その9
あの状況で、何もないって、もう決定的ではない?
私、拒まなかったわよね?
陛下の広い背に腕を回して、縋るように身を寄せて。
あの時のあれ、無意識だったの。
気がついたら、そうしていて。
離して欲しい、なんて一瞬だって思わなかったのに。
でも、陛下は何もなさらなかった。
私を離して、私の手を握り、私の膝枕でお休みになった。
熱があったから?
お疲れだったから?
そんな理由を無理やり作り上げるのも、馬鹿みたいだから止めた。
やはり、陛下は……そう思った方がよほどしっくりくるのだから。
今日もとても良いお天気だ。
私の故郷は寒暖の差が緩やかで、とても過ごし易い土地だ。
冬はそれなりに冷えることもあるけれど雪が降ることなど決してないし、夏は冬に比べれば暑くもなるけれど汗だくになるほどではない。
ここに来る前に学んだことや、侍女頭の話によると、この国の気候は私の故郷とはまったくちがって、季節ごとの落差がかなり激しいようだ。
私がここに到着したのは、もっとも寒い時期が過ぎ去って、暑い季節へと移行しつつある比較的過ごしやすい気候の頃だった。
この後、一気に暑くなり、やがて、また、寒くなるらしい。
暑さもかなりのものだが、寒さも相当のものらしく、雪が降り積もることも珍しくないのだとか。
私は雪というものを一度も見たことがないから、少し楽しみにしている。
でも、ここでの雪も見ることなく、故郷に戻ることになるかもね。
あ、自虐? 違う、希望。
そう、これは希望!
の筈……なんだけど。
「随分と色っぽいため息をお付きになりますね」
誰もいないと気を抜いていたところに、いきなり、バルコニーの方から声をかけられる。
慌てて振り返ると、そこには、一人の女性……だと、思われる方が立っていた。
「ご無沙汰しております」
優雅に片膝をついて、胸元に手を当てて、その人は騎士の礼をくれる。
どこかで見たような。
って、印象的なその姿は、そうそう忘れられる筈がない。
面を上げて、にこりと微笑む美貌は、幾分大人びたものの、一瞬にして記憶に甦った面影を幾らも残す。
結いあげればさぞや映えるだろう鮮やかな金髪は、あの頃と同じく肩のあたりでばっさりと切り落とされており、身につけているのは装飾の一切ない法衣のようなドレスと甲冑。
「……あ」
私は立ち上がって、無礼にも彼女を指さした。
「ああ!」
忘れる筈がない、女性ながらのその騎士然とした物腰。
姫騎士様、とあの時は呼ばれていた。
あれは何年前だろう。
この方は、我が国に療養に訪れていた方の護衛の一人だった方だ。
まだ、少女らしさを残した方が、細い腰に重々しげな剣を下げて、闊歩する姿は凛々しいながらも、どこか痛々しくって。
同い年ぐらいに見える女性の、私とはまったく違う生き方に、衝撃を覚えたものだ。
記憶にある当時のこの方は、多分15、6歳。
ということは、私もそれぐらいの年齢だったのだろう。
あら、15、6歳?
つまり、10年くらい前。
「え、と、貴女がここにいらっしゃるということは……」
あの時、療養に訪れていたのはどなただったかしら。
この美しい姫騎士様が、大事に護っていらっしゃった方。
それは。
「……陛下?」
そうに違いないだろう。
「……あ……」
私の頭の奥底に沈んでいた当時が、怒涛のように押し寄せてくる。
気候の良い我が国は、年中療養だの休養だのと、各国の様々な方々が訪れる。
その中には国賓扱いの方も、もちろんたくさんいらっしゃって。
この姫騎士様を含む一団も、そのうちの一つだった。
父王は詳しくは教えてくれなかったけれど、一団が護衛しているのは、身分のある方のご嫡子だと言っていた覚えがある。
「陛下は」
この姫騎士様が護衛なさっていたのは、どんな方だった?
