第一話 出会い(Ⅰ)
『バタウィ共和国領グロニゲン及びその周辺海域にて、リヒャルト・ヴァルトシュタイン将軍の北方軍集団を中核とするイベロ=ライン帝国軍と、グイール・スヴェーイ・バタウィ・ダンマハクの連合軍が激突した。
連合軍側はスヴィード王グスタフ2世・ダンマハク総督ウィレム8世が出陣しており士気が高く、兵力も連合軍の方が多かったため連合軍が優勢と思われたが、ダンマハク王クリスチャン7世の裏切りによって戦況は帝国側に大きく傾く。
ダンマハク領イースランにより出撃した部隊に本国を突かれたグイール軍は退却を余儀なくされ、兵力の激減した連合軍はウィレム8世が戦死するなど劣勢となり、敗北を悟ったウィレム8世の弟で宰相のマウリッツ・ローデヴェイク・マッサウ公爵は民衆を船へと乗せて海上へと脱出させるが、自らは時間稼ぎのために帝国軍と戦い戦死。避難船を追撃部隊から守るべく陣頭で指揮を執ったグスタフ2世も負傷し、戦いは連合軍の完敗で終わった。
バタウィ共和国は滅亡し、以後北方軍集団の根拠地とされることとなった。』
――――――――『オクシダン大戦記』概略年表より抜粋
コツ、コツ、コツ。
三人の人影が無骨な石造りの廊下を歩いていた。
彼らの祖国・バタウィ共和国が滅んで一ヶ月。帝国に征服された諸国からの避難民を積極的に受けいれている北東の島国・グイール連合王国へと逃れた三人は、グイール軍が亡命者達による義勇軍の兵を募集していると聞きすぐに志願した。その後面接や試験を受け、今は配属された部隊へ向かっているところである。
「・・・なあ、やはりカレンは帰るべきでは?女が戦争に行くなどどうかと思うが・・・」
真ん中を歩いていた青年は先頭を行く少女に声をかける。
「いいえ、兄さんがいくら言っても帰る気はないわ。兄さんやヴェルトが戦っているのに、私だけのうのうと過ごしてなんかいられるわけがないでしょ?」
カレンと呼ばれた少女が振り向いて青年を睨む。彼女はカレン・ゼーラント。橙色のツインテールにややつり目気味の黄色い目という強気そうな顔つきで、美少女といっても問題は無い容姿だ。年は十六である。
この通り気が強く我の強い性格で扱いにくい少女だ。まあ、この青年には一応兄ということである程度の礼儀をもって接しているため周囲がそれほど困っているわけでもないのだが・・・。
「しかしな・・・」
青年はがしがしと頭をかく。彼はロベルト・ゼーラント。茶色の短髪に平均よりやや高い程度の背丈、悪くはないが美形とまでは言いがたい風貌だ。悲しいことに妹に比べると少々見劣りするだろう。
「無駄ですよ、ロベルト様。カレン様が言い出した事を決して曲げない方という事はよくご存知でしょう?」
最後尾を歩いていた男が口を挟む。ロベルトとカレンの父に仕えていた騎士のヴェルト・マルニクスだ。長身痩躯、黒の長髪に整った顔と女性が十人いれば十人が美男子と評するような容姿である。実年齢の二十三より精神年齢はもっと高そうな、いつも微笑みを絶やさない温和なみんなのお兄さん的キャラである。
「ヴェルトはそれでいいのか?」
ロベルトがヴェルトに問いかける。
「私が仰せつかっているのはお二人の守護ですので望ましくはありませんが、強制するわけにもいきません。それに・・・」
と、ヴェルトは憂いを含んだ表情になる。
「一刻も早く国へと戻りたい気持ちは、痛いほど分かりますから・・・」
「そうだな・・・」
遠い目をするヴェルトに、ロベルトは申し訳ない気持ちになった。
そのまましばらく無言で廊下を進んだ
「・・・ここかしら?」
カレンが目の前の扉を指差す。
「東側廊下のつきあたりと聞いていますから、おそらくそうでしょう」
「じゃあ、開けるぞ」
