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1-P

(こんな筈じゃなかった!)


 今の自分が命の危険に晒されている自覚をしたマルチナは、心の中でそう叫ぶのが精一杯だった。

 ある村でゴブリンが現れたのでそれを駆除してほしい。魔法使いであるマルチナが、仲間達と四人でギルドで受けたのは、ギルドのメンバーであれば誰でも通る道のような依頼であった。


 ギルドに所属すると、その実力や貢献度からランク分けされることになる。実績も実力もまだ足りないマルチナらはFランクとして登録されていた。単純に言えば初心者期間だ。Fランクのうちにギルドで働くという事の基本を学んでいくことになる。

 ゴブリン退治はそういった基本仕事の一つであり、比較的危険の少ないものではあった。実際に訓練校では教官にゴブリン程度は容易く倒せると太鼓判をもらい、パーティで挑むのならば命の危険もないだろうとマルチナは聞いていた。

ただし実戦では何が起こるかわからないから注意しておけとも言われ、それにマルチナもパーティの仲間も気を引き締めたものだ。


 だがそれを踏まえても、自分達のゴブリンとの戦闘は醜態そのものであった。討伐対象であるゴブリンを見つけるまでは教習に従ってうまくやれていたのだ。それが前衛たる剣士エドが切りかかるのを見て、それで終わると油断することに繋がってしまった。倒せないまでもゴブリンはエドにかかりきりになり、自分の危険が迫ることなど考えもしなかった。

 しかしエドの剣はゴブリンが手に持つ武器によって容易くはじき返された。武器と呼ぶほど上等なものでもない。錆びたナイフにも見えず、何かの骨を棍棒がわりに振っているようにしか見えない。しかしそれでもエドの剣の横っ腹を叩いてはじき返して見せたのだ。それはエドがいくら初の戦闘で緊張していたからとはいえ、想像の埒外の事ではあった。


(油断した? ゴブリンが予想以上に強かった?)


 考えてみてもマルチナに答えは出せないし、エドが怪我をしてしまうかもしれない、という恐れもありマルチナの身体が硬直してしまう。だがその後に起きた事がさらにまずかった。ゴブリンは体勢を崩したエドには目もくれず、マルチナの方に駆け出してきたのだ。その後ろにいた別のゴブリンがエドに対して追撃しようとする中、そのゴブリンを止める人間はマルチナの前にはいなくなっていた。


(え、なんで⁉)


 後衛である自分に襲い掛かってくる事などマルチナは考えてもいなかった。いや、教習では聞いたし理屈上は理解していたつもりだった。

 だが実際に殺気をもったゴブリンを目の当たりにし、エドが間に入ったことが安堵に繋がってしまったのだ。

 自分とゴブリンの間には何もない。守ってくれていたエドは体勢をくずしたまま、立て直せてもいない。


(え……死ぬの?)


 剣士として訓練していたエドの剣をはじくほどの力を持つゴブリンに対して、マルチナが自分で立ち向かえると考えることすらできなかった。ゴブリンの振り上げた棍棒が自分に向かって振り下ろされてくるのを呆然と見ることしかできない。


(こんな筈じゃなかった!)


 恐怖で身がすくんでしまったマルチナはそう心の中で叫ぶのが精一杯で、体は反応すらしてくれなかった。

 あと数瞬の後に、ゴブリンのふるった棍棒は、マルチナの頭蓋を割る事になったことだろう。

 ――その時、横合いからその少女が現れなければ。


「ふっ」


 軽い呼気を漏らしつつ横合いから飛び出してきた少女がゴブリンの顔を横合いから蹴りつけたのだ。無防備であったゴブリンはそのまま横に吹っ飛ばされていった。

 自分が助かったのだ、という実感もわかないまま、腰が抜けてその場に座り込んだマルチナは、飛び込んできた人影を見上げた。


 少女、そう少女に見えたのはやや身長が低いからだ。一般の女性と比較してもやや低いという身長は、一定の身体能力が必要となるギルドの戦闘職からすれば低いとはっきり言えるだろう。その身を包む毛皮のついたコートはやや場違いに見えつつも、直感的にそれが武器防具に類する装備なのだということはマルチナにも理解できた。ややつばの広いハンチング帽をかぶり、紫がかった長髪を無造作に揺らすその顔には大き目の眼鏡がかけられおり、やや幼さが残る顔には不釣り合いに不機嫌にゆがめられた眉毛の下にある瞳は、ゴブリンの方を油断なく見ていた。

 ともすれば自分と同じか少し下くらいの年齢に見える少女の登場に、マルチナは一瞬呆気にとられる。そんなマルチナをちらりと見た少女は、その無事を確認したのだろう、すぐにゴブリンに向かって歩を進めた。

 剣士であるエドの剣を跳ね飛ばしたゴブリンを相手にだ。マルチナは危ないと制止しようとして、しかしつい先ほど少女がゴブリンをけ飛ばしていたのを思い出して言葉を詰まらせる。

 そう、魔法で何とかしたのではない。少女はその小さな体でゴブリンを蹴ったのだ。そのギャップにマルチナが黙り込んでいるうちに、無造作にゴブリンに近づいた少女は、ゴブリンに向かって前蹴りを繰り出した。ただの前蹴りに見えたそれは、しかしゴブリンの顔を陥没させるどころか首をへし折り、一瞬でゴブリンの命を刈り取った。


「へ……?」


 目の前の事象がよく理解できずに息を漏らすマルチナの前で、別の人影がその少女に向かっていった。最初にエドの剣をはじいたゴブリンだった。体勢を崩したエドにとどめを刺そうとしたものの、仲間を一瞬にして葬られたことに激昂して少女の方を優先的に狙ってきたようだった。

 ゴブリンに振り下ろされた棍棒に向かって、少女は焦りもせずに体を回転させるとふわりとコートの端が守るように浮かび上がる。コートに棍棒があたると、キン、という硬質の音がしたのをマルチナの耳がとらえた。柔らかい布で受け止めたような音ではない、明らかに金属的な音だった。

 そのコートに受け止められるのではなく、棍棒を弾き飛ばされたゴブリンの身体が泳いでしまう。そこに少女がいつのまにか手にもっていた、先端が鋭くとがった短剣を走らせた。次の瞬間にゴブリンの首がパックリと割れて、血が噴き出ることになり、ゴブリンは絶命とともに地面に倒れこんだ。


(――凄い)


 一瞬の事であった。マルチナが恐怖に震えていた時から、時間はそんなに立っていない。事実として、マルチナの心臓はまだ激しい動悸を打っているし、腰砕けになって座り込んだままだ。だがわずかな時間で少女は、マルチナ達四人が苦戦したゴブリンを、苦も無く倒して見せたのだ。

 その実力はFランカーである自分達とは一線を画したものがある、ということはまだ未熟なマルチナでもわかった。


「あ、の。ありがとうございます」


 仲間の手を借りて何とか立ち上がったマルチナがお礼の言葉を絞り出すと、少女は今気が付いたと言わんばかりにこちらを見ると、


「あ、うん」


と言葉少なに反応した。


「助けてくれてありがとうございます。あの、先輩、ですよね? あたしたちまだFランカーなんですけど……先輩の名前、聞かせてもらえませんか?」


 そのマルチナの言葉に、少女はメガネの奥の目をわずかにそらし少しバツの悪い顔をしながらも答えを返してくれた。


「アルカ。アルカ・トドロト。――ギルドのFランカーだ」

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