10話
「思った以上に変わらないわね」
帰宅した俺にパンドラは開口一番容赦ない一言を浴びせてきた。
「いやいや、全然違うぞ。もう少し強い気功もちょっとは使えそうだ」
「言うと思ったわ。スミ、さっさと強くなった方がいいわよ?」
「頑張るッス!」
何故そこでスミの強さに話が移るのかわからないが、強くなるための修行がお望みらしい。
そういうことならレッスン2と行こうか。
「じゃあ気功の修行をするか」
「あの急激なパワーアップね!」
「それはこの次。今回は回復の気功についてだ」
俺はみんなを庭に出るよう促す。庭に出た俺は地面へと座り込んだ。
「回復の気功は言葉通り体力や傷を回復させる。やり方は簡単、八極開放を逆から行う。なっ、簡単だろ」
「どの辺がよ!」
「いつもスイッチを入れていく感覚を逆から行うんだ。八極から七極へ、七極から六極とな。いつも一極へスイッチを入れる時の始点……零と呼べる箇所があるのを意識すれば簡単だと思うんだが……」
しかし3人ともプラーナは体内で迷走するのみ。
ふむ、こうなったらパワーアップしたスーパーアト様のお披露目を兼ねて、第2プランに移行しよう。
「よしお前たち、屋敷の周りを全力で走るぞ! 気功は使うなよ!!」
「はぁ、何言って……」
「つべこべ言わず、俺についてこい!!」
そして有無を言わせず走り出す俺。
そして有無も言わずに倒れこむ俺!
「馬鹿な……俺はHP9.6のスーパーアト様になったはず……」
「走るッスから!! ご主人様はそこで休んでるッス!!」
俺の醜態にとりあえず走ってくれたから、結果オーライと思っておこう。
足の速さはスミ、サンディ、パンドラの順で大きく差がついていく。というか足があるのがそもそもスミだけだ。
パンドラとか跳ねてるだけだが、それだけでも凄い労力なのだろう。
走り出して5分、15分、30……あー地面って冷たくて気持ちいいなー………………………そうだ、言うの忘れてた。
「疲れたら戻ってきていいからなー」
「もっと早く言って~!」
既にサンディ以外返事も返せないくらい死に体だった。ごめんよ。
「さて、疲れきってもらったところで、もう一度回復の気功に挑戦始め!!」
「な、何よこのスパルタは……こんな疲れてたら余計……あ、あら?」
プラーナは3人の中で順調に回り出していた。回復の気功初成功である。
「回復したい。そう心も身体も思っているんだから、自然とプラーナの方向性もそっちに定まる。俺なんかは万年身体が訴えかけてくるけどな」
「おおー……ゆっくりッスけど確実に楽になってきたッス。」
「よし、じゃあ回復したらまた全力疾走してきてもらおうかな。疲れてきたらまた回復の気功を使っていいぞ」
活力みなぎる3人は再び走り出す。
俺は屋敷に戻って夕飯の準備である。
俺は俺とて、気功を駆使して料理に挑む。フライパンの重さに俺は負けんよ!!
なんとか体力ギリギリで料理を完成させた俺は、ふらつく足取りで庭に戻る。
「か、回復しない……ど、どうしてぇ……」
「景色が回って見える~~」
「ス……ッスぅ」
そこには最初以上に精魂尽き果てた3人の姿が!
もちろん予想通りである。
「回復の気功は使えば使うほど、特に短時間で連続して使えば効果は激減していく。最終的にはまったく回復しなくなり、再使用には長時間のインターバルを必要とする……まぁその辺は使用していけば感覚で覚えられるよ」
永続回復できるなら俺も虚弱に困らんからね。
3人とも、その事実に気がついたらしくアッと声を上げ、更にグタっとしてしまった。
「風呂に入って、汗を流したら食事にしよう」
その後、作った料理は全部平らげられ備蓄の食材まで喰われてしまった。
調理してない肉も全然普通に食う辺り、デモンなんだなぁと思う。
「あっ、でも美味いのが食べたいんで、簡単な調理は今後もお願いするッス!!」
肉は彼女らに任せよう。俺は野菜を食べられれば満足である。
それから数日、回復の気功……快気功の修練は進む。
それまで名前もつけていなかった俺の怠慢ぶりが露呈しつつも、俺は日々着実に3人の気功練度は上がっていくのを感じていた。
「ふぅ……そういえば、どうして走る時に気功使っちゃ駄目なのよ?」
「体力向上のトレーニングも兼ねてるからな。気功を使って動くのは、全身をプラーナでアシストしている状態になる。それだと楽だが体力も筋力も当然落ちてしまう。俺も1日に決まった時間、気功の補助なしで生活してる」
「え、ちょっと今聞き捨てならない内容が……あ、あんた気功無しだとまともに生活もできないの!?」
む……しまった、余計なことまで喋ってしまった。
「いやいや、そんなことはないぞ! 気功なんかなくても日常生活ぐらいこなしてアフン!」
小石が腹にぶつかって吐血してしまった。快気功しなきゃ。
「うえぇぇアトが死んじゃう!!?」
「うわーん!! マスターごめんなさいー!!」