ロベルトは先頭に立って指定された部屋へと入る。
「・・・ここみたいだな」
おそらく会議などに使われる部屋だろう。中央に大きなテーブルと椅子が並び、後ろの壁には世界地図が張られている。そして椅子の一つに、目を閉じた若い男が腕を組んで座り込んでいた。
「・・・ああ、新しく配属された義勇兵だな?連絡は来ている」
男はゆっくりと目をあけると、椅子から立ち上がって歩み寄ってくる。髪も瞳も銀色、理知的で端整な顔つきをしている。どことなく品のある仕草で、おそらく貴族だろう。
「俺はロベルト・ゼーラント。彼女は妹のカレン・ゼーラントで、彼は従者のヴェルト・マルニクスです」
「俺は副長のレオンハルト・シェーンベルクだ。以後よろしく頼むぞ」
そう言って男は笑顔で手を差し出す。
「はい。よろしくお願いします。」
「・・・ところで副長殿。隊長殿はいらっしゃらないのですか?」
コーヒーを振る舞われていると、ヴェルトが思い出したように言う。彼らは詳しい事はここにいる隊長から聞けと言われて来たのだが・・・
「あいつか。奴ならば今ごろどこぞの市場で・・・む?」
「誰か・・・来るみたいね」
カレンの言葉通り、こちらに向けてドタドタと大きな足音が聞こえてくる。
「あの阿呆が・・・」
レオンハルトが不機嫌そうに立ち上がり、それと同時にドアが勢いよく開く。
「いやー、すまんすまん。酒屋の親父が新しい酒を仕入れたというのでな、途中で買いに行っていたら遅くなってしまったわい」
堂々たる体躯の巨漢が入ってくる。2メートルを超す筋骨隆々の体に粗野な黒っぽいこげ茶の髭面の、しかしどこか愛嬌のある顔が載っている。年は40過ぎくらいだろうか。
「おまえという奴は・・・。だから仕事を放り出して遊びに行くなと言っているだろうが!特に今日は我々の部隊の中核の面々が来るのだから、隊長として絶対に遅刻するなと何度も行ったはずだぞ!?」
レオンハルトが吼える。
「だからすまんと言っておるだろう」
「そう思うなら繰り返すな!ここ二ヶ月で二十回はお前を遅刻で叱ったぞ!?」
「わかったわかった。それに怒鳴るのは健康に悪いぞ?今日買ってきた酒は健康にもいいと聞いておるから、わざわざ準備してやったのだ」
「俺の健康を気遣うのなら仕事しろよ・・・」
「・・・そちらが隊長でしょうか?」
レオンハルトが頭をかかえてうなだれた所にロベルトが口を挟む。
「うむ。儂は隊長のルーカス・グルンヴァルト。お主達は何と言うのだ?」
三人も自己紹介する。
「なるほどな。レオン、一応名簿で確認したか?」
「予備のでな。だがお前、正式な名簿を持ってるだろう?」
「屋敷に忘れた」
「忘れるなよッ!」
・・・二人の関係は概ね分かった。
『・・・愉快な隊長殿ですね』
ヴェルトは本当に愉快そうに微笑む。
『いや、あれは愉快の一言で片付けていいのか?』
『戦場に行くことに迷いはないつもりだったけど・・・なんだか心配になってきたわ・・・』
『やっぱり帰るか?』
『帰らないわよ!』
ロベルト達がひそひそ話している間も、ルーカスはのんきにレオンハルトに酒を勧めていた。
ロベルト・アンドリース・ゼーラント
誕生日:9月8日/血液型:A型
身長:172cm/体重:64kg
武装:剣/属性:雷
座右の銘:虚仮の一念岩をも通す
特技:書類仕事・冷たい視線
好きなもの:努力・紅茶
嫌いなもの:喋らざるを得ない状況・おしゃべりな人間
