9話
翌朝、俺たちは早々と屋敷からギルドへと出発した。
もちろん、昨夜の報告のためにである。
ネオバベルの中心街は朝からごった返していた。
ギルドに入った俺達は、とりあえず事情を知っているヒジリさんを探す……と背後から声をかけられ、皆で悲鳴を上げてしまった。
「申し訳ありません。少々お遊びが過ぎました」
「だ、大丈夫です。お気になさらず」
「気配も、臭いも、プラーナもさっぱり感じなかったッス……!!」
「何者なのよ、この受付嬢」
サンディが静かだと思ったら気を失っていた。南無。
ともかくとヒジリさんに事情を話そうとしたところ、ヒジリさんはそれを制した。
「公衆の面前で話す内容ではなさそうですね。応接室へどうぞ。大丈夫、サンディ様もお入りになれますよ」
ほぼ言われるがままに、俺達はギルド奥の応接室に連れていかれた。
応接室に入った俺は、ヒジリさんに屋敷での顛末を話した。
「隠し部屋に潜んでいたデモンマキナと機械人間……なるほど、確かにこれまでの被害者が抵抗なく殺されたのも、その隠密性による暗殺だった可能性が高いですね」
「隠し部屋などの捜索はこれまでなされなかったのでしょうか?」
「あの屋敷は殺されたAランクテイマーアジョウ氏の私財で建てられたものでした。建築関係者、不動産担当の全面協力で建物内調査が行われていますが……その結果は異常ナシ。おそらく、調査員そのものが隠匿に加担したのでしょう」
会社ぐるみか、担当者だけがそうなのかはわからないが、テロリストの協力者がいたようである。
「彼らにはもう一度確認を取る必要があるようです。急ぎネオバベルセキュリティに彼らの聴取を依頼しておきます」
「そうなるとトーマスさんも怪しいか……」
一般人にしか見えなかったけど、担当者だしな。あの態度すべてが演技だとすると背筋がヒヤリとする。
「屋敷にも調査団を派遣致します。今すぐ集めますので少々お待ちを。死体が地下にあってはゆっくり休めないでしょう」
それから本当に瞬く間に十数人規模の調査団が結成されてしまった。
「すみません、お忙しい中無理を言ってしまって」
「いえ!! ヒジリさんの御用命でしたら例え親の死に目でもお手伝いいたします!!」
凄まじいカリスマである。その様子を見ていたパンドラが、俺の耳元で囁くように聞いた。
「あのヒジリって人、ギルド内でも結構な地位にいるのかしら……アンタ、あの人の受付に迷わず並んだわよね。偶然?」
「いや、一番強い人を視て選んだ」
完全に抑え込んでいるから、まだパンドラどころかサンディにもわからないだろう。
ヒジリさんは相当に強い。もしかすると俺よりも。
取って返して帰宅し、現場を案内する。
「こいつは、指名手配の暗殺者イクセン!? 7年前死亡が確認されていたはずだが……機械化して生き延びていたか!?」
「隠し部屋の奥に行方不明者の遺品が残っていました。やはりこいつらの仕業で間違いないですね」
調査団による調査は凄まじい勢いで進む。
クモの残骸からもわかることがあるとかで、全部回収されていった。
「現地調査終了です。本日中に清掃も終えるとのことですので、すぐにこの部屋も使えるようになりますよ」
クモが色々モグモグした部屋か……ゴミ置場にでもするかな。
「それと、ネオバベルセキュリティが建設会社に向かい、当時この屋敷の設計建築に携わった人物への取り調べを行おうとしたそうですが……全員自決したそうです」
「自決、ですか」
「毒を体内に仕込んでいました。その手法や毒の種類から神意の代行者の一員であることは間違いないとのことです。社長以下全社員を洗い出し中で、過去の建築物の調査も行うそうです」
確かに我が家(賃貸)のようなテロリストの仕掛けが隠されているかもしれないから当然か。
