借金取立人と町長
直接的な表現はありませんが、ちょっと、うん……?
不安な方はバック。
赤黒い空と、血を吐く黄色い月。
枯れ果てた黒い木々と、そこら中に転がる骨。
『ここから先はガラスのスリッパでどうぞ』
グランデとバッソは、ポキポキと折れた鉄柵の前に置いてある棚から、場違いなほどに輝くガラスのスリッパを取り出して履いた。
鉄の格子門をくぐる。
ベチャベチャと足下で音がして、時折、何か固い物を蹴り飛ばす。
『いてっ』
「ああ、ごめんなさい」
足下で聞こえた声に、グランデはペコっと頭を下げて、再び歩き出す。
まっすぐ道を進むと、とても大きな洋館があった。二人はそれをグルっと回って館の裏へ向かった。
その先には小高い丘があって、その頂上に、ひときわ高く大きな枯れ木が立っていた。
二人は丘を登る。
「……やあ。グランデさん、バッソさん。こんにちは、お久しぶりです」
「こんにちは、ツーさん」
「……」
グランデとバッソは小さく頭を下げた。
対するツーは、ロープで締まった首と頭をなんとか動かして会釈を返した。
「どうですか。財政の方は」
「ははは。まだ厳しいのは確かですが、まあ、何とか」
ツーは困ったように、しかしどこか嬉しそうに笑った。
「ああ、お借りしたお金、ですよね。生憎、今は館の中に置いてありまして、少々お待ちいただけますか」
「はい。構いませんよ」
恐縮です。と言って、ツーはまた会釈をした。
「ジュウさーん。いませんかー?」
「はいは〜い?」
ツーの呼びかけに顔を出したのは胸に小さな穴を開けた女性だった。気怠げな目が色っぽい。
「ツーさんどうしたの〜? あら、グランデちゃんにバッソちゃん」
「館に返すお金があるんだけど、取ってきて欲しいんです。ああ、あと判子も」
「あ〜。はいはいあれね〜。いつもの所にあるんでしょ〜?」
「はい。お願いして良いですか?」
「もっちろ〜ん。ツーさんの頼みだもの〜」
「ありがとうございます」
「じゃ、ちょっと待ってて〜」
女性はヒラヒラと手を振って、丘を下っていった。
「……」
女性を見送った後、バッソはツーの方をじーっと見つめた。
「な、なんですか? バッソさん」
「……」
「恋人になったんですか? だそうです」
「そ、そそそんな! 滅相もないです!」
ワタワタとツーが慌てると、枯れ木がギシギシ、ロープはきしきし音を立てる。
「ジュウさんは、ここでは古参の方ですから、色々と手伝っていただいているんです」
「……」
「ほ、本当ですからね!」
ツーは目をキョトキョトと泳がせる。
その時、
「ツーのおじちゃーん!」
「おじちゃーん!」
二人の子供が丘を駆け上がってきた。
「ぼくくん。さっちゃん。どうしたんだい?」
「ラクおじちゃん見なかった〜?」
「見なかった〜?」
「ラクさん? さあ、見ていないけど……」
「そっか〜」
「そっか〜……」
「デキばあさんに聞いてみたらどうだい?」
「うん! そうする〜」
「そうする〜」
二人の子供は走って丘を下っていった。
「慕われてますね」
グランデが言うと、ツーははにかんで笑った。
「ありがたいことです」
ツーがポリポリと頭を掻く。
「元はただのしがないサラリーマンで、『町長になれ』なんて言われた時はどうしようかと。ですが、何とかすれば、何とかなるものですね」
ツーは嬉しそうに笑ってから、
「ああでも、まだまだ皆さんに支えて貰ってる分が大きいのですが……」
と付け足した。
「ツーさ〜ん」
ジュウが丘を登ってやってきた。
「これでしょう?」
「はい、これです。ありがとうございます。ジュウさん」
「これくらいお安いご用よ〜」
にっこりと笑ったジュウが、はた、と顔を上げた。
「そうだツーさん。お昼、ヒーさんがお菓子焼いて持ってきてくれるわよ〜」
「え、そうなんですか? わあ、嬉しいです。ヒーさんのお菓子、とても美味しいから」
「そうよね〜。そうだ、グランデちゃんもバッソちゃんも食べて行かな〜い? み〜んな呼んで、ここで食べましょうよ〜」
「ああ、それは良いですね。……どうでしょうか。グランデさん。バッソさん」
グランデとバッソは顔を見合わせた。
それから、ちらりと腕時計を見る。針はグルグルと止まることなく回っていた。
「紅茶とコーヒーもあるわよ?」
「……」
「いただきます」
是非。
バッソとグランデは、揃ってコクコクと頷いた。
ツーとジュウは可笑しそうにケラケラと笑った。