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ギルドのメビア支部からアルカ達の事務所へは徒歩圏内である。ダニエルに紹介されたラペルを案内することになったアルカだが、開発が進んでいるとはいえまだまだ緑が多く残っている道を歩むその道中の会話は芳しくなかった。
「ナナセから僕の事を聞いたことがあるかな?」
「……」
「いや、まいったな」
話しかけても反応せずに歩くだけのアルカに、ラペルは苦笑して頬を指でかいてみせる。そんな仕草すら絵になっているようなラペルの姿を見ながら、アルカの心中は決して穏やかではなかった。
(姉さまを呼びすてっ⁉ これだからイケメンは!)
心の中では荒れ狂い暴言を吐いていてもそれを口に出さない自分は大人だなぁと自己評価するアルカではあったが、既に態度に出て伝わっている時点で過大評価にしかなっていないのは、アルカだけが理解していなかった。
そんなラペルだけが話しかける時間もすぐに終わる。ここだ、とアルカが示す少し古いビルの一階に、トドロト事務所はあった。
「おつかれー」
そんな事を言いながらやや老朽化し軋むドアをあけて事務所に入ったアルカの目にまず飛び込んできたのは、テーブルが並ぶ一角でコーヒーを飲む一人の女性の姿だった。
ナナセ・トドロト。アルカの四歳年上の姉である。アルカと同じく紫がかった髪を腰まで伸ばし、しかし身長はアルカとは違って女性にしては長身の部類に入る。小さめの眼鏡をかけたその奥の瞳には落ち着いた理知的な雰囲気を漂わせ、しかしどこかボンヤリとした緩みを感じる女性だった。これで専門の仕事をする際にはキリッとしてみせるのだから、そのギャップがアルカに言わせれば「最高に格好いい」のだとか。
寝起きなのかダボっとした部屋着を羽織っただけの姿は、最初は男に見せるものではないとアルカも反発したものの、結局ナナセのずぼらさ面倒くささを言い訳に押し切られてしまったものだ。が、同じ事務所の仕事仲間に見せるならばともかく、決して外部の客に見せる姿ではない。それは本人も自覚があるのか、アルカの声に反応して入口を見た時に一緒に他人がいることに気づいたのか、顔に「まずっ」という感情が一瞬走った。
「お客さんですか。あ、ナナセさんこれどうぞ」
そんなナナセに上着を渡しつつ、さりげなく客の視線を遮るように間に立ったのは、セーリッシュ・ヤナダハト。長く伸ばした金髪を後ろでくくった高身長に、整った顔にいつも穏やかな笑顔を称えている男で、近所ではイケメンと騒がれているのだとか。もっとも、数度一緒に依頼をこなしたことがアルカからすると、戦闘になると笑みが嗜虐的なものに変わるのを見ているので、胡散臭い笑顔にしか見えなくなっていたが。そんなアルカでも、白を基調にした趣味の良い服装でスラリとしたスタイルが見て取れるセーリッシュの事は、
(モテそうだな、こいつ)
と認めざるを得なかった。
そんな彼は、アルカと一緒にこの事務所を立ち上げたスタートアップメンバーの一人でもある。
アルカも詳しくは理解していないのだが、学生時代に情報系の分野で類まれなる才能を発揮し、それにより推薦を受ける形でザルバディカからアルメリアの有名な大学へ留学したナナセは、卒業後アルメリアの超大手企業で働いていたらしい。そこを辞めた理由もアルカは良くしらないが、その後ナナセはメビアのギルド支部で事務職員をやっていたらしく、その後独立してギルドの下請け事務所を作ったあたりでアルカとセーリッシュが合流して、事務仕事だけではなく依頼もこなす事務所になったというのが、今のトドロト事務所である。
セーリッシュとナナセの関わりは、これまたアルカが知るところではないが、どうやらギルドメンバーとして仕事をしていた際に関わっていたらしいくらいは聞いていた。だから独立する時に一緒についてくると聞いたときには、
(このイケメンは姉さまに手を出そうとしてるのか!?)