「大丈夫! 気功先生は万能だから!!」
走っているサンディが弾いた小石がぶつかったのか。これで死んだら変なトラウマ残してしまうわ。
「ご主人様、治しながら聞いてほしいんスけど……ご主人様が死んでしまうと、スミたち数日で元の理性のないデモンに戻っちゃうんス」
「え、そうなの?」
「そうッスよ。テイマーを失ったデモンは、素質がある人がいれば簡単に再テイムして貰えるッスけど……スミたちは嫌われ者の混じりッスから、多分理性がなくなる前に殺処分されちゃうッス」
真面目な顔をして言うスミ。パンドラも知っていたのかウンウン頷いている。
サンディだけは「ええ~」と驚いている。
しかし、そうか……テイマーが死んだらそういうことが発生するのか。
俺はスミたちを忌避する感情など微塵もないが、混じりと呼ばれるデモンは人間の女性を苗床に産まれるデモン。
それに悪感情を抱く人が多いのは間違いないのだろう。
今、何かの間違いで俺が死ねばスミたちは再テイムなどして貰えず、また正気を失い人々を襲うか、その前に殺されてしまうのか。
「だから、ご主人様にはスミたちのためにも自分を大事にして欲しいッス。前にも言ったッスが、魔核さえ確保してくれるならスミたち、厳密には死なないッス。ご主人様の命は、スミたち3人が死んでもお釣りがくるくらい重いということは、理解して欲しいッス」
言っていることはわかる。
最悪死んでも蘇生できる可能性があるスミたちと、一度死ねば終わりの俺。
スミたちを盾にしようが特攻させようが、俺は死んではならないのだ。
「それでも、スミたちを道具のように使うのは嫌だ。誰かが危なかったら死なない程度に助けに行きたい」
「もちろん、そんな扱いスミたちも御免ッス。だから、スミたちが危なくならないくらい強くなれるよう、指導を引き続きお願いするッスよ」
ニコリと笑うスミの差し出された手を、握る。
快気功ですっかりダメージは抜けていた。次は事故らないように気をつけなければ……
「じゃあ、みんな走り込み再開。俺はちょっと休んでるよ」
ううむ、考えてしまうなぁ。
よくよく思い返すと俺が前に出過ぎで、それをいつもスミに止められてた気がする。
共に戦う仲間、という認識ではテイマーとしては駄目なのか?
いや、そうじゃなくて役割として俺が間違ってるんだろう。
仲間に指示したり、戦闘後のケアをしたりするのがきっとテイマーなのだ。
つまりマネージャー……違うな。そう、トレーナー……今のように指導することが本来のあり方なのだろう。
そして鍛えた仲間を信じて送り出し、ドッシリ構える。
それが出来ないってことは、仲間を信じてないのと同じことになる。
「難しいなぁ」
とりあえず俺に今できることは、みんなの修行を見守ること。
そしてクタクタのみんなの昼食を準備することぐらいである。
それから更に数日。
そろそろ仕事も頑張るべきだろう。
俺のような低ランクの冒険者やテイマーは、30日依頼をまったく受けないと、ギルドから警告が来るらしい。
怪我などの理由なくそれを無視して更に30日経過すると、警告なしでギルドカードを停止させられる。
同時に滞在許可も消滅し、ついでにカード内の金も使えなくなる。
それ以外に、まだまだ余裕はあるが結構食費がヤバいこともわかってきたのだ。
肉が多い食卓故に、1日の食費は300マールを越える。30日で9000マールオーバー。元の家賃の3ヶ月分だ。
ローンも返さないといけないし、稼がねばならないのだ。
そんな考えができるようになったのも、回気功の修行が一段落ついたからである。
3人とも、疲労時ではなくとも回気功のための逆八極開放が自由にできるようになった。
速度も練度もまだまだだが、それは反復と実戦の中で磨くしかない。
ギルドの依頼によっては、その経験がお金と一挙に手に入る。所謂討伐依頼である。
ギルドに着くと、今回も当然のようにヒジリさんが受付に立っていた。
「討伐依頼は、ネオバベル周辺に居着いたデモンを間引くのが目的です。警備の目を盗んで進入する命知らずもおりますので」
「あのパンダがあっさりと始末しそうな気もしますけど」
「アトラスパンダ他、四魔と呼ばれるデモンは小物など見向きもしません。彼らはアレに恐れを抱かぬ真の強者と、実力差を理解せず正面から戦いを挑む愚者だけを相手にするのです」
流石に俺もアレ相手に正面から突っ込む勇気はない。アレは大きいだけじゃなく、本当に強い。
並の気功では紙くずのように打ち砕かれるのは目に見えている。
だがそんなことより、気になっていることがある。
「アトラスパンダみたいな巨体のデモン、食費をどうやって賄っているのかご存じないですか?」
「アトラスパンダは伸びてきた樹海を食べていますね。たまに豚や牛のデモンを丸呑みにしていますが……そもそも、純粋なデモンはあまり食事を必要としません」
なん、だと……?
