プロローグ
新界と呼ばれる世界がある。
かつて存在した三つの世界、すなわち人が科学の力を発展させた人界、弱肉強食の掟が支配した魔界、神々が人らを見守った聖界の三つが、”大崩壊”によって融合し一つになって生まれた世界だ。
新生した世界に混乱する人間を滅ぼさんとした大魔王を勇者が倒した古代、人々が相争う事を思い出した中世、大陸を超え世界を巻き込んだ大戦を七英雄が終結させた近代を経て。
人類が世界平和と呼ばれるものを手に入れることができたのが、現代という時代である。
***
魔境大陸ザルバディカ。魔界の要素をもっとも強く受け継ぎ、強力な魔獣が跋扈する世界でもっとも危険な大陸である。
そこに住まう人々は何をおいてもまずそうした魔獣とどう付き合うかを考える事を強制されてきた。現代においても未開拓の地も多い。
そんなザルバディカにある一国、セイワーズ王国は魔獣への対応方法として、その力を活用する方法を考え出した者達の国だ。魔獣が生前使っていた魔法を、その遺骸を利用して作成した武器防具を介して再現する技術を編み出したのである。
生み出された道具は骸装具と呼ばれ、セイワーズの核となり伝統技術となった。
アルカ・トドロトはセイワーズに生まれた少女であった。彼女は、子供ながらに骸装具を扱う戦士である骸装士に憧れて育った。
国の昔話だと寝物語に聞かされた話は、少女であったアルカにとっては憧れるに十分な魅力があったのだ。
アルカには尊敬する人が二人いた。
一人は姉、ナナセ・トドロト。彼女は自分が骸装士に興味が無いながらも、アルカに才能があることをとても喜んでくれた。
「あたしには才能なかったけど、その分アルカには才能あるんだね。じゃあ、骸装士になるのはアルカにまかせようかな」
そう言われてしまえば、アルカはますます骸装士になる気になった。
もう一人の尊敬する人物は、ハーディ・ドミニク。親はご近所さんという程度の仲でしかなかったが、ハーディの一族はセイワーズに古くから伝わる特級骸装具『竜骸』を代々受け継いでいる名門の家系だった。ハーディは幼いころから竜骸を受け継ぐことが決まっているエリートであり、それでも努力をし続けている在り方にアルカは憧れていた。
また、実際のところアルカはどんな骸装具でも誰よりも早く使えるようになった。子供に扱わせるのは等級の低い簡易な骸装具ではあったが、それでもどんな骸装具でも使いこなしてみせるアルカには、周りに大人も驚いていた。
「アルカちゃんは凄いんだね」
そう言われるたびにアルカの鼻は伸びていった。そう、この頃のアルカは自分が憧れた骸装士になることを、疑ってもみなかった。
***
ジュニアハイスクールに上がるようになったころ、アルカの顔に暗い影が差す事が多くなった。
一つは大好きだった姉が、情報系の才能があったらしくその才能を伸ばすためにアルメリアへと留学していなくなってしまった事。
そしてもう一つ、自分の骸装士としての才能が望むものでなかったことがわかってきたことも大きかった。
骸装士は骸装具から魔獣が生前に使っていた魔法を100%引き出すことを求められるし、才能があればそれ以上の力を引き出して使うこともできる。
しかしアルカは、どんな骸装具でも70%くらいまでは簡単に扱えるものの、それ以上を極めることができなかった。自分の後ろにいた筈の同級生が、次々に自分にあった骸装具を見つけていく中、アルカはどうしても自分に向いた系統すら見つけることができずに自分のことを落ちこぼれと思うようになった。
「お前、昔は凄いと思ったんだけどな」
同級生に言われたこの言葉は、アルカにとって深い傷になった。
そんなアルカは、姉がいなくなったから、ハーディのみが頼りだった。ハーディはいつでも優しかった。
彼が忙しく、言葉をかけてくれる時間が無かったとしても、ハーディが竜骸を受け継ぐという事を目標に真っすぐに努力し続ける姿勢は、それを見るだけでもアルカには憧れになった。
