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この青い空から  作者: 湖沼 弥音
bright future
33/40

翌日は仕事もなく、希楽はしばらく青い空を横切る雲や鳥をながめていた。

昼前になると、黙って横でつき合ってくれていた咲斗に言った。

「私…行きたいところがあるんだけど。」 

「俺も。」

真面目な表情で視線を合わせると、どちらともなく移動を始めた。


向かった先は例のスーパーだ。そこには来桜の姿が既にあった。目深にかぶられたキャップ帽の下の目は腫れぼったい。


そこに彼の姿があったことに希楽は少しだけほっとする。輝に会いに来てくれたことがまだ救いに思えた。


しばらくすると輝が現れた。いつものように挨拶する輝に、来桜も普段通りの様子で返事を返す。


空は若干曇っていたが、二人は公園でお弁当を広げた。その場には少年二人には見えていないが、先客がいた。里空と雅貴だ。里空は希楽たちに優しい笑顔を向けてくれる。

雅貴も二人が一緒に現れた事には全く驚いた様子を見せない。


先輩天使二人には、希楽達の行動はお見通しらしい。


一見いつもの昼食タイムなのだが、輝は来桜の普段とは違う様子が気になっているようだ。元々人の気持ちに敏感な優しい子なのだろう。


「来桜が元気ないのって、俺のせい?」


言おうか言うまいか長い時間悩んでいた様子だったが、震える声でそう尋ねた。


「別に、普通だけど。」


ピタリと動きを止め、低めの声で来桜は答える。


「普通じゃないじゃん。何で誤魔化すの?」


「そんなことねーって。どーでもいいだろ。」


頑なな来桜の態度に輝の表情が歪む。


「俺が原因だから言えないんだろ。」


「はあ?」


来桜は思わず語気を強める。 

曇り空の遠くで雷鳴が聞こえ出した。


「あのさ……、なんで輝は俺のせいでとか、俺なんかどうせとかすぐ言うわけ?俺そんな事言ったことねーじゃん。」


ため息まじりの来桜。


「言わなくてもみんな思ってるだろ。俺はずっと思ってるんだ……」


輝の視界が滲む。今までに何度となく思ってきた言葉だ。誰が否定してくれても自分自身が違うと言えない。


だって俺


俺が……


雨がぽつりと輝の頬に落ちる。


「俺のせいで春名先生は死んだんだ!俺なんかいなければ先生は死なずにすんだ。皆先生のこと大好きだったのに。こんな弱虫で情けない俺のせいでっ。俺の方が死ねばよかったんだよ。」


もう止められない。気付くと涙と一緒に心の中のどす黒い感情を全て吐き出していた。


「最近考えるんだ。今からでも死んだらこんな風に悩まずに済むのかなって。」 


雨足は強まり、涙と雨で輝の顔はびしょ濡れになっていた。


「んだよそれ…っ」


来桜は輝の胸ぐらを掴む。


「死んだらいいとかふざけんなよ!甘えるのも大概にしろ!!」


怒鳴りながら輝を突き放す。輝は地面に尻餅をつく。泥水が音を立てて跳ねた。立ち上がろうともせず下を向いたままの輝に来桜は更にまくし立てる。


「一緒に事故にあったのに俺だけが助かったのは、父さんと母さんが自分達の分の未来を俺にくれたからだと思ってる。お前も先生の分の未来をもらったから今生きてるんだろ。その未来を勝手に捨てようとするなんてサイテーだ。先生だって、お前にそんなことウジウジ考えてもらうために未来を渡したんじゃないだろ。もらった未来必死で生きろよ。ムカツク!」


そう叫ぶとくるりと踵を返し来桜は走っていった。残された輝は同じ姿勢のまま雨に打たれ続けていた。


輝は座り込んだままだった。誰かが知らせたのか、様子を見に来たお巡りさんに保護されるまで、ずっとうつむいたまま何かを考えているようだった。


+  +  +

翌日、前日の雨が嘘だったかのように、きれいな青空が広がった。来桜はなんとなく輝と顔も合わせ辛くて、朝から学校へ向かった。


もうすぐ卒業だが、二年弱しか通っておらず、休みがちな小学校だ。特に思い入れもない。ただただ、過ぎていくだけのつまらない毎日。


ところが、教室へ入ると一角に皆が集まっていて騒がしかった。教室の廊下側一番後ろの席。


「!!輝?」


「あぁ、来桜。おはよう。」


見知った人物の声に、たくさんのクラスメイトに囲まれ、困惑していた輝にホッとした表情が浮かぶ。


「お前どうして…」


不登校気味の来桜が、久しぶりに登校してきた輝と親しげな様子に、クラスメイトたちはざわめく。


なんとなく、輝を取り囲んでいた輪が崩れ、来桜と輝の二人を見守る形になる。


「昨日はごめん。俺、あれからたくさん考えたんだ。俺はどうしてここにいるんだろうとか、何で生きてるんだろうとか。」


輝が続ける。


「春名先生が助けてくれたから俺は今生きてる。先生からもらった未来で俺ができることって何があるのかなって。先生だったら、皆そろって卒業してほしいって言うだろうなって思った。今の俺にできることは学校へ行って無事卒業する事だって思ったんだ。」


来桜は首を振って静かに輝の机へ近づく。


「俺こそごめん。お前の気持ちなんて考えずに、自分の思ってることだけぶちまけた。お前の後悔する気持ちだって、当然だ。それだって輝の大事な気持ちなのに。」


「いいんだ。いつまでも後悔してばかりじゃ何も変わらない。」


輝はぎゅっと拳を握ると顔を上げてクラスの皆へ話し始めた。


「俺はずっと学校へ来るのが怖かった。俺のせいだって言われるのが怖かった。自分のせいで春名先生が死んだことと向き合うのが怖かった。でも、来桜から俺は春名先生に先生の分の未来をもらったんだって言われて、無駄にしちゃいけないって思ったんだ。……こんな弱い俺だけれど、皆と一緒に卒業したい。情けないけれど、またダメになりそうになったら……助けてほしい。」


震える声でそう言って、輝は頭を下げる。


「当たり前じゃん。春名先生にみんなそろって卒業しましたって報告しようよ。」


一人の女子が声をあげる。その声は涙混じりだ。

あちらこちらからそうだぜ、一緒にがんばろう、よく来たな、という声が聞こえた。


「あ……ありがとう」


緊張から解放されて、安堵の表情で泣きだした輝を来桜がなだめる。


「また泣くー。あーあ、お前のせいで俺まで学校サボれなくなっちまったじゃん。」


「うん、来桜がいないのはヤだ。」


泣きながら訴えられて、クラスではクールキャラで通っている来桜もタジタジだ。

そんな二人をクラスメイトたちも優しく見守っていた。


「あのー、そろそろいいかな?」


教室のドアが少し開いて、担任が顔をのぞかせる。

担任の先生は、若いが子どもの気持ちを尊重してくれる先生だ。気を利かせて一段落するまで待ってくれていたようだ。


バタバタと全員が自分の席に戻ると、先生の溌剌とした声で一日が始まる。


「よし、じゃあクラス全員そろって朝の挨拶をするぞ!」

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