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「別に聞いちゃいけないことなんかじゃないよ。
雅貴は俺に気を使って話さなかっただけだろうし。
なんでそれで希楽ちゃんが自分をダメだって思わなくちゃいけないの?」
「だって…。私、何やってもダメで、ああ、まただ、って思ったら」
「何やっても駄目なんかじゃないよ。
今日の歌、お世辞なんかじゃなくすごく上手かった。俺は感動したよ?」
「本当?」
「ほんとう。自分で自分を駄目だなんて決めつけちゃだめだよ。
そんなことはね、絶対にないんだから」
里空はとびきり優しい声で話し掛ける。
いつのまにか涙は止まっていた。
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「里空さんって、今日の昼の事といい、今といい、ほんと子供の扱い上手いっすね…」
「子供って何よ!」
咲斗の呟きに、反論する希楽。当たっていないとは言い切れないのだけれど…。
「でも、本当に里空さんといるとなんだか落ち着くんだよね」
「そりゃあ、俺の本職だからね」
「本職?」
「そう。死ぬ前は小学校の先生だったから」
『ええっ!』
思わず2人の声がダブる。
「2人して叫ばなくても…。俺的には天職だと思ってたのに」
「いや、別に似合わなくはないけど…意外だった…かな。じゃあさっきは誰の所に?」
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「うーん。ごめんね。やっぱり秘密。そのうち分かるよ」
「やっぱり、知られたくないんじゃないですか」
「いろいろとやっぱり困るからさ。ごめんね。」
里空さんはいつも笑顔で優しいんだけれど、ふとした瞬間こんなふうに寂しく笑う。
そこに私が知っていけない里空さんがいるようで…。
なんとなく誰もが、話しづらくなって4人の間に沈黙が流れる。
そのとき、ー 希楽ちゃん、咲斗君お仕事です ー
「叶…さん?」
そんな声が聞こえたかと思うと、希楽と咲斗の姿が年長組2人の前から消えた。
「叶か…」
雅貴が2人のいなくなった空間を見つめて呟く。
「2人に仕事ってことは…。あの仕事だね」
「そうなるな…。あいつらにはキツイぞ」
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「今の2人には一番辛い仕事かもしれないね…」
「里空、お前はさっきどうして話さなかったんだ?知られても構わないって言ったじゃないか」
「うーん、別に誰に会いに行っていたかを言うのはいいんだけど、気づいちゃったんだよね。
それを言うと、俺が一緒にいられるのは3月までだっていう話もしなきゃいけないって。
それは、嫌だなと思ったから言わなかった」
「つくづく勝手な理由だな」
「そんなもんでしょ。そもそも俺や雅貴がここにいる理由だって自分勝手な理由じゃん。」
他人にとってどんなにささいなことでも、自分にとっては大切なことだったから…。
「その通りだ」
雅貴も苦笑する。冷たい風が2人の間を吹き抜ける。
冬が近づいていた。冬の先にあるのは春。別れの季節。
「ま、とりあえず2人が無事仕事をこなすことを祈ろう」
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一瞬目の前が真っ白になったかと思うと次の瞬間2人の目の前には叶がいた。
「わっ」
「こんばんは。2人に仕事ですよ」
「ええっ。2人でですか?無理ですっ」
「お前、何気に失礼だな…。俺がそんなに不満か!」
「まあまあ。大丈夫ですよ。今回の仕事は簡単なんです。
新米天使がいつも引き受けているものですから」
「何をするんですか…?」
「手を、出してくれますか?」
出した希楽の手の上に、叶は2枚の書類のうち1枚をのせた。
書類は光って形を変える。手の上に残ったのは輝く光の塊。
「わーきれい。何ですかこれ?」
「それは、これから生まれてくる子供の魂なんですよ。」
手の上で、光がきらりと光る。