あいらぶどぅ、ゆー
またまた短編小説です。恋愛、しかも青春ものは苦手なのに書きたくなるので困り者です。ぜひご一読ください!
「I loved you」
弁当も食べ終えた、午後イチの授業は終わり。1時から2時すぎは、誰でも眠くなるものなのだと生物の先生が、周りから変だと噂されている髪の毛をかき上げながら言っていた。現に今はちょうどその時間。眠気と戦う55分だった。
「なぁに、それ」
「お前寝てやがったなぁ、さっきの授業で言ってたさ、あれだよ、あの…」
「例文?」
さっきの授業は英語表現、つまり英表だ。珍しく寝ないで起きていたものだから、次の数学は夢の中だろう。
「そんなんいちいち覚えてないっつうの。逆になんで覚えてるわけ」
「んー、修也くんもたまには考えるわけよ」
「ふぅん、何を?アタマノイイ修也くん」
「あらあら嫌味ですか夏輝ちゃーん」
男みたいな言葉遣いだが、夏輝は女の子。幼馴染みとはいえ、話す時距離が近すぎるのではないかと思うのは、声には出さずにいる。
「いやさぁ、さっきの…I loved youって、あるじゃん」
「うん」
「それってさぁ、゛私はあなたに愛されている゛って意味だろ」
「そーね、受身だもんね」
聞いておいて興味がなさそうなところは、この際スルーしておく。どうせいつものことだ、気にするだけ無駄なのだ。修也は窓から差し込む光が眩しくて、目を細めながら頬杖をついた。
「なんか、すごくない?」
「はぁ?」
全くもって意味がわからないといった様子で、夏輝は肩をすくめて見せるので、修也は拗ねたように顔をしかめさせた。
「いや、俺もわっかんねぇけどさ…」
「けど?」
別にこっちだって、確かな意図があって呟いた言葉ではないのだ。ただ、単純に…
「自信満々じゃん?こんなこと言えんのって、すげぇべ?」
「最大限になまりかましてんじゃねぇっつの。…自信満々だとか、どうでもよくない?たかが例文でしょ」
どうでもいいと言われればそれまでで、言い返す意味もないのだけれど。でも今日の修也は、自分でもわかるくらい、いつもと違っていた。
「そーだけどさ、こんだけのこと言える人がこの世にいんのかー、って思ったわけよ」
「いやいやいやいや、いねぇーって!いたとしてもすぐ別れるって」
「夢ねぇのな…。俺らまだコーコーセーだぜ。夢見て生きろよぉ」
そう言いつつも、修也は自分だってそんな風に言える人がいるとは思っていない。いるとしたら、まだお互いを知らない新米カップルか、はたまたお互いを知り尽くした熟年夫婦か…
「やっぱそういうのって、お互いに愛し合ってなきゃダメなんかねぇ」
「知らんよそんなの。修也さっき自分で言ったろー、アタシらまだコーコーセーだってさ。知らんでいいのそんなことー」
「周りのやつらはみんな知ろうと頑張ってるみてぇだけどなぁ」
そう言いながら、修也は気怠げに周りを見渡す。修也の席は窓際の一番後ろ、周りはよく見える。今日も女子たちはキャーキャーと騒がしく、たかだか10分程度の休み時間だというのに、満喫しているようだ。
そっとその女子たちの会話を聞いてみれば、やれ先輩が、やれ○○君が…などと、相変わらずの会話をしている。
「あーゆうのは男に夢見すぎなんだよぉ。まぁ、アタシだって付き合ったことないけどね!」
ケタケタとなにが面白いのかいまいちわからないところで、夏輝は笑う。それにつられてこっちだって笑いそうになるが、堪える。
「ほんっと夢ねぇな!お前らしいけどさ…、好きな人とかいたことねぇの?」
「さあ?どーだろね、修也には教えねーよ」
「あーはいはいそうですかい。チャイム鳴るから前向こうか、夏輝チャン」
「黙れ死んどけクソッタレ」
勝ち誇ったような笑みを浮かべながら言う台詞じゃない気はするけれど、黙っておく。夏輝の鉄拳、もとい腹パンチは痛いどころじゃないのだ。何回吐きそうになったことか。だてに幼馴染みをやっていない。扱いは心得ている。現に何も言わない修也に興味がなくなったのか、既に夏輝は前を向いている。夏輝は修也の前の席で、修也からは夏輝の後ろ姿がよく見える。黙っていれば女の子らしくて可愛いのに。…なんて、またこれも言ったら怒られるだろうから、言わない。
「あいらぶどぅ、ゆー…」
誰にも聞こえないように、呟く。聞かれて困るようなものではないけれど少しだけ恥ずかしいから。
夏輝は基本、喋らない。俺にはあんなに喋るのに、他の人にはほとんどと言っていいほどに。幼馴染みだから、と言ってしまえばそれまでな状況。だけど、でも…
「あい、らぶどぅ、ゆー」
―――ちょっとだけなら、自惚れてもいいのかな
ぁ。
この現状に対する、ちょっとだけの優越感は、誰にも言わない、夏輝にだって、言ってあげない。――――言ったらどうなるかなぁ、怒るかな、照れるのかな、それとも、それとも…。
授業開始のチャイムが鳴る。平均より足りない身長で小走りに駆けてくる数学の先生は、まだ夏の暑さが残るからか、汗をかいている。―――俺もすこしあっついなぁ。なんでかはわかるけど、さ。
「あい、らぶどぅ、ゆー」
まだ騒がしい教室の中では、この声は誰にも気づかれない。顔が赤くなっているのは、自分でもわかる。自分も青春してんなぁ、なんて考えながらまた、呟く。
「ゆー、いず」
――――You is
「らぶどぅ、ばい…」
――――loved by…
「みー」
――――me.
文法なんてわからないから、これでいい。どうせ誰にも聞かれてない。いつか伝えられれば、いいけれど。今はまだ難しい。後ろ姿が眩しいのは、窓から差し込む光だ…と、思う。
あぁ、俺も思春期なんかなぁ、あー、だっせぇけど…まぁ、いいべ。
『私はあなたに愛されている』
『あなたは私に愛されている』
今日の日差しは暖かい。―――ああ、ごめんねセンセー。なぁんか眠いから許して―――ゆっくりと目を閉じて、夢の中へ。
顔を真っ赤に染めた、眩しい背中の持ち主がいる
ことはまだ、知らなくていいこと。
「…アタシらもう、コーコーセーだもんね」
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