結構な大事に発展してるんだな。
「それと、不動産会社に確認をとったところトーマス氏が失踪したとのこと。彼も神意の代行者であった可能性が高く、今後ナイヤ様への報復に現れる可能性もあります。十分ご注意ください」
「マジか……一見普通のおっさんだったのに」
「神意の代行者は古い歴史を持つだけあって、厄介な組織です。自らテロリストを公言する輩だけなら楽に摘発できるのですが、動くその時まで一般人を装う者たちは非常に多い。自己を偽ることも神のためならば苦にもならないのでしょう」
怖い話である。あの機械人のように異世界人への忌避感を露わにしてくれたほうが、実はマシなのかもしれない。
「それと不動産会社の社長が、お詫びをしたいのでぜひ社までご足労頂きたいとのことです」
「マジッスか、やったッスよスミ」
「やったッスねご主人様!! そしてすぐにその口調を止めるッス!!」
この口調ってスミのアイデンティティーなんだなぁ。必死である。
しかしお詫びか。貰えるのは謝罪と粗品か、もっと大きいお詫びか。所持金1000マールな現状、なんでも貰えるものは貰っておきたい。
すると、そんな考えを吹き飛ばす内容がヒジリさんから飛び出した。
「それではナイヤ様。依頼達成報酬50万マール。そしてファントムスパイダーマキナの魔核16個及び残骸の査定価格2万マール。計52万マール、お納めください」
残金1000マールが一気に520倍である。まだこの世界も通過の価値わかってないんだけど、大金だよな?
「冒険者ランクFのナイヤ様は、Aランククエストである当依頼を正規に受領する資格がなかったため、依頼達成による冒険者ランクの変動はございません。どうかご了承ください」
「ああ、はい。お金さえ貰えれば大丈夫です」
今回もカードに振込をお願いした。ヒジリさんが携帯端末の操作を終えると残高が増えていた。
その後、ヒジリさんたちと入れ替わりで清掃業者の人たちがやってきた。
「この屋敷の清掃で仲間が何人も命を落としてなぁ……仇をとってくれてありがとうよ!!」
そういえば清掃員が消えたとかトーマスさんも言ってたな、一味のくせに平然と。
清掃業者の人たちが掃除をしている間に、不動産会社に向かうことにした。それほど遠くもないし、スミと買い物がてら行ってくるとしよう。
業者の人だけにしてはおけないので、パンドラとサンディは留守番である。
不動産屋では強気に、誠意は屋敷1つポンと渡してほしいと言ってみた。
返答は土下座である。
「ナイヤ様があの屋敷をご所望でしたら、土地代込みで600、いや500万マールで売らせていただきます。それ以上の譲歩はできません」
不動産屋の社長は謝罪の土下座の姿勢のままそう言った。
強面のおじさんが土下座でジリジリ迫ってくるのは、逆に脅しだと思う。
「なぁ、スミ。1マールって何円?」
「あくまで聞いた話しッスし、物の価値が違うんで一概には言えないッスけど、10円前後と思えばいいッス」
確か元値は6000万マール。6億を5000万で売ると仰るのか社長さん。
正直あの屋敷、日本なら更に10倍以上しそうだけどなぁ。
「それが最大限の譲歩というわけですか?」
「正直に言えば、事件が解決した以上地価は戻ります。原因が不明なのが問題だっただけで、人死にそのものはネオバベルでは日常ですからね。これはトーマスという獅子身中の虫を抱えていたことに気付かなかった我々の精一杯のお詫びでございます」
「手持ちが足りませんので、ローン組んでいいのなら買います」
「商談成立、ですな」
金利激安10年ローンで契約書にサイン。そして土地と屋敷の権利書をゲット。我が家(持ち家)を手に入れたぞ!!