ある時、ハーディは落ち込むアルカにプレゼントだといって一つの包みを渡してきたことがあった。何なのかを訝しむアルカに、ハーディはハイスクールの授業で作った狼煙だと告げた。
携帯電話だってあるこのご時世に狼煙と言われて訝しむアルカに、まあ確かに時代錯誤ではあると苦笑して認めつつ、ハーディは言った。
授業で作ったものだけど、自分だけのオリジナルな色を入れてある。アルカが辛くなったら、いつだってこれを使って狼煙をあげてくれ。どこにいようとも必ずかけつけるから。
そういってくれるハーディの姿は、アルカにとってあまりにも眩しすぎた。この狼煙はアルカにとってお守りとなった。
***
数年後、セイワーズに大激震が走った。セイワーズの根幹をなす技術であり、厳しく管理されている筈の骸装具の作成技術の一部が国外に流出した事が発覚したのである。
しかもそれを成したのがセイワーズにおける名門の一角であるドミニク家であるということも衝撃的なニュースとして国内に走った。ドミニク家。すなわち、ハーディの家である。
後に分かったところによると、ドミニク家は名門ではあっても株で失敗して懐事情が厳しいところがあったらしい。そこを海外企業に付け込まれて、技術流出に手を染めたという流れがあった。
骸装具の作成はセイワーズの重要な国家的な技術である。当然、技術流出には厳しく対処される。
ハーディの家族は拘束された。そしてその手はハーディにまで伸びた。
後に実際に犯罪には関わっておらず、両親だけが秘密裏に行っていたことだということは分かったのだが、ハーディは捜査の手を振り払って逃げてしまった。自分が受け継ぐ竜骸が、犯罪者に渡すわけにはいかないと取り上げられるのを恐れ、フル装備とはいかないものの自分がその時点で扱えるものを持ち出して、逃亡したのだ。
一連の話を聞いたアルカは、ひどいショックを受けた。ハーディの家族とは家族ぐるみの付き合いをしていたのだ。当然、知り合いの大人が犯罪に手を染めていたことについてもショックだった。しかしそれよりもアルカは、ハーディが逃げていなくなってしまったことが信じられなかったのだ。
絶望に打ちひしがれたアルカは、それでもハーディと会いたいと願った。そして思い出したのが、以前貰いお守りにしていた狼煙だった。
裏山で挙げた狼煙は、特殊な素材でも入っていたのか、簡単に上がってくれた上で目立ってもくれた。――しかし、いつまで経ってもハーディは現れなかった。
「……嘘つき」
代わりに現れた大人たちに怒られながらも、アルカが力なく呟いた言葉は、風にのって消えた。
***
目指す先も、憧れも。そういった自らの熱がこもった心の一部にぽっかりと穴が開いたアルカではあったが、それでも他の道は選べずに骸装士になるしかなかった。骸装士に憧れて子供時代を過ごした彼女は、他の生き方を想像できなかったのだ。
だがかつて憧れていた一級骸装士には成れなかった。自らが選んだ骸装の力をどこまで引き出せるかにより等級が決まる骸装士の世界において、70%程度の力しか引き出す事ができないアルカは、及第点としての骸装士にしかなれなかったのだ。
しかもついに自分に適性のある骸装具を見つけることができなかったアルカは、色々な骸装具を組み合わせて使う異色の骸装士になっていた。彼女が主に様々な骸装具を使うことから「七骸」という異名をつけられたが、アルカには中途半端という意味の揶揄にしか聞こえなかった。
故にその言葉を聞きたくないと思った彼女は地元を飛び出すことを決め、姉がいるアルメリア大陸南部の地方都市メビアにいくことになった。そこで姉ナナセが開いた事務所に所属して、ギルドという全く新しい職場で一から始めようと決めたのだ。
そんなアルカがメビアにて骸装士の仕事をしているところから、物語は始まる。