凛とした男装に近い姿をした少女の傍らにいたのは。
「弟達が苛めていたあの小さな子?」
覚えている。
違う、思い出した。
「あの子?」
姫騎士様の背後に隠れるようにして、我が城を訪れた男の子。
私の弟のどの子より小さくて。
どの子より弱々しかった。
「…………それ、面影、なさすぎません?」
姫騎士様に言うでもなく、呟く。
だって、今の陛下の髪は濃い茶色、瞳は深い藍色だ。
私の思い出した子供は、この姫騎士様のような金髪で、瞳ももっと色素の薄い、言ってみれば浅瀬の水面のような青だった。
「髪や瞳の色が変わるのは、私どもの民族にはよくありますの」
いつの間にか、私の背後に控えていた侍女頭が、私の思考を読み取ったように教えてくれる。
年をとれば、白髪になる人も少なくはないのだから、そんなこともあるかもしれない。
それは、良しとしよう。
「それにしても……」
あの小さな小さな子よね?
身体が大きくなったのは、年月を経れば当たり前。
まして、陛下の8歳と18歳は差は、私の15歳と25歳とは比べ物になる筈もない。
でもね。
弟妹を思い出すに、皆、それなりに昔の面影があるものよ。
でも、よ?
陛下には、一切ない。
あの頃の弱々しさとか、それ故の愛らしさとか。
言ってはなんだが、微塵もない。
雄々しく、悠然した今のお姿の中に、それらは全くない。
思い出した今をもって、あの時の幼子と陛下が同一人物だなんて信じられない。
努力で、ああも変われるものならば、私だってもうちょっとなんとか頑張ったわ。
「なんて言うか…………ご立派になられましたね」
いろいろと思いは巡ったけれど、一言で言えばそうなるのかしら。
「陛下の努力の賜物です」
侍女頭が言う。
さようですか。
でも、あんなにお変わりになられては。
「……思い出せる筈がないわ」
ついつい、漏らして私は椅子に座り込んだ。
「陛下があの時の御子とはお気づきではなかったのですね」
姫騎士様がおっしゃる。
私は、彼女を手招いて、向かい側の椅子に座るよう勧めた。
彼女は深く一礼をしてから、従って腰掛けてくれる。
「気づかなかったわ……陛下は陛下で教えて下さらないし」
あの時の子。
父は敢えて言わなかったのだろうが、この大帝国の皇太子とは思いもしなかった。
年齢が近いから、と弟達に混じって遊んではいかがかと招かれた方だ。
国賓の中にお子様方がいらっしゃれば、そんな風に城に招くことは少なくなかったから、弟達も慣れっこで最初は仲良く遊んでいた。
でも、うちの大所帯に慣れた弟達の粗雑さに、大事に育てられたひ弱な幼子はついていけなかったのだ。
気がつけば、弟達は幼子を時に家来の如く暴虐に扱い、時に置いてきぼりを喰らわせた。
それが、気に入らずに助けたのだ。
弟達の頭を一つ一つと小突き「弱い者いじめはいけません」なんて、諭して。
そうしたら、幼子は弟達ではなく、私と一緒にいたがるようになった。
自慢ではないけれど、小さい子には受けが良かったのよね、あの頃から。
スカートの裾を掴んで、側にいて欲しいとせがまれて。
幼く愛らしいばかりの子にそんな風に請われるのは、正直悪い気はしなくて。
望まれるままに、ご本を読んで差し上げたり。
そう、昼寝の添い寝も、膝枕もして差し上げた。
「あの頃、陛下はお母様を亡くされたばかりで……」
侍女頭がお茶の準備をしながら、教えてくれる。
それも、知っている。
添い寝をしていた時、すり寄って来て母君を呼んでいたもの。
母性が疼いて、ぎゅっと抱きしめたことを覚えている。
「体調も思わしくなくて……それが貴女様に出会ってから、それはそれはお元気におなりで」
当時を思い出すかのように、侍女頭の手が止まる。
「私も……貴女様がいらっしゃって良かったとほっとしたことを覚えております」
姫騎士様も、当時を思い出してか、微笑んでそうおっしゃった。
そうね。私だって、今なら、はっきり思い出せる。
私と何日か一緒にいるうちに小さな子に笑顔が戻り、弟達に混じって遊ぶ姿を見ることができるようになったんだもの。
私もそれを微笑ましく見守っていた訳で。
でも、それって。
「思うのですが」
その関係は、ですね。
「それは初恋というよりも」
あの幼子の私への想い。
私に求めるもの。
「はい?」
二人が私を覗きこんでくる。
「……単に母親代わりではないですか?」
失われた母の温もりが欲しかっただけでしょう。
そこに、たまたまいたのが私。
母親というほど年は経てませんでしたけど。
姉なら、ピタリとはまるわね。
いずれにしてもそれは、恋、なんてものではないでしょう。
「お妃様、男性は少なからず女性に母君の面影を求めるものですわ」
なんて、したり顔で年長者は言うけれど。
そうは言っても、ね。
私が今陛下にして差し上げていることは、あの頃と何か違う?
