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この青い空から  作者: 湖沼 弥音
bright future
35/40

あの日来桜が荒れていたのは、自らの不調を隠す為だった。

前日、お酒の入った養父に些細な事で怒られ、腕をひねりあげられた。それでもあの人の怒りは収まらず、何度もお腹を蹴られ背中を殴られた。


来桜は黙って養父の攻撃が止むまで耐えた。そうする事が一番早く済むと学んでいたからだ。

翌朝になっても右腕は動かし辛く、身体のあちこちが痛かった。


極めつけがあのびしょ濡れ事件だった。呑気に何も考えず遊んでいるクラスメートが無性に憎く思えた。

気づいたら怒りのままに壁を蹴り、暴言を吐いていた。


感情のままに攻撃するなんて、自分の大嫌いなアイツらと同じ事をしている。

そう思うとますますイライラが募った。


一日中ずっと自分に心配の目を向けてくれていた輝が、声をかけようとしてくれた時も拒絶した。自分が虐待されているなんて、知られたくなかった。可哀相な奴だと思われるのが怖かった。


誰も助けてくれないのだから。

だったら何も知らないままでいて欲しかった。


その日の夜、暗い気持ちのままで夕飯を食べる。来桜は一人、和室の卓袱台でご飯を食べていた。キッチンのテーブルでは、養父が晩酌をしている。


「った!あ……」


ぼーっとしながら味噌汁に手を伸ばした時に、腕に鋭い痛みが走る。弾みでお椀をひっくり返してしまう。


「ってめえ。何汚してんだよ。」


それを目にした養父が来桜を髪を掴んで畳の上に倒す。

いつもなら下を向き、されるがままの来桜だが、今日は真っ直ぐに睨み返した。


「なんだよ、その目は。」


尚も視線を外さない来桜は突き飛ばされ、頬を殴られた。


ガッシャーン

卓袱台の上の物が音を立てて畳にこぼれる。口の中に鉄の味が広がる。


「その目をやめろってんだよ!」


反対の頬も叩かれ畳に崩れ落ちた時、養母の声が聞こえた。


「何やってんのアンタ。顔は駄目だって言ってんじゃん。今度警察に連絡入れられたらヤバいよ。」


「うるせぇな!こいつがあまりに反抗的だからわからせてやったんだよ。おい、お前。しばらく学校行くんじゃねぇぞ。コイツ閉じこめとけ!」


来桜は物置に閉じ込められて、外から鍵をかけられた。


「くそっ。」


「ちょっと、これさすがにヤバいんじゃ……」


ずっと家の外から様子を伺っていた咲斗が里空を振り返る。


「うん……。でも僕らには何も出来ない」


「でも……」


「咲斗」


鋭い声で、雅貴が咲斗の言葉を静止する。分かっている。自分達はあちらの世界に干渉はできない。もうこの世の人間では無いのだから。


「僕たちにはただ見守るしか出来ないんだよ……」


絞り出すように里空が答えた。


+ + +


来桜が学校に来なくなってから一週間が経った。担任からは風邪でしばらく休むと連絡が入ったと聞かされているが、あまりにも長すぎないか。


「こんなに休むなんて、風邪だけが理由じゃないよな……」


ポツリとそう呟いたのは、来桜に水をかけた内の一人だ。


「あの日の来桜、ちょっとおかしかったよね……。キレちゃって気まずいとか思ってるのかな」


クラス代表の女子がそう答える。


「一回来桜ん家、行ってみる?」


その提案に、輝を含め数人が頷いた。

卒業式まで、あと五日を残すのみだった。


その様子を里空は、黙って見ていた。その表情は険しい。彼らが頼みの綱だ。


「来桜君を助けてあげて」


祈るように希楽が呟く。


放課後、来桜の家の前に集まった五人は、インターホンを鳴らす。しかし、返事はない。


「いないのかな……」


「いや、それはないっしょ」


「来桜ー。みんな待ってるよー?」


大きな声で呼びかけてみる。


「ふざけて怒らせて悪かった!ごめんな。」


「俺たちが原因なら謝るから。出てきてくれよ。」


「ねえ、お願い!ほら、輝も」


そう言って背中を叩かれ、輝は大きく息を吸う。


「俺、来桜と一緒に卒業式出たいよ。お前のおかげで学校に来れるようになったのに俺だけじゃ寂しいよ……」


しばらく待ってみたが返事はない。


「怒ってるのかな……」


「寝てるだけかもよ」


「とりあえず、今日は帰ろうか」


「来桜!また明日な!!」



子どもたちが帰った後、


「今回ばかりは非常事態だから仕方ないよね」


そう自分に言いきかせ、里空は扉をすり抜けて行く。物置の辺りから音が聞こえる。


「~~!!」


体当たりする音とくぐもった声。輝たちの声を聞いて、来桜が助けを求めている音だった。


「暴れるんじゃないよ!」


隣の部屋で居留守を使っていた養母が、慌てて出てきた。物置の鍵を開け、来桜を引きずり出す。


「っ~~!!」


激しく抵抗する彼の口にはタオルが巻かれ、手足も縛られていた。顔は痛々しく腫れ上がっている。


「このっ。静かにしなって。」


手足を縛られており、バランスの取れない来桜は、頬を叩かれた拍子に柱に頭を強く打ちつけ倒れた。


「わ、私、知らないからね……」

意識を失った来桜を再度物置に閉じ込め、鍵をしめる。そしてどこかへ出かけてしまった。


奥歯を噛みしめ、血が出そうな程拳を握りしめながら事の成り行きを見ていた里空が、口を開く。


「仕方がない。叶さん、僕の……」


「里空。待て」


窓をすり抜けてきた雅貴が里空を静止する。


「どうして!これ以上見ているだけなんて僕にはもう出来ない」


珍しく声を荒げた里空の目は潤んでいた。何も出来ない自分への嫌悪と無力感。今回何度も感じてきた気持ちだ。


「分かってる。だが、それはもう少し待て。子どもたちが動いてくれた」


「え?」


+ + +


家の中へ里空が入って行った後も、希楽たちは外へ留まっていた。里空はともかく、他人の俺がそう簡単に家の中に入るべきではない、という雅貴に倣っての判断だった。


帰ろうとするクラスメイトに、輝が声を掛けた。


「ねえ、待って」


「どうした?」


「……、僕の見間違いかも知れないんだけれど……」


何度も躊躇いながら、輝はあの日の事を打ち明けた。

びしょ濡れになって、着替えていた来桜の身体に無数の痣が見えたことを。


「マジかよ。だからあいつ肩を叩かれてあんなに怒ってたのか?」


「来桜って火傷の跡もいくつかあるよね……。前に聞いたときは小さい時から料理してたからって言ってたけど、そんなに火傷ってしないよね」


「今も家でいじめられてるのかもしれないじゃん」


「先生に相談した方がいいんじゃあ……」


「でも、子どもが言うことなんて信じてくれるかな……」


「もし間違いだったら大変だよね」


皆が弱気になる中、輝が声をあげた。


「僕たちしか知らないんだ!あの時の来桜は絶対におかしかった。あんなの来桜じゃないよ。何かあったんだって」


「だよな。間違ってたら謝ればいいじゃん。間違ってるほうがよっぽどいい」


「このまま、知らない振りしたら絶対後悔するよね。ね、先生に言いに行こ?」


『うん』


全員が頷くと学校へ向かって走り出した。

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