硬貨は回る
グッドラックと言ってあいつは去った。
旅先で知り合っただけの男だった。三日間、バッグパックを背負い、まるで兄弟のように並んで歩いた。砂塵の舞う荒野の長い長い一本道を励ましあいながら歩き抜けた。バグダットカフェを思わせる店で、しこたまビールを飲み、肩を叩きあって笑いもした。
人生を変えたかった。
一大決心をして海を渡った。だがそこに待っていたものは、あらゆる意味で僕を打ちのめすものばかりだった。本当に孤独である自分を嫌というほど見せつけられた。
圧倒的に無力だった。
とびっきりの笑顔を見せて去っていったあいつは、翌日のテレビのニュースで大きく取り上げられた。異邦の地で暴漢に襲われ、命を落した若い男として。
涙が止まらなかった。僕の何処にこれほど熱い涙が隠されていたのか、驚くほどの量だった。安宿のベッドが津波に呑み込まれてしまうほど僕は泣きつづけた。
冷たく静かに、窓の外にダークムーンが浮かんでいた。
きょう、あの日のあいつがしたように、世界の全ての人にむけてグッドラックと言おう。あの日のあいつを真似て、あいつからの最後のプレゼントである小さな塊を、大空にむけて指で弾きあげた。力強い太陽の輝きを受けて、それは澄んだ青い世界をきらきらといつまでも回りつづけた。