーはもっと簡単に実行させることができるということなのか。

 俺は確かに死ぬ気で逃げろと頼んだが、確かにフルアクセルのバイクに乗っているかのような超高速だった。

 あの速度はゲッシュの効力『も』あってのことだったのかもしれない。


「スマン、そんな意味があるとは知らずに使っていたらしい。それも謝らないといけないな」

「イヤイヤ!? デモンなんて酷いと使い捨てされる時もあるんスから……少なくともオリジナルはそうしてたッス」


「スミのオリジナルもデモンのテイムができたのか?」

「この『還らずの樹海』にもより強いデモンを得る為に潜ったッス。でも深部でデモンに敗北し、自分のデモンを囮にして逃げて……大して強くもない猫型デモンに襲われて……ご覧の有様ッス」

 自嘲気味に笑うスミ。自分自身のことではないとはいえ記憶あるのだから辛いことに違いはないのだろう。

 しかしここは還らずの樹海というのか……帰れるのか?


「それで、ご主人様は結局何を謝ってたんス?」

「それなんだがな。こうやって、気……プラーナというものを送っていた」

 俺はスミの手を取り、僅かに気を送る。

 その感覚に覚えがあったのか、スミはあっと声を上げた。


「これ、背中からずっと感じてたッス! ポカポカして、ご主人様体温高すぎないじゃないかって、ちょっと不安だったッス」

 そんな心配もさせてたのか。俺は気を流すのを止めて再びスミに声をかける。


「これと同じことを元の世界で他人に行ったことがある。僅かな時間の超人体験を終えた後、全員が再起不能なほどに身体を壊した……そうなる可能性が高いと知った上で、俺はスミにそれを実行したんだ」

「でもスミは全然元気だし、あの襲撃者に潰されてたら再起不能どころか揃って死んでたッス。むしろこっちがお礼を言わせて欲しいッス」

 ぬあああ!! 俺にはもったいないくらい良い子だなスミは!!

 申し訳無さやら嬉しさやらで感極まって抱きしめたら、また顔を真っ赤にして跳ね除けられてしまった。

 軽く押されただけなのに大袈裟に倒れる俺マジ虚弱。


「うあ、すまねッス!! ご主人様、体調悪いの忘れてたッス!! か、顔色が蝋人形みたいッスけど!?」

「いや、体調悪いのにはしゃいだのは俺だし気にするな。気功を使うといつもこうなんだよ」

顔面蒼白ならまだ大丈夫だな。どす黒く染まってからがデンジャーゾーンだ。

心配させないよう、回復の気功を使っておこう。


「……ご主人様、もしかしてご主人様も、さっきの話の人たちと同じで……?」

「一生ベッドから出られなくなった彼らよりはマシかな。こう見えて昔はマッチョマンだったからかもな!」

 スミの手を借りて立ち上がった俺は、骨と皮しかない腕でダブルバイセップスのポーズを取ってみせると、スミが殺気を露わにこちらに駆けてきた。

 ヤバイ、何か選択肢間違った?


「ギニャアアアアア!!??」

 違った。

 スミはそのまま俺を素通りし、背後まで迫っていた何かをその鋭い爪で切り裂いていた。

 敵!?

 見るとそれは人間大の猫。完全に獣だが、多少スミと似た印象を受ける。

 完全に油断していた。回復の気功中は、通常の気功は使用不可。

 この体格である。軽くでも切り裂かれれば、即死は免れなかった。

 どうにも実戦不足による判断ミスが続く。実のところ、先ほどの襲撃者にも、この猫にも万全の体制で挑む方法はあったのだ。

 すなわち、回復の気功による回復速度を上げる技法。ただし、それをやるとヘタすると数日回復の気功が使えなくなる諸刃の刃でもある。

 それを嫌って通常速度での回復を行っていたのだが、その結果スミがいなければ二度は死んでいた。

 温存も過ぎれば死ぬだけ。スミに感謝しつつ、即座に体力を全快させた。


「ご主人様、大丈夫ッスか!?」

「ああ、怪我一つ無い。ありがとう……こいつは、スミの元になってる種族か……?」

「そうッス。ついでに言えばスミと一緒にご主人様を狙った奴の一匹ッスね。ずっと隠れて追いかけてたみたいッス」

 あの時いた奴はスミを倒して全部逃げたと思ったが、しつこい奴がいたのか。


「ふにゃ~よかったッス~。でもスミも何がなんだが……気配を消すのが上手いワイルドキャットが、どこにいるのか簡単にわかったッス。なんだか熱、スかね? それが感じられた、というか。ご主人様もなんだか……凄い熱が奥にある気がするッス」

 スミの感覚に、俺は覚えがあった。


「スミ、ちょっと胸を触るけどいいか?確認したいことがある」

「今まで了承無しで触れてきたじゃないッスか……毛で覆われてるから触り心地は微妙ッスよ?」

 そんなに触っただろうか?

 とにかく了承は得たのでスミの胸に手を置く。

 うん、小ぶりだけどいい形……って違うわ。

 目的はそこじゃない、内部だ。集中して、体の奥底を探る。

 こうして探ってみると人間と大差ない構造だ。何か心臓が2つあるようだが、デモンはそういうものなのだろうか。

 そんな感想の後すぐに、身体の真芯を通るようにある、目的の存在を感知する。

 チャクラ、すなわちプラーナの通り道が活性化していた。


「すごいな、スミ」

「そ、そんなに好みスか、スミの胸」

「そこじゃねぇ! これはこれで好きだけど! スミの体は、俺と同じ状態になってるんだ。いや、俺よりも優れてるかもしれない」

 気功を使うには、チャクラと呼ばれるプラーナの通り道を活性化させなければならない。


 俺は研究者たちに命じられ、俺のような人間を量産するために一般人……一応オリンピック級の肉体を持つ人達にプラーナを送り、チャクラを活性化させたことがある。

 結果、活性化したチャクラから溢れるプラーナで彼らは超人となった……直後、人のモノとは思えぬ奇声を上げ、廃人となった。

肉体は痩せ衰え、記憶も人格も失い、生きている屍となったのだ。


 原因は単純な話、気功を身につけることができなかったのだ。活性化し溢れ出るプラーナを制限なく放出してしまったため、身体が、精神が壊れた。

 彼らを見て、俺は自身の特異性を否応なく自覚させられた。むしろそのために犠牲にしたのではないかとも思っている。


 話を戻す。

 そんな彼らと違う事態がスミの身体の中で起きていた。

スミのチャクラを、活性化したプラーナが安定した形で巡っていた。それは気功を完全に使いこなしている証に他ならない。

 おそらく、俺がスミのチャクラにプラーナを送ったことがトリガーとなったのだろう。

 スミは無意識に気功を身につけ、ワイルドキャットのプラーナを察知し、迎撃したのだ。

 スミだけが特別なのか? それともデモンは全てそうなのか?


 無意識に体が震えてくる。


 ……俺は、自分の特殊な力を他人と分かち合いたかった。

 俺だけが異端なんじゃない、誰もが俺と同じになれると思っていた。

 だが、それは間違いで……気功を使える人間はおらず、俺すらも弱った身体が邪魔をする。

 だが、今見つけた気がする。かつての俺と同じ……いや、それ以上に恵まれた体を持つ、気功の真の担い手を。

 今だけはあのニーソンという神にも感謝したいくらいだ。

 俺の全てをスミに伝えよう。いや、可能ならスミ以外のデモンにも!


「ふにゃああ!? だ、だから! ご主人はボディランゲージが多すぎるッスゥゥ!!」

 俺はスミを抱きしめ、ただただこの出会いに感謝し続けた。


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