と熱くなってしまったアルカだったが、その後二人の会話や仕事を通して付き合ってみて、どうもそうではないらしい、という理解に至っていた。
笑顔で人当たりが良いのは分かるが、どこか壁を作っているように接しているセーリッシュに対して、ナナセもむしろそれを望むように対応しているように見える。背景事情はナナセが理解しているならそれでいい、そして実力については申し分ないという納得をアルカもしていた。
よって、胡散臭いけれども実力は認められる仲間、というのがアルカにとってのセーリッシュの立ち位置だった。
「あ、お客さんですか? お茶いれます。あ、コーヒーでいいですよね?」
そんな時、奥から出てきてバタバタとまた奥に引っ込んでいったのが、この事務所に所属している最後の一人、ダヤンだった。黒髪にやや褐色がかった肌をした彼は、アルカよりも少し高いくらいの身長だったが、それは彼がまだ二十歳にもなっていない少年であるからであった。
独立した事務所でしばしアルカとセーリッシュで働いていたのだが、何らかの折にギルドで知り合ったのがダヤンだった。ダヤンは元々別のパーティを組んで仕事をしていたのだが、メンバーの都合で解散になってしまい、働く術を失って呆然としていたところを、アルカが拾って来たのだ。これでもダヤンはこの若さにしてDランクにまで上り詰めたギルドの成長株なのだ。年下という事もあり少々子分気質でもあるダヤンの事を、アルカは使いまわせる子分にしてやろうと引っ張ってきたというのが本当のところだ。まだ甘く不安定なところはあるもののDランクにまで上り詰めた実力は、セーリッシュとダヤンがサポートすれば遺憾なく発揮できるだろうと、今は連携を高めているところでもあった。
事務所の中が机にしろ棚にしろ小奇麗になっているのはダヤンが自分の役目だとばかりに掃除を買って出てきてくれたからであり、アルカはそんなダヤンを
(後輩力高いな、こいつ)
と、そういった面でも評価していた。
セーリッシュから渡された上着を着て多少の体裁を整えたナナセが、ようやくこちらに声をかけてくる。
「おはよう、アルカ。そしていらっしゃい、ここはトドロト事務所で――って、お前は?」
「やあ、久しぶりナナセ」
「ああ――、……久しぶりだな、ラペル」
そのやり取りを見て、本当に知り合いだったのだな、とアルカは少しラペルに対する警戒心を下げた。姉に近づく口実として使われたらどうしようと持っていたのだが、それが杞憂だと分かったからだ。
(姉さまと同期ってことは――ディアニス・エンタープライズか)
ゆりかごから墓場まで、という言葉がしっくりとくる総合商社で、ここ十年は情報系の分野の伸びも凄まじい、世界的な大企業だ。ナナセはそこに大学から鳴り物入りで入ったエリートという立場だった。そんなナナセと同期ということは、ラペルもエリートと言われるような立場なのだろう。
(仕事が忙しくて姉さまに手を出すどころじゃなかった、なんてのは普通にありそうだな)
そんな益体もないことを考えるアルカだった。
それに、姉に関する事での警戒心はあったものの、正直なことを言うとアルカはラペルから依頼があることは歓迎すべきことだと思っていた。ここ最近、ずっとゴブリン退治ばかりをしていたからである。
ギルドから回ってくる仕事というのは、ランクが高ければ高いほどに難易度が高かったり、色々な幅がある仕事がふられるようになる。当然、Fランクのアルカには選択肢の幅が狭い事は理解している。しかしそれでも、最近はゴブリン退治の仕事ばかりだったのだ。昨日も、ゴブリン退治の依頼を終えた帰りに、ゴブリン退治をする羽目になったのだ。さすがにここまで来ると、心象の悪い自分に対してのギルドの嫌がらせの線もあるのではとアルカは本気で考えていた。
