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1話

「神だけに反逆の意志とか読み取れるのかね、この状況は……」

 異世界召喚直後の魔物襲撃は基本ですよ、基本!!

 そう言わんがばかりの殺気漂う森からのスタートであった。

 まだ襲撃はないが、複数の何かから見られている。

 突然現れた存在が、安全に襲えるか見定めているのだ。


 殺気を飛ばすが、効果はない。むしろ「ガリガリの獲物のくせに生意気な」とでも思われていそうである。

 実際、枯れ枝のような俺が獣に襲われれば死は免れない。

 俺の唯一の取り柄である、とある力がなければだが。


「いきなり喰われて、たまるかよっ!!」

 背後から迫る殺気の塊を、身を翻してかわす。

 初めに深い毛から伸びる鋭い爪が見え、次に憤怒に彩られ目を剥いた猫耳の少女の顔が見えた。

 人かよと思いながらも、既に俺の行動は止められない。


 その綺麗な顔面に拳を叩き込むと、それは赤い花火となって爆ぜた。

 周囲の殺気が揺らぎ、木々を揺らす音と共に気配は消えていった。

 襲えば二の舞になると判断したのだろう。


「おぇっ、うっはぁ、はぁ……何とか乗り切ったか」

 一気に疲労が全身に回る。

 手を見ると、みるみるうちに肌から血の気が引いて白っぽくなっていく。多分顔も同じだろう。

 殺人を犯して恐怖のあまり……とかではなく、単純に疲労による症状だ。

 先ほど猫獣人の顔を吹き飛ばした一撃は、単純な筋力に頼ったものではない。

 俺だけが使える力である『気功』によって、所謂生命の力『(プラーナ)』を発現させて放った拳だ。



 俺は12歳より以前の記憶が酷く曖昧だ。

 強烈な苦しみの中目覚めた俺を、プラーナ研究者と名乗る集団が囲んでいた。

 彼らの言い分はこうだった。


 曰く、我々は人類の進歩のために『(プラーナ)』と呼ばれる力の研究をしている。


 曰く、俺は世界で唯一プラーナを扱う技法である『気功』を自在に使うことができる成功モデルである。


 曰く、限界を超えるプラーナ放出の実験が失敗。俺はなんとか一命は取り留めたが、記憶も失い身体機能にも異常を生じ、プラーナを自在に使える量も減ってしまった。


 曰く、それでも万人がプラーナを自在に使いこなせる未来のために、君には実験を手伝って欲しい。


 今思うと一方的な要求だったと思う。

 しかし、過去も、知人も、知恵も、勇気も、健康な体もない俺は、震えながら頷くだけだった。

 研究者たちの言葉は、少なくとも俺がプラーナを扱えると言うことに関しては真実だった。

 俺は実験失敗の反動とやらで、酷く心が弱く、酷く知恵が足りなく、恐ろしいほどに体が弱くなっていた。

 この時の俺は何もかもが恐ろしく見えていた……今では体内のプラーナが微弱で、ぐちゃぐちゃに乱れていた影響だと理解しているが、思い出す度に恥ずかしい。漏らしてたし。


 だが、呼吸と同じくらい自然と扱える気功を使う内に、俺の心と知恵はそこそこに強くなっていった。

 気功とは、自然に存在するプラーナと自身の体内にあるプラーナを自在に操る技法である。

 技法というが、それほど難しいことをしている自覚はない。それが他の人にはできないと言われても困る。


 プラーナについて、科学者は小難しいことを色々言っていたが、俺は要は万物が持っている生命エネルギーのようなモノだと思っている。

 気功でプラーナを体内で活性化させていく内に、俺は習った覚えもない知識を得て、型すら構えたことのない武術の基礎を会得していた。


 仏教の教えか何かに、宇宙から微生物に至るまで全ての命は繋がっているというものがあったと思う。

 俺の体内で活性化したプラーナが、この世とも知れないどこからか俺の魂に紐付いた知識や経験をプラーナ経由で補填しているだの、そればかりか前世での経験、知識さえもプラーナ経由で俺に与えてくれているだの、俺にプラーナ万能説論者みたいな科学者がクソ真面目に講釈していたことは、それに近いと感じた。