後、支払い済みの家賃6000マールは500万マールから差し引いてくれることになった。
途中からの一括返済も可だそうなので、早めに返せるように頑張ろう。
会社を後にした俺たちは、食材を買い込む。樹海で集めたデモン肉も今日の朝食で切れたからな。
そして、そろそろ野菜たくさん摂らなきゃ俺の栄養バランスがヤバい。なんとなく地球産と似た野菜も多いので、色々買い込んだ。
後は帰路に着くだけと思ったが、何やら言いたそうだったスミが俺にお願いをしてきた。
「ご主人様、寄ってほしいお店があるんスけど」
「構わないけど、何の店だ?」
「着いてからのお楽しみッス」
なんだかデートみたいでドキドキするな。
しかし俺の気持ちと裏腹に、スミに案内されて歩くほどに寂れた雰囲気の景色ばかり広がっていく。
俺は一体どこに連れて行かれるんだ……?
「爺さん、まだ生きてるッスかー?」
そんな物騒な発言をしながらスミが入っていったのは、何かの工房のようだった。
「……20年も死んでた奴が何抜かしてやがる」
中には座った老人が1人。深いシワが刻まれた彼は、まるでスミを知っているように対応していた。
「スミ、こちらの方は?」
「力石職人のガンガ爺さんッス。スミのオリジナルがよく利用してたッス」
「力石ってのは聞いたことがないよな?」
やはり初耳だったため、スミが説明してくれた。
「魔石と並ぶ需要がある、魔核の加工品ッス。爺さん、耐久向上の力石で一番良いのを頼むッス」
「耐久大力石4等級、15万」
「特大ないんスか。腕落ちたんじゃないッスか?」
スミ、なんだか煽るねぇ。
「20年ほど前に一番のお得意様が性根を腐らせた挙句くたばった。それきり良い素材も入り難くなってなぁ」
そして撃沈。猫も鳴かずば撃たれまいに。
「Bランクに昇格できないのは糞爺の屑力石のせいだのなんだのほざいたのが最期だったか。強力なデモン狩りに行ったきりなんだが、おいそこの混じり。その馬鹿女について何か知らねぇか?」
「ス、スミ、ただのデモンッスから、そんな身の程知らず知らねッス。勘弁して欲しいッス!」
もうスミのライフはゼロだな。完全に自業自得だが。
不思議な色をした石を片手にガンガ爺さんは言う。
「……ま、死んで馬鹿も治ったみてぇだし、勘弁してやらぁ。ほれ飼い主、買うならカード出しな」
「スミ、買って損は無いものなんだな?」
「間違いないッス」
カードを取り出し決済する。
受け取った力石なる物は、予想外に弾力のある拳に収まるサイズの物体だった。
「さっ、丸呑みするッスよ」
「なんだ、飼い主に呑ませるのか」
えっ、これ食べ物なの?
マジかよとスミを見ても、期待に目を輝かせるばかり。
まさか毒を食わせるとは思わないけど……やるしかないのか。
絶妙に喉に詰まりそうな大きさの力石は、驚くほどツルンと喉を通った。
溶けていく。喉から胃に届く前に、力石は固体から液体に、液体から気体に変化し、身体の芯に消えてしまったことが感覚として伝わってくる。
そして、変調は突然やってきた。
「お、お……おおっ! ち、力が、力が沸き上がってくる!!」
気功で高めた時とは違う、基礎の段階から身体が丈夫になったと理解できた。
どれだけ鍛えようとしても変化がない、死んだような身体に活力が漲っている!!