陛下は大きな身体で、私を抱きしめる。
でも、それは小さな子が、スカートの裾を握るのと変わらない。
私の頬にごつごつとした手のひらを触れて、キスをするけれど。
あの頃の、お休みなさいのキスと、それは同じ。
そうでしょう?
「……まあ、良いですけど」
なんだか、納得だわ。
すっきりした。
ついで、気も楽になった。
母親代わりの延長なら、10年前も今も求められるものに、さして違いはない。
「お妃様?」
侍女頭が心なしか、青ざめて私を呼ぶ。
姫騎士様は、首を傾げて、私を見つめている。
私はそんな二人の前、妙に落ち着いた心持ちで、深く椅子に腰かけ、紅茶を口にした。
「母親でも姉でも構いません」
そうよね。
それなら、それで良い。
「あの、ですね」
侍女頭が何かを言いかけるのは無視。
私の行方は決まった。
この先、陛下が母だか姉だかの存在をお求めならば、その間はここにいれば良いし。
不要になれば、国に帰って、修道院にでも行けば良い。
だから、結局のところ、過去を思い出したところで、何も変化はなく。
「とりあえず、現状維持」
心で呟いたつもりが、ついつい口に出てしまった。
「お妃様!」
侍女頭が真っ蒼になって、私に詰め寄る。
「まさかと思っておりましたが、そうかもとおもっておりましたが……陛下とお妃様はまだ!?」
ええ、まだですとも。
いえ、もう、この先もないです。
「陛下は一体何をしてらっしゃるんですか!?」
だから、何もしてらっしゃらないんですって。
今ここにはいらっしゃない方に問いかける侍女頭をしり目に、私は冷めてしまった紅茶を飲みほした。
「……なるほど」
私の向かい側で、黙って事の成り行きを見ていた姫騎士様が、複雑な表情を浮かべている。
微笑み。
でも、困ったように。
苦いものを含むように。
そして、大きなため息。
「陛下が苦労なさる訳ですね」
どうして、陛下が苦労なさるの?
思いはしたけれど聞くのも億劫で、私は腹立たしい程の晴天を黙って見上げた。
陛下が現れたのは夜……ではなく、姫騎士様が退出されてから僅か30分後。
そして、現れた途端に、一言を言い放った。
「現状維持」
侍女頭が話したのだろうか。
予想の範囲内だから、別に驚きはしない。
驚きはしないけれど……どうして、そんなにご機嫌斜めなのですか?
「……お耳が早いですね」
なんて、言いながら。
陛下の全身から滲み出ている不穏な空気に、つい腰が引ける。
「お前に関してはな」
言うなり、陛下は私を捉えると、肩へと担ぎあげた。
抱っこではない。
まるで行商人が荷物を担ぐがごとく、私を肩に乗せて歩き出す。
「陛下!?」
何!?
これは、一体何なの?
陛下は、どうしてしまったの!?
「陛下!」
無言のまま、私を寝台に運んだ陛下は、これもまた荷物を降ろすように、私をそこに落とした。
柔らかいから痛くはない。
痛くはないけれど、何が何だか。
びっくりして態勢も整えられずにいる間に、陛下が私の上に伸し掛かってくる。
大きな影が、身体を覆い尽くして。
「陛下!」
どうしたいという考えもないままに、陛下の肩に手をついて押しのけようとすれば、いまだかつてない乱暴さで、手首を掴まれて、寝台に押さえ付けられた。
「陛下!?」
痛い。
ぎゅっと握られた手首が軋む。
熱い。
重ねられた陛下の身体が、先日発熱された時よりも熱くて。
怖い。
私を見下ろしてくる視線が、初めて謁見したあの時よりよほど鋭い。
「怒っていらっしゃるの?」
聞くのも、間抜けなほどに、陛下の怒りは明らかだ。
「さあな」
陛下からはそんな返事。
そして、また、射抜くような視線で、私を見下ろす。
以前の私なら逸らしてしまっていただろう視線を、怯えながらも受け入れて見つめ返す。
「……どうして……怒っていらっしゃるの?」
現れた途端に口になさった『現状維持』、というそれがお気に障ったのだろうとは想像がつく。
つくけれど、どうして?