 事実、俺は気功の修練を積んだだけで知的かは怪しいが精神的には強くなった。武術の経験は前世とやらから拝借していると理屈ではなく感覚で理解できた。

 今では繊細な気功のコントロールこそ必要だが、まったく無関係の人間からもプラーナから多少の知識を得ることさえできる。


 正直万能論者が出るのも当然なくらい有能すぎて怖い。

 そんな万能な気功でも、虚弱になった体を作り変えてはくれない。

 岩を砕くほどのパワーも、気功によって強化された外付けのパワーなので、俺の肉体の基礎能力はそのままなのである。


 仮に俺の最大HP(ヒットポイント)を8としておこう。

 極めて弱い気功なら俺でも長時間維持できるが、車より早く走ったり、鉄を引き裂いたり……そういうことをするには8のHPをガリガリと削ってプラーナの燃料に変換する必要があるため、ほんの僅かしか保たない。


 そこを無理すると、プラーナは暴走し俺に地獄の苦しみを与えてくる。

 その先を俺は試したことはない……というか、それをすればたちまち死んでしまうだろう。

 しかし、以前の健康だった俺はその先の、遥か先まで越えてしまったのだろう。

 その結果が、記憶喪失や肉体の虚弱化などを引き起こしたのだと俺は思っている。


 気功には周囲のプラーナを取り込み使用する『回復の気功』と区分されるものがあり、これを使えば体力、怪我の回復も行える。

 だが、回復できるのはあくまで減ったHPであり、最大HPの8を越えて回復することはない。

 回復速度もそれほど速くはないので、通常の気功を使ってバテたら回復の気功で即復活、などということもできない。

 気功先生が万能でも、使う俺が足を引っ張っているのだ。


 昔の俺だという写真を見せて貰ったんだが、コラ画像みたいにマッチョな子供だった。

 童顔チビがボディビルダーみたいな筋肉つけるから成長期に背伸びねぇんだよ、鍛えすぎだろ過去の俺。

 こんな肉体だ、気功も存分に使えたことだろう。気功を知る俺は、それでよくこの世の支配とか考えなかったなと真剣に思う

 ……実はしようとして失敗した結果記憶失ったんじゃないかって?

 まぁ、仮に! 仮にそうだったとしても記憶にございませんので、俺は無実。関係ないと耳を塞ぎ言い逃れるぞ。


 そんな俺の研究は15歳の時に唐突に終わった。研究がまったく進まない上に最高責任者が亡くなったらしく、それがトドメになったらしい。

 俺は危険な存在故に処分……などはされずに、普通の高校に進学を許された。ガリガリだからお目こぼしされたんだろうか? 虚弱バンザイ。

 そして今に至る。


「しかし、こいつは結局なんだったんだ?」

 首から上を失った死体だが、身体を覆う体毛、爪と肉球がある手足、尻から生えた尾。

 それらがこの死体が普通の人間のそれではないと示していた。

 あの目には一切の正気は感じなかったが、知能あるこの世界の人間だった可能性も否定はできない。

 そんなことを思いながらも死体を眺めていると、おかしなことが起こった。


【このワーワイルドキャットはテイム可能です。テイムしますか? 選択可能時間残り48秒。】


「ちょっと待て……」

 首なし死体をテイム? 飼い慣らすってどういう意味だ?

 もしかして、もしかしなくてもこいつ……神の言っていたデモンって奴なのか!?

 死体を見るたびに謎のメッセージが表示されるが、全然『テイム可能です』には見えない。

 残り時間とやらが10秒を切る。現状どうしたって俺1人じゃキツイけど、首なし死体を仲間……ええい、男は度胸! やってみるしかない!