「大して変化がねぇな」
しかし俺の歓喜と反比例し、爺さんは冷ややかな言葉を投げかけてきた。
「いやいや、凄いですよ。HP8が10ほどまで増えた感じがしますよ」
「見りゃわかるが、自分で言ってて悲しくねぇのか?」
うるせぇやい。固定HPが微量でも増えた嬉しさはわかるまい。
「スミ、なんだか知らんがありがとうよ!!」
「うにゃー!? やめるッス、抱きしめるなッス! こんな場面をガンガ爺が見たら興奮して死んでしまうッス」
「生娘かよ」
あ、爺さんの言葉でスミが真っ赤に茹だった。
「オメー、デモンに孕まされて生まれたんだろーが。今更カマトトぶってもおせーぞ」
「う、うっせーッス!! 枯れ果てた爺さんが何言ってるッス!!」
「バッカおめー未だに現役だ。夜は毎晩繰り出して何人も鳴かして……」
そんなシモな話が終わるのを俺は静かに待つ。
俺は記憶を失う前に経験とかして……ないだろうなぁ。
「そろそろ力石について教えてくれるか?」
「も、申し訳ないッス! 力石は、人間やデモンの基礎能力を向上させてくれるパワーアップアイテムッス。さっきご主人様に飲み込んでもらったのは耐久力石……身体の耐久力を底上げする力石ッス」
そんな某種やきのみ系アイテムが存在したのか。
つまり、今のを食い続ければ俺も元のマッチョに戻れる!?
そんな希望を、ガンガ爺さんは容易く打ち砕く。
「人間は力石1つで上がる割合は高いが、複数取り込めん。もう1個食えば、さっきの力石は糞尿と一緒に溶け出ちまう。デモンは1つで上がる割合こそ低いが、ほぼ無限に取り込める。デモンテイマーの需要がなくならんのも、それが原因だな」
残念だな……だが、確かにそれなら人間がデモンを従える理由としてはわかる。
簡単な話、人間の強さには限界があり、デモンの強さには限界がないということになる。
図式上、それを操るデモンテイマーこそ最強と思われているのだろう。
「ちなみに、どれだけ上昇値が違うんですか?」
「力石には、小、中、大、特大、極大、絶大の6品質と、10から1までの10等級がある。今食わせたのは耐久大力石4等級だから、中品質の中等級……並の並だ。人間なら2割ほど、デモンなら体感できるか微妙な程度耐久が上がる」
並で15万マールか。屋敷の正規金額6000万マールで400個買える計算だが、それを他の能力やら他のデモンにやら食わせるとなるといくらあっても足りないな。
「どの能力が上がる力石になるかは材料の魔核次第。どれだけの品質になるか、どれだけの等級になるかは材料と、それ以上に職人の腕次第だ」
「でもガンガ爺さん、本当に腕鈍ってねぇッスか? 当時は特大3等級なんかも作ってたッスよね?」
「今年で149だぞ俺ぁ! 力石作ってる最中に死にてぇから作ってるだけなんだよ、早くお迎えこいや!!」
ご長寿過ぎるだろう。この世界の住人の寿命は知らないが、爺さんの言葉を聞く限りでは地球と変わらなそうだから、単に爺さんが長生きなのか。
「良い力石欲しいなら素材を持ってきな。質の良い魔核見たらやる気出してやる」
そう言うと工房の奥に引っ込み、それっきり戻ってこなかった。
用事も済んだみたいだし帰ろうか。
「ありがとうな、スミ」
「どう致しましてッス。お金はご主人様払ってるんスけどね」
「まぁな……しかし、デモンを強くするには金がかかるんだな」
あれをポイポイ食わせるとかブルジョワしか無理だろ。
「デモンを仕留めても魔核からエネルギーを奪ってるとかで、強くなると言われてるッス。力石とは比べ物にならないッスけどね」
経験値みたいな感じかな。ゲーム要素はテイムの時に出る文字だけだと思ったが……力石もゲームっぽいな。
「ちょっと話は変わるが、テイムした時のメッセージって誰が出してるんだ?」
「メッセージ……? テイムできるかどうかの表現はテイマー本人が分かりやすい形で表れるんで、人によって違うッスけど、ご主人様はそういうのなんスか?」
それは俺がゲーム脳だったというオチなのか……?
余計な真実を知りつつ、俺たちは自宅へと戻るのだった。