驚く俺に、ヒジリさんは説明を被せる。
「四魔ほどではありませんが、巨大なデモンは少なくありません。それが餓死せず、しかし他のデモンを絶滅するほど食らう必要もなく生きている……魔核という存在が、それを可能にしていると言われています」
気功万能説に魔核が対抗してきたぞ。
魔石や力石の材料でもあるし、デモンの命の源は伊達じゃないな。
「でもスミたちは普通に食べるんですけど?」
「混じりはその名の通り人としての部分があります。食事を少なくしても生存こそできますが、衰弱し力は衰え、理性は失われていくでしょう。ナイヤ様がそれを望まぬ限り、食事は絶対に必要です」
食費浮かせられるかなとか思った俺が馬鹿でした。
山ほど食わせてやろう、金は稼げばいいのだ。
「パンドラ、本体が箱からはみ出ても食わせてやるからな」
「乙女の敵かっ! 太らないわよ、多分……いや、絶対!!」
憤るパンドラをなだめ、本題に入る。
「討伐依頼は、今何か出てますか?」
「最近はネオバベル周辺は落ち着いています。収集系の依頼などどうでしょう?」
「例えばデモンの肉や魔核か……肉はこっちが使いたいから、魔核系がいいかな」
オーク1匹でも、バラせばかなりの食材になるからな。
魔核はよほどレアなデモンの魔核以外はガンガ爺さんに持っていくわけでもないから売っても問題ない。
そんなことを考えていると、背後から視線を感じた。
「なぁ兄ちゃん、依頼より俺達と勝負しねぇか?」
振り返ると、そこには数名の男女がにやつきながら立っていた。
年齢も性別もバラバラながら、唯一共通するのは全員がデモンを連れているということ。デモンテイマーだ。
「勝負というと、デモンによる?」
「当たり前だろ? アンタと殴り合いなんかしたらうっかり殺しちまう」
クスクスと広がる笑い。ああスミ、フー! とか猫みたいな威嚇はやめよう。猫だけど。
「ヒジリさん」
「はい。デモンテイマー同士の勝負の受付もお任せください。試合形式はどうなさいますか? 勝ち抜き戦、総当り戦、バトルロイヤル……双方の同意があればどのような形式でも問題ありません」
「俺は不慣れな新人ですから、形式は先輩方にお任せしますよ」
俺の言葉にテイマーたちはニヤリと笑う。代表なのか、男が1人前に出る。
「新人にややこしい試合形式を申し込む気はねぇよ。俺たちそれぞれと総当り戦でどうだ?」
「そうですね。俺は彼女たちしかデモンがいませんので3VS3の総当り戦ならお受けします」
「決まりだ。逃げるんじゃねぇぜ?」
よろしい。先達の力を見せてもらおうじゃないか。
「どっかーん!!」
「お、俺のストーンゴーレムがぁ!?」
サンディの体当たりで、彼女と同サイズのゴーレムが砕け散った。
残ったのは魔石のみだ。これは残してやるように指示している。
これで5度目の三タテである。
さて、6人目の対戦相手はと見てみると、全員逃げ出していた。
「改めて気功のデタラメっぷりに驚愕ッス」
3人怪我一つ無い完勝。体力気力共にまだまだ余力十分だ。
いやぁ、稼げた稼げた。5戦で得た賞金は25万マール。Fランクテイマーが設定できる掛け金上限の5万マール、それに対戦相手が同意してくれた結果である。
「と、とんでもない新星が現れたぜ……」
「混じりがあれほど強いとか……どれだけ力石を食わせたんだ?」
野試合用の会場にいた少ない観客が誰しも驚愕の声を上げている。
勝ちすぎたかな。でも無駄に3人に怪我をさせるつもりはなかったので仕方ない。
まぁ混じりと馬鹿にする手合いはいくらでもいるだろう。その時はまた稼がせてもらおう。
ギルドに戻ると、ヒジリさんにカードの提示を求められた。
「Eランクへの昇格条件を満たしました。おめでとうございます」
試合での勝利10回以上が昇格条件だったらしい。相手テイマーごとではなく個別での勝利数が条件なのか。
「Dランクからは野試合の勝利数の他、公式大会での優勝回数が条件に加わります。ぜひ振るってご参加ください」
低ランクの大会は相応に賞金も安いようだ。しかしEランクになったことで野試合の掛け金は最大10万にまで上がっている。
Dランクは30万と一気に上がるし、出場できる大会の賞金もかなり高くなるようだ。
修行の合間に参加させて、ランクを上げていこう。




