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少女剣士は護衛する美男役者を全力で斬る所存である  作者: 雨野グッピー


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第19話 美男役者と剣の玉

 雨上がりの森にさえずる鳥の声が戻り始めていた。

 通り雨の後、すっかり湿気に満ちた森の中を俺達は行く。


 木々は雨つゆを滴らせ、でこぼこの山道はいたる所に水溜まりを作っている。

 それが傾いてきた西日に光って、街に降る雨とはまた違った風情だ。


 しかし残念ながらどんな天気になろうと俺達がいい雰囲気になるということはない。

 水溜まりのぬかるみに足をとられる俺を、時地は特に振り返らずに先導していく。


 ちょっと待ってくれても罰は当たらないのに……。


 道の窪みにでかでかとできた巨大水溜まりをひらりと時地は避ける。

 俺は回り道をして避ける。……身のこなしのスペックが違いすぎるんだから。


 ふと、時地が水溜まりを飛び越えた瞬間、太陽の照り返しにキラリと光った物に俺は気付いた。


 時地の剣の柄に結ばれているねつけの玉だ。

 猫をじゃらすときに使ってたあれだな。


 薄緑色の翡翠のようだがそうではない。ただのガラス玉だな、ありゃ。

 しかしガラスとはいえ、時地が飾り物を身につけてるなんて意外だな。

 村の猫を助けたあのとき以来、彼女はあのガラス玉をぶらんぶらんさせて歩くのがお気に入りのようだ。


 今までは鞘に添わせて帯にでもしまい込んでいたのだろうか。

 この人刀をめったに使わないから。

 いや、鞘に荷物を引っ掛けてるのは見たけど、実際に刃を抜いてるのは見たことないな。

 だって誰に襲撃されようがこの人にかかれば抜く前に全部片付いちゃうんだもの。手練れなんだもの。


「この玉が気になるの?」


 その手練れは前を向いたままでも俺の視線に気がついたのか、前を向いたまま俺に問うた。


「ああ、いや。最近の剣士はしゃれてんなあと思って」

「これがおしゃれ?」


 不意に凄みを増した時地の声に、俺は思わず言葉を飲んだ。

 な、何だよ。俺何か気にさわること言った?


「これはいわばボクの本体。ボクの魂の入った玉だよ」


 ……。

 な、な、何? 何言ってんの?


「この玉が砕けたとき、ボクも真の姿に戻るんだ」

「はっはは、冗談だろ、時地?」


 時地は無言のまま、振り返らず前を歩いていく。

 え? え?


 俺はまだ話が飲み込めぬまま、少女剣士の背を追った。

 真の姿? ウソ……。

 少女剣士の時地に誰も知らない第二の姿が……。


 しかし俺はハッと我に返って首を振った。


 しっかりしろ、花海。今のはちょっとした時地の戯れだ。


 自分の魂が入った玉?

 そうだとしたらあんた昨日それで猫をじゃらしてたじゃん。

 魂超ないがしろにしてんじゃん。


 俺からかわれてんじゃん。

 時地のやつ……真顔だからまったく分からなかった。


 どんな話をするときでもこの人は眉一つ動かさないからな。

 ホントか嘘か全然見分けがつかない。


 分かったぞ。ひょっとしてそういう設定を作って背負っちゃうタイプだろ、あんた。

 壺に入るのが好きで魂が玉の中に入ってるなんて……なんて内にこもりやすい設定なんだ。


「なに一人でぶつぶつ言ってるの?」

「ああ、いや。……そっかぁ、魂が入った玉か。面白いな」


 引きつり顔で乗ってしまった俺の言葉に、時地は答えることはなかった。

 ちょっ、ちょっと無理があったか。


 しかししばらく間を置いて、

 

「花海くんは失われた秘伝の刀の話を知ってる?」


 少女剣士はそう静かな声音で話し始めた。


「失われた秘伝の刀? な、何だそれ」

「遠く西の地で、名も無き刀工が作り上げた幻の刀。その刀工は刀を打ち上げるだけでは飽き足りず、永遠に完成しない強さを求めた」


 また何か始まった。


「すなわち使用した者の記憶を取り込み、振るわれるたび進化する刀。前に使った者の経験値を次の者に引き継ぐ魔剣。その名を『在《ありや》』」

「ほ、ほう……」

「その核がメモリーの役割を果たす玉《ぎょく》。『在』はここに強者の戦いの記憶を書き込み、以後この剣を握った者は学ばずしてその技を受け継ぐ。持てば勝手に強くなれる便利な刀ってことだね。……しかし同時に『在』は使用者を操る魔剣とも言われる。数多の猛者の記憶を蓄積したこの剣は、いつしか剣の性能を最も引き出す個体を求めるようになった。持ち主の体を乗っ取り、体力のある年齢でその成長を止めてしまうことだってある」

「…………」

「そしてその『在』を手にしたのがボク、時地だった。……そう、ボクはこの玉を砕かない限り歳をとることができないんだ」


 ……壮大な設定だった。

 伝説の刀に歳をとることができない呪いって……。

 何で急にファンタジーなノリになってんだ。


「だから本当のボクの年齢は……」

「ちょ、ちょっと待った! ストップ! 頭も足も追いつかない! 一回ストップその話!」

「分かったよ、もう」


 無理矢理話を切った俺に、時地はつまらんやつだなコイツって感じで口をつぐんだ。


 ああそうだよ、俺はその設定に乗りきれるほどユーモアのある男ではない。

 そういうのは芝居の中だけで十分なんだ。


 てかやっぱり十四、五歳だろ、時地さん。俺もそのくらいの歳にはそういう設定背負ってたもの。

 聖剣を引き抜いたり魔王と戦ったり本当は俺が魔王だったり色々。

 

 しかし悪いがもうそういうノリに付いていける歳じゃねえんだ俺は。

 世の中に有り得ることと有り得ないことの区別くらいつくさ。たとえそれが少し寂しいことでも。


「で、ボクがどこで『在』を手に入れたかなんだけど」

「く~続きがあった……」


 混乱する俺をほっといて、話したりなかったのか少女剣士はさっきの続きを語り出す。

 俺の気持ちはお構いなしかよ。

 なんだ、そんなに聞いてほしいのか。そんなに会心の設定か。


 歩きでも話でも置いていかれる俺は、しぶしぶ相づちを打ちながら時地の後を追うのだった。

 玉のことなんか聞くんじゃなかった。

 ある意味俺達の距離は縮まったかも知れないが、会話の内容がぶっ飛んでいる。


 上目遣いで俺を見上げ、頬を染めながら自分のことを話す町娘達が恋しい。

 ここにいるのは常に俺に先行し、玉に秘められた自分の正体の話をする少女剣士だけだ。

 いや、これはこれで新鮮だけれども……。




 しかしため息をつく俺はまだこのとき分かっていなかった。

 この世の中に有り得ないことがすぐ先に待っていることを。


 そう。今まで鞘から出なかった時地の刀が抜かれる瞬間が迫っていることに、このとき俺は気付いていなかったのだ。

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