だって、陛下は、そう望んでいたのではないの?
「……誰が母親だ?」
陛下が問いかける。
私は答える。
「私」
陛下の表情がひきつる。
「ほお?」
そして、更に不機嫌オーラが増して、私の手首を押さえつける手に力が入る。
「母親ではないのですか? あ、もしくは姉?」
密着する身体の体温も上がった気がするわ。
これ、まずいのではない?
私、底なしに陛下のご不興を買っている?
どうしよう。
また、泣きたくなってきた。
陛下のご不興が、故郷の国とか民に迷惑がかかる、なんてことは思いもしない。
ただ、私自身を、厭われることが哀しくて辛い。
「俺は、母親や姉に欲情するほど、外道ではないつもりだがな」
私は涙を堪え切れなかったようだ。
陛下の声が幾分棘を失い、目尻に唇が触れる。
「……そんな……陛下は、口先ばかりです」
顔を隠したい。
きっと、とても情けない表情をしている。
それこそ、昔の幼い陛下のような。
でも、手首をがっしり捕えられてそれもできない。
小さな足掻きで、私を顔をそらして半分をシーツに埋めた。
「このまま……口先ではないと証明しても俺は構わんが」
陛下が……完全に棘を取り払って、今度は甘さを含ませて耳元で囁く。
艶っぽい声と、耳元を掠める吐息に、私は肩を竦めた。
「……お前は?」
陛下が私の手首を離した。
でも、私は動かなかった。
僅かに視線だけを動かして、陛下を見上げる。
「私?」
陛下の手の平が、ドレスの上から私の胸を包む。
耳元から首筋に唇が滑って。
「俺は……お前にとって、たくさんいる弟の一人か?」
そう思えたら、と思った。
添い寝をしている時
膝枕をしている時や、着替えのお手伝いをしている時だって。
「お前の方こそが……俺をそう扱おうとするだろう」
鎖骨に口づけた陛下は、私の耳元に戻ってそう囁く。
どうしよう。
なんか、身体から力が抜けて。
頭がぼうっとしてきて。
自分が何を言おうとしているのか、分からない。
「それは陛下が……」
私は、乳房を包む大きな手の平の上に、私の小さな手の平を重ねた。
「俺が?」
そう、求められていると思ったんだもの。
こうして、戯れることがあっても、決して、その先に進まないから。
だから。
「……陛下が」
「うん?」
陛下が私に更に身体を重ねる。
熱い。
すごく、身体の芯から火照る。
「何もなさらないから」
浮かされるように、私はそう呟いていた。
「お前」
呆れたような声が聞こえる。
私は、また、泣きたくなりながら。
「いつも途中でおやめになるではないですか。この間だって……」
私は……求めていた。
陛下を。
なのに。
「だから、私……陛下は私に母親をお求めかと思って」
そうなのかしら、とずっと思ってて。
今日、昔を思い出して、そう確信したんだもの。
やはり、あの頃と同じことを求められているだけだったって。
かるく『現状維持』なんて、言ってみたけれど……本当は。
「お前は……俺がどれだけ忍耐を強いられていると思っているのだ?」
先にもまして、心底、呆れた口調だった。
だが、私がそれに落ち込む間もなく、すぐに今までにない艶美さと……それから淫靡さを含んだ声が囁いた。
「毎晩、夢でどれだけお前を好きにしていると思う?」
熱いため息が首筋にかかる。
思いも寄らず、背筋にびりっと何かが走り、私は身を反らした。
「っそんなの……知りません」
陛下がほんの少し身を起こし、真正面から私を見下ろした。
鋭いのは相変わらず。
でも、もう、私はそれが怖くない。
「……これから、身を持って教えてやる……だから」
陛下の手のひらが私の頬を包む。
私は気がついた。
それが震えていることに。
「……一言で良い」
そう言って、私の唇をなぞる指先も。
小刻みに震えている。
「お前の一言が欲しい」
私が、陛下との行く末を不安に思ったように。
この賢帝と名高い方も、不安を覚えていたのかしら。
「俺はお前を愛している。お前が欲しい」
声も震えているように聞こえた。
私は、じっと陛下を見つめた。
私の答えを待つ姿が、10年前の幼子に一瞬重なり、だが、すぐに消える。
「……何とお答えすれば良いのでしょう」
愛の告白なんて、人生で初めてなんだもの。
愛していると言えば良いの?