そこを行くと、ラペルからの直接の依頼は、ギルドからの選別を経ないで来ることになる。ナナセと知り合いだったということには抵抗はあるものの、それでゴブリン退治以外の仕事が来るならありがたい面もあるな、というのがアルカの思いだった。
だから、
「仕事というのは、ゴブリン退治で――」
とラペルが語りだした時には
「またゴブリン退治!?」
と声を上げてしまい、客の話を遮るなとナナセに怒られる羽目になった。
***
パーティションで区切られてソファとテーブルが並べられた、狭いながらも一応接客のために用意されたスペースで始められたラペルの依頼を要約するとこうなる。
ラペルが務めている会社の支社がメビアにあり、その業務の一環としてソルケ茸の輸出を担当しているという。
ソルケ茸と言えばアルカにも聞き覚えがあった。ここメビア周辺で昔から取れる茸であったが、ある食べ方が美味しいと雑誌だかインフルエンサーだかに紹介されたおかげで、今や世界的に人気の高級食材に仲間入りしたのだという。
あまり食に興味がないアルカであっても聞いた事があるくらいだから、その知名度は相当なものだ。もっとも、高級食材で有名レストランにでも行かないと食べられないと聞いた時点で、すっかり食べるきもなくしたのがアルカだった。
そしてそのソルケ茸の人気に火をつけ、世界へ出荷しはじめたのがラペルの会社なのだとか。おかげでソルケ茸を主に作っている村、その名もソルケ村には会社の出張所が出来て、色々調整を行っているのだとか。もっとも、ソルケ茸の生育に関してはあまりまだわかっておらず、近代的な施設で栽培という訳にもいかないので、牧歌的な雰囲気が残る村での伝統的な作業に頼らざるを得ず、数の少なさを高級路線に舵を切る事でカバーしているとラペルは苦笑いした。
(まあだから庶民の口には入らないんだな)
という以上の思いはアルカの中からは出てこなかったが。仕事の関係があるのだから口にできるかも、という期待感すら持たない程度にはアルカの中には興味が薄かった。食に興味がない訳でもないが、貧乏性という方が近いのだろう。値段や希少性を聞けば、自分には縁のないものだという割り切りが発生してしまい、食材として認識できなくなっているという言い方ができるのかもしれない。
そんなソルケ村の近くでゴブリンの姿が確認されたのでそれを退治してほしいというのがラペルの依頼だった。本来は村が依頼をするというのも筋ではあるが、村を全面的にバックアップしている会社がそこらの調整を買って出たのだとか。
そんな理由でギルド本部へ赴いたラペルが、ナナセの存在を知りその妹であるアルカがちょうど来ているというのを聞いて、ダニエルを経由して声をかけさせてもらったのだとラペルが言った。
「……本当に、姉さまがここにいたのを知っていた訳ではない、と?」
ジロリと睨みを利かせるアルカに、ラペルは困ったなと苦笑して頬を指でかいた。
「白状すると、全く知らなかった訳でもない。ここら辺に移り住んだ、ということは知っていたし、ギルドの仕事をしているのも知っていた。だが、それがメビアということも知らなかったのは本当だよ。そういえばナナセってここら辺にいるんじゃなかったっけ、と対応してくれた職員さんに聞いたから、アルカさんがいるってわかったんだよ」
その流れはわからないでもなかったので一旦矛を収めることにしたアルカは、客に何を聞いてるんだとナナセに頭をはたかれた。が、それでも幸せそうにしているあたり、アルカのシスコンぶりは相当なものと見える。しかしナナセがラペルに謝り、それを快く許しているのを見ると、逆にその態度が親しげに見えてグギギと思うのだから、アルカも忙しい。
「あんまりトラブルを起こさないでよ。ゴブリン退治の依頼、あんたが受ける事になるんだからね」
