第1話 人見知りな魔女
「―まさか、自分が通っていた学校で教師をするなんて思いませんでしたね」
私は準備室に座って窓の外を見ながら思わずそうこぼした。
ここは『ディケルティ魔法学校』……魔法の才能を高めるためあらゆる人達がここへ通い、貴族の人達も大金をはたいてでも入ろうとするほどの名門校だ。
そして、私はその『ディケルティ魔法学校』の卒業生であり、今はわけあってこの学校で教師をしていた。その経緯は色々とあるが、思いのほかこの生活は充実していた。
そんな中、その空間を一人の男子生徒の声が遮った。
「―失礼します。あ、リリア先生、ここに居たんですね」
「アシックくん?」
準備室の扉を開いて笑顔を浮かべてきた彼に、私は驚いて声を返す。
彼の名前はアシック・ユーグくん。
公爵貴族『ユーグ家』の分家の長男で、今年『ディケルティ魔法学校』に入学した彼は現在十歳であり、私が担当している『ドラゴン』クラスの生徒の一人であると同時に私の魔法の弟子でもあった。
そんな彼とは入学前から弟子として一緒に過ごすことが多かったため、他の生徒よりも親しく、こうして二人で話すことが多い。とはいえ、本来は生徒との関係に差をつけるのはいけないのですが……。
ひとまず、私はそんな自分の考えを振りほどくと、室内に入ってきたアシックくんへと声を返した。
「どうかしましたか?」
「えっと、少し授業で聞いておきたいことがあったんですけど……すいません、忙しかったら今度にします」
「大丈夫ですよ。勉強熱心なのは良いことですし、私でよければ教えますよ」
「本当ですか? すいません、それじゃあお願いしても良いですか?」
そうして、彼は無邪気な笑顔を私に向けてくる。……普段は大人っぽいことを口にするのに、こういう時は年相応の笑顔を向けてくるのだから彼は恐ろしいと思う。
彼は幼い頃から魔法が使えなかった期間があったと、本人から聞いていた。
もっとも、私が師匠として迎えられた時にはすでに常人離れした魔法を使えていたので、あまりイメージが湧かないのですが……ともあれ、魔法が使えなかった彼は、その代わりに彼の両親に付き添い、大人達を相手に領地の管理などを経験していたせいで、少し達観しているところがあった。
あまりにも子供らしくない彼の言動や行動に驚かされることも多いが、しかし、貴族らしく礼儀正しく、誰に対しても分け隔てなく接する姿に憧れている生徒も多い。実際、彼自身は気付いているかは分からないが、年齢問わず、この学校では人気者で、特に女子生徒からの人気は本当にすごいものだった。
分家の生まれとはいえ、公爵家の息子で、その上、どんな大人にも物怖じせずに接し、頼りがいもある。そんな彼が人気なのは言うまでもないことでしょう。
しかし、それは彼が周囲から魔法が使えず周囲から『無能』呼ばわりされていたから、という苦労の上に成り立っているのだ思うと同情を禁じ得ません。
そんな彼に魔法の勉強の説明を終えると、私は顔を上げてアシックくんに声を返した。
「―という感じですが、何か分からないところはありますか?」
「いえ、とても分かりやすかったので、もう大丈夫です。やっぱり、リリア先生は教えるのが上手いですね。俺、リリア先生の弟子で本当に良かったって思いますよ」
「……まったく、またそんなことばかり言って……正直に言うと、アシックくんが優等生過ぎて私は言うほど教えられることはないように思いますけどね」
「そんなことはありませんよ。自分で魔法を勉強するだけじゃ見つからなかった視点なんかあって、リリア先生の授業は本当に楽しいですから。『ディケルティ魔法学校』に通えて、リリア先生の授業も同時に受けられるなんて、なんかバチが当たりそうですね」
「そこまで言うほどのことではないと思いますけど……」
「俺にとってはそれくらいのことなんです。そういえば、リリア先生の昔ってどんな感じだったんですか?」
「昔の私……ですか?」
「はい。リリア先生も少し前まで『ディケルティ魔法学校』に通ってたって聞いたので、どんな感じだったのか気になって」