主人公。十七歳。バタウィ共和国出身で、バタウィ滅亡時に妹と従者と共にグイールへと亡命してきた地方貴族の子息。周囲と比べて口数が少なく、表情も変化しにくいので少々愛想に欠けるところがあるが、単に不器用なだけで本当は心優しい。クレアに対しては普段以上に愛想が悪くなるが、女性の扱いに慣れていないため必要以上に意識しているだけである。心中を吐露することは好まないが、身内と判断した相手には本音を漏らすこともある。戦闘面では初期段階では、実家では元々主に武官ではなく文官としての教育を受けており、実戦経験も少数の山賊を大勢で包囲殲滅する、といったような『勝って当然』の戦いばかりで豊富とは言い難いため、周囲と比べ劣り気味。ただし筋は良く、付き合いの長いヴェルトは徹底的に鍛え上げれば自分を越えるのではと考えている。反面頭脳面では優れており、頭の回転は速い。それなりに博識で兵法も少しかじっているので、作戦に口を出したりもする。事務処理能力も高くルーカス(というより主にルーカスの仕事をこなすレオンハルト)からは重宝されている。
・・・ぶっちゃけ最後に作ったキャラだったりするので、詳しい事はあんまり決まってません。彼がどのような人物になるかは、この物語を書くなかで決めていこうかと思っています。
グイール連合王国
北東の海に浮かぶ島国。アングル・キムル・アルバ・ゲールの四地方で構成され、アングル王が国王を世襲している。現国王はエリザベス3世。先々代国王エドワード6世の時代に大改革を行い、中央集権を進めるとともに平民を搾取の対象としてしか見ていないような悪徳貴族の大掃除を行った。その後もしばらくは残党による反乱やテロなどが行われたが、改革を引き継いだ先代国王ジョージ7世の時代にそれらの一掃に成功し、現在では『高貴な義務』の精神が浸透した良心的貴族と権利が拡大し社会的地位の上昇した平民が共存している。世界でも特に民主化の進んでいる国であるため独裁国家であるイベロ=ライン帝国・ヴォルガ大公国とは仲が悪い。帝国の世界征服事業に対してはスヴェーイ王国・バタウィ共和国・ダンマハク王国と包囲網を組み、バタウィ・ダンマハクの脱落後も今度はビレジク帝国とも結んで抵抗を続けている。
舞台となる主な都市
・リンディン
グイール連合王国及びアングル地方の首都。古くから重要都市として扱われ、かつてアングルに存在した様々な国の王たちが発展させてきたとされる。グイールの政治・経済・軍事などさまざまな方面の中心が集まる文字通りの中心都市であり、都市を東西に貫くプロダニア川の存在によって河港都市としても機能している。
主人公たちが初めて出会った都市であり、最初の拠点となる。
・フォース
アルバ地方の首都エドウィンに次ぐアルバ第二の都市。シェーンベルク侯爵家の本拠地であり、アルバ地方の軍事の中心である。元はアルバの一都市に過ぎなかったが、エドワード6世の改革で領主が失脚した後、守備に適した丘を持ち川に面しているという地の利に目を付けたエドワード6世によって大幅な都市の拡張とフォース城の建設が行われ、城の設計・建設の指揮を執った旧ライン帝国からの亡命貴族ゲルハルト・ゴットリープ・シェーンベルクが暫定的な領主として入る。数年後に勃発したアルバ大反乱では、王党軍の橋頭保としてゲルハルトを中心に官民一体となって反乱軍の猛攻を耐え抜き、その後も各地の反乱での活躍した功績により侯爵に任ぜられ正式な領主となったシェーンベルク家とともに発展してきた。前述の経緯により住民たちの結束力は高く(排他的という意味ではない)、領主家には親しみを持ちやたらと丁重な扱いをしたりはしないが、内心では深く尊敬しており領主家のためなら体を張れるという住民も多い。ちなみにここに限ったことではないが、色白で青い瞳を持つ人間が多い。
クレアとレオンハルトの故郷であり、亡命後のルーカスもシェーンベルク家に厄介になっているため、主人公一行がここで過ごすことも多い。