姉の言葉とはいえ、そして予想していたとはいえ、アルカはギクリと体を硬直させてしまった。
前述の通り、ゴブリン退治は比較的難易度が低い依頼として扱われ、ギルドでも新人に類するFランカーにまわてくることが多い仕事である。勿論ゴブリンの数によっては難易度も変わってくるが、いまある情報からだとアルカだけにお鉢が回ってきそうだとは予想はついていたのだ。
「……彼女、なんでこんなに嫌そうなんだ?」
テーブルの顔で顔をしかめるアルカを見て、ラペルがアルカの横のナナセに視線を向ける。
「アルカが一人で受けることになるからだな」
「一人? 彼らはメンバーじゃないのかい?」
ラペルが驚いてみやると、少し遠くの席に座っていたダヤンが慌ててラペルの方を見てきた。近くに立つセーリッシュの笑顔は揺るがない。
「もちろん戦えるメンバーだけど、ランクが違うんだ」
「ランクが違うと、何が問題なんだ?」
「あー、ギルドのランクの仕組みはどこまで知ってる?」
「実力で決まっていてAが最高でFが最低。で、そのランクに応じた仕事が振り分けられるってことくらいかな? ゴブリン退治が簡単な仕事とはいえ、Fランクじゃ実力不足じゃないかと聞いたら、アルカさんはFランクには不相応な高い実力をもった有望株だってダニエルさんに聞かされたよ」
Fランクであることが揶揄されたのかと一瞬気にはなったが、自分に不快感を持っているであろうダニエルが意外に自分を評価してくれたことにアルカは嬉しさも感じないではなかった。
机の上にある灰皿をどこか恨めし気に見つつ、ナナセは頷いた。
「概ねあってる。入りたての初心者ならF。そこで最低限を学んだらE。いっぱしに使えるようになったらD、その中の上澄みがC。そして自身の戦い方を確立してギルドとしての看板張れるだけの力をもったらB、そしてその中でも最強クラスの上澄みがAランクだ」
「納得がいくね」
「その上で、依頼の達成率やらなにやらで実績が認められていき、昇格試験を受けることでランクが上がっていく。その際に、ランクが上の人と組んでやると、当人の実績として認められにくいんだ」
おんぶにだっこであれば、当人の実力が鍛えられたとは見なされない。勿論、そういった不正を見逃さないために、別途昇格試験を設けてもいるのだが。
「あっちのセーリッシュがC、ダヤンがDだから、一緒に組むとFランクでいるのが長くなってしまうからね」
「それだと、彼女にちゃんと実力があるなら、不正で実績を積んでも、試験で見つからないと思うが?」
「そこはプライドの問題だな。あと、わざわざ不正をするのも隠すのも面倒だ。……罰の意味合いもあるしな」
紹介状をアルカが破らなければこんな面倒な事にはなっていないのだ、と言外にナナセが伝えてきたのがわかって、アルカは気まずげに目を逸らした。
なお、以前にも記載したが、このランクは目安にはなっても強さの絶対的な基準とはならない。トドロト事務所の中にあってさえ、事情があってFランクに甘んじているアルカは二つもランクが上のダヤン以上の強さを持っているし、セーリッシュもCとは言え、実質的にはBランク以上の実力を持っているのではないかとアルカは睨んでいた。
とは言え結局の所、事務所として一丸となって大きな仕事を受けるには、アルカがFランクであることが足を引っ張っているという現実は認めざるを得ず、よってFランクの仕事はアルカが単独でこなすことが求められるのが現状であった。
アルカが個人的にゴブリン退治に飽きを感じていようとも、ナナセはそれを許してくれなかったし、反論するほどに子供にもなれなかった。
結果としてアルカは愚痴を垂れながらも、ラペルの仕事を受けたナナセに仕事を任され、メビアからバイクで半日ほどの距離にあるソルケ村へ一人赴くことになった。