「そうですね……当時の私は本当に人見知りで、アシックくんのように人付き合いが上手くできず、色々と困ったものです」
「はは、別に俺だってそんなに人付き合いが上手いわけじゃないですよ。領地を運営しながら他の貴族の方達から恐れられている父上に比べれば、まだまだですから」
「……そういうところが、人付き合いが上手いと言っているんですけどね。学校内でも噂になっていますよ? 本家の子よりも分家の子の方が末恐ろしいと……」
「みんな大袈裟ですよ。俺なんて、なんの特徴もないただの一般人ですし、俺よりもすごい人なんてこの世に何人も居ますから」
「普通、公爵の貴族を一般人とは言いませんけどね……」
「でも、それを言ったら、リリア先生もすごいじゃないですか。前まで王国で『宮廷魔導師』をやってたり、巷では『黒髪の魔女』と噂されてたりしてますし。昔一緒に通ってた理事長達もリリア先生は昔から魔法の才能が本当にすごかったって言ってましたしね」
「確かに、当時はそれなりに自信はありましたが……アシックくんを見た後では自分に才能があったとは思えなくなりましたよ」
「そんなことないですよ。実際、こうして俺もリリア先生に色々教わっている身ですから」
「それはそうかもしれませんが……」
そこまで私が言うと、授業の開始を告げるチャイムが鳴る。
「……残念ですが、続きはまた今度のようですね」
「はは、みたいですね。それじゃあ、リリア先生。次の授業があるので、俺は行きますね」
「ええ、廊下は走らないで下さいね?」
「分かってます」
そうして笑みを返してくる彼に、私も自然と笑みがこぼれる。
彼は本当にすごい……彼と同じく『ユーグ家』の本家の娘であるユミィ・ユーグさんも魔法が使えず、その姿から『忌み子』と呼ばれ、家から出ることを諦めていたが、そんな彼女に魔法を教え、この学校へ一緒に通わせることもしていた。
彼女だけではない。伯爵家『ヴェンレット家』の次女も同じように魔法が使えず外を出ることを拒否していたのに、それを見事に連れ出して彼女もこの学校に通うことができていたり、彼は色々な人を巻き込みながらも、その人生に良い影響を与えていた。
そして、私もまた、そんな彼に影響を受けた一人でもある。
「昔のこと、か……」
そんな彼を見ていると、私はふと自分がどうだったかを思い出さずにはいられなかった―。
◇
私が生まれた場所は、とても田舎の村だった。
人口は本当に少なく、若い人もほとんど居ないところで、近所の人は全員顔見知りというくらい、本当に田舎だ。やることもほとんどなく、外で何かをするのが好きだったわけでもない私のやることと言えば、魔法の勉強か本を読むことくらいだった。
九歳だった私はまだ今のように黒髪ではなく、この大陸でよく見掛けるようなアシックくん達に近い金色の髪で、それは私の母も同じだ。
そうして、いつものように魔法の勉強をしていた私に母が声を掛けてきた。
「あら? リリア、また家で魔法の勉強?」
「あ、お母さん……うん」
「勉強も良いけど、外で遊んだりはしないの?」
「別に良いじゃない……外は嫌いじゃないけど、走り回ったりするのはあまり好きじゃないんだから」
「そう? でも、来年から『ディケルティ魔法学校』に通うんでしょ? それなら、外に慣れておいた方が良いと思うけど」
「う……」
母の言う通り、私は来年から大陸でも有名な『ディケルティ魔法学校』に通うことが決まっていた。私の父は早くに亡くなっており、私のことを一人で育ててくれた母を楽にさせたいという思いから受験して試験に合格し、私は無事に学校に通うことになったのだが―
「全然人と話せる気がしない……」
そんな絶望的な言葉とともに私が頭を抱えていると、そんな私に母も苦笑いを浮かべていた。というのも、そもそもこの村には私に近い年代の子供が居ない。そのため、外で遊ぶにしても誰も遊び相手も居ないし、そのせいで同年代の子と話したことすらないのだ。
おかげで、学校へ通うという意気込みだけは良かったものの……もはや、学校へ通うことに恐怖すら抱いていたりする。
「