陛下が欲しいと?
一言って、どうすれば私の想いを一番伝えられるのかしら。
「今、思っていることを、そのまま」
陛下に言われて、私は自然とそれを口にした。
「陛下のお言葉をうれしく思います」
そう、とても嬉しい。
私の腕は、私の意識しないところで陛下の首へと回った。
私の腕の中、陛下の身体が強張る。
でも、私はそれを気にせずに、ぎゅっとしがみついた。
「陛下をお慕いしております」
さすがに陛下を欲しいとは言えない。
年は経ていても、そこは初心者なんだもの。
お許しいただきたいの。
「…………現状打破、だな」
少しの間の後、陛下の声が聞こえた。
「え?」
聞き逃した。
聞き返そうとしたのに、陛下は私をシーツへと更に沈み込ませるようにして。
「……っ陛下?」
まさか、でしょう?
不穏に動き始める手のひらと唇が……って、考えてみたら、先ほどまでも散々、そんな空気だったのだけど。
でも!
「し、執務の途中でいらしたのでしょう!?」
往生際が悪いなんて言わないで下さいよ?
これ、本気の心配です。
真昼間から、皇帝が後宮に入り込んで出てこないなんて。
そんな不埒なこと。
「明日やればいい……一日休んだくらいで我が国は揺るがん」
先ほど、震えていた指先は、いったいどこに?
手慣れた指先が、ドレスの紐を解く。
「陛下!」
重さなんて感じないのに、上からしっかり抑え込まれて、私は身動きが取れない。
いつか、脱がすのを手伝うなんて戯言を口になさっていたことがあったけれど。
確かに、腹立たしい程に脱がすのがお上手ですね!
「陛下!」
私は、陛下の肩を叩いた。
でも、私の反抗なんて、全然全く陛下を留めることはなく、大きな手のひらは易々と晒した肌を辿り始めた。
このまま、大人しくしてしまう?
いえ、やっぱり、それはダメ!
だって。
「このようなこと、昼間からなさることではないでしょう!?」
私は叫んだ。
お日様は、まだまだ高い所にあるのよ?
この部屋の中だって、その光が差し込んで、衣類を半分脱ぎかけている陛下のお姿がはっきり見える。
って、ことは、私の姿も陛下には、見えている訳で。
そこは、もう少し初心者を慮って頂きたいわ。
私の訴えに、ピタッと陛下の動きが止まる。
ほっと息をつきかけ
「それは……夜になればいいと言うことだな」
その言葉に、今度は私が硬直する。
「……え?」
えーと、多分、そう……なのかしら?
「わかった。さっさと執務を終えてこよう」
言うなり、陛下は身を起こした。
「え? え?」
私は、無意識に乱れたドレスを直しつつ、嬉々として立ち上がる陛下を唖然と見上げた。
夜?
それって、今夜ですか?
この状況で、そう言われればそうですよね。
「ついでに明日は後宮にこもると宰相に伝えてくるか」
「ええ!?」
何故!?
何故、明日まで後宮にこもる必要があるのですか?
陛下の言うこと、今一つ分かりません!
「夜が楽しみだな」
陛下は、自らの乱れた衣服を直すと、今まで見せたことのないような視線を私に寄越す。
鋭い。
甘い。
射抜く。
蕩かす。
「また、後で」
陛下は屈みこみ、私の胸元に一度だけ口づけて、颯爽と部屋を出て行かれた。
「夜?」
これは、一体。
私、ほんの数時間前まで、ここで母のように、姉のように陛下のお側にいようと思ってませんでした?
「今夜?」
それが、今夜?
本当に?
あまりにいきなりの展開……私にとっては、ですけど。
「……本当に?」
本当も何も。
私のドレスは陛下に乱された状態で。
肌のあちらこちらに陛下の名残があって。
今まさにその状態だったのを、夜に持ち越しただけだと思い知らせてくれる。
本当なら、侍女頭を呼んで、事の次第を話して準備すべきよね。
そんなの分かってるわよ。
「あ……雪……見れる?……」
だけど、私から出たのは、現実逃避以外の何物でもない、まったく方向違いの言葉だった。
祝! 両想い!!
続きはあるのか、ないのか……それは、読者様の反応次第!