 テイムします!

 そう心で念じると、目を閉じても表示されたメッセージが俺の前から消える。


 変化はすぐに起きた。俺の身体から光の粒が飛び出し、ワーワイルドキャットなる死体に注がれた。

 俺の心配をよそに、完全に吹き飛んでいたはずの顔が逆再生のように吹き飛ばす前の綺麗な顔に戻っていく。

 その顔に付いた両の目は、先ほどと違う感情を宿していた。

 怯え、という。


「お願いしますッス、殺さねぇで欲しいッス……!!」

 いや、もう殺したから、とはとても言える状況ではない。

 どう返事をすべきか答えを失った俺とワーワイルドキャットの少女は、お互いしばらくお見合い状態になってしまうのだった。


「あー、その、テイムってわかるかな? 君は俺にテイムされたわけなんだけど」

「あ、テイム、わかるッス! 自分みたいなデモンを使役できる能力のことッス。異世界人なんかは必ず保有してるッス!」

 待て、情報通過ぎないかこいつ?

 再生する過程で中身入れ替わってないか?


「お前、本当に俺を殺しにかかってきたワーワイルドキャットと同一人物か? 急に知能高くなりすぎだろ」

「ん……質問に質問を重ねて申し訳ないッスけど、実は本当に異世界人だったりするッスか?」


「実はも何も、召喚ホヤホヤの異世界人だ」

「それなら知らなくて当然スね。デモンは今の自分みたいなテイムされた状態にならないと、本能でしか動けないんす。イキモノ、コロス、クウ、オカス。危なくなったらキケン、ニゲル……そんな考えだけッス」

 確かにこいつは俺を単なる獲物としてだけではなく、俺の存在自体が許せないと言わんがばかりに殺気をぶつけてきたな。


「本能は生き物なら当然だが、憎しみってのは何だ」

「デモンは神様に恨みを抱いているから、神の加護ある人間も憎んでいる、とか習ったッスけど、実際のところ不明ッス。自分自体、テイムされる前の記憶は漠然としててわからねぇんス」

「待て待て、習ったってどこでだ!?」

 ワーワイルドキャットは自分の言葉の矛盾に気がついたのだろう。アッと口を押さえ、俯いてしまった。


「そうだったッス……自分が習ったわけじゃ、無いんだったッス」

「どういうことだ?」

「自分の人格や知識、さっきまで獣そのものとして生きてたとは思えないッスよね? これは、その……自分のオリジナルが元になってるッス」

 何故だろう、嫌な予感がする。だがここまで言わせたんだし、最後まで言い切ってもらおうか。


「まず、デモンは大昔に人間以外の全ての動物を神に追放された悪魔が乗っ取り誕生したと言われてるッス。単為生殖で同型のデモンを増やすんすけど、人の女性は何故か苗床にするんス。その際に産まれるのが、自分みたいな母体の特徴を持ったデモンッス。デモンとも人とも子を成せないんで、1代限りの存在ッスね」

 それで、と一度彼女は区切り、震える声で続ける。


「基本苗床になった母体は死ぬんス……でも、なんか生まれたデモンは知識とか人格、受け継いじゃってるんス。ニャハハ……テイムされなきゃ発現さえしないんスけどね……」

 やっぱりそういう胸くそ悪い話になるわけだ。

 彼女としては、その女性は前世の自分と言っても過言では無い。自分を殺して自分が生まれた。この口調も何もかもオリジナルから奪ったもの。

 それを自覚してしまったために暗い表情を浮かべているのだろう。


「辛い説明をさせて、悪かった」

「そ、そんなことないッス。自分も口に出してようやく自覚できたッス。でも、こんなデモンキモいっすよね? 一般常識でも普通のデモン以上に不浄とか言われてるッスし……」

「いや、むしろ助かる。意思疎通簡単だし、可愛いし」

 しばらくキョトンとしていたワーワイルドキャットだったが、真っ赤になって更に俯いてしまった。


「こ、この顔もオリジナルそのままなんで、そんな褒め言葉じゃ、自分はそんなに嬉しくないッス!!」

「いやいや、猫要素が付随して更に際立ってる! オリジナルだって可愛いと言われたらきっと安らかに成仏してくれるぞ!」

「そんなチョロいオリジナルじゃなかった気が……ま、まぁそういうことなら? べ、別に受け入れても良いッスけど……」

 そうそう、笑顔でいたほうが可愛いし似合ってる。


 ……その綺麗な顔を俺が木っ端微塵にしたんだけどな!!


 とりあえず忘れてくれてるようで助かった。

 褒めて暗い過去(俺氏による撲殺含む)を忘れてもらって、俺の力になってもらおう。


「改めてこれからよろしく。俺は内野……あれ、この世界姓名どっちが先だ? 異世界テンプレで言えばアト・ナイヤ?」

「テンプレが何のことかわからないッスが、家名が後ろッスね」

「じゃあアト・ナイヤでいいのか。君は……ワーワイルドキャット、は種族名だよな、名前は?」

「オリジナルの名前はあるッスけど、自分は自分の名前が欲しいッス。ご主人様、名付けてくださいッス!」

 ああああ、とか命名したら怒るよな。ここはフィーリングを信じよう。


「俺がか……そうッスね……ス……猫……スネ、違うな……みゃー……スミなんてどうッス?」

「スミッスか!いや、スミ、ッスね……うわぁ、言い難いッス!!わざとッスね!!」

 ははは、まさかそんな。

 いやぁ、正直どうなるかと思ったが無事にデモンテイムに成功して良かった。

 終わりよければ全て良し。そう、終わりよければ。


「ではスミ、最初の命令だ。俺の前で背中を向いてしゃがめ」

「はいッス。でも、なんスかこの体勢?」

 疑問に思いながらも命令通り行動するスミ。その背中に俺はおぶさった。


「ちょ、なんスか!? いきなり破廉恥な……?」

 慌てるスミの言葉尻が弱くなる。背中越しに俺の早鐘のような鼓動を感じたのだろう。

「俺はスミを倒した時の反動で、まだまともに動けない……が、今、何かが俺たちを、見てる」

 そう。

 先ほどのスミとその他のデモンらしき殺気。

 それとは比べ物にならない殺気が、徐々に近づいていたのだ。

 回復の気功はキャンセル。襲撃者を倒せる状態まで回復しきるまで間に合わない。

 ここは、スミを使って逃げるしかない。


「スミ、いきなりで悪い……死ぬ気で、俺を逃がしてくれ」

「……スミ、任されたッス!!」

 スミが大地を蹴り、駆ける。

 次の瞬間、俺達のいた場所が地面ごと抉れて消えた。

「!?」

 どんなバケモノがこれを、なんて考える必要はない、見る必要もない。

 ただ、俺はスミの負担にならないようしがみつくだけだ!


「行けぇぇぇぇ!!!」

「逃げるッスゥゥゥゥ!!!!」

 脱兎の如く逃げ出す俺たち。

 その背後から聞こえる破砕音は、しばらく止まず……しかし、徐々に遠ざかっていくのだった。


 数分後。


 恐ろしい速さで去っていく2人の影を、襲撃者は見送る他なかった。

「異世界人め、召喚されたばかりと思ったが、もうデモンを自在に操るか。それも『混じり』を……やはり異世界人は我らとは違う、デモンと変わらぬ畜生よ」

 破壊された大地に立つ老人は、憎しみを込めて吐き捨てた。

「逃したは惜しいが、今は大任を果たすが先決」

 興味を失ったとばかりに老人は踵を返し歩いていく。


 誰もいなくなった破壊された森。しかし周囲の木々がジワリ、ジワリと破壊の跡を埋め尽くしていく。

 数刻後、そこには以前と変わらぬ木々が生い茂る光景が戻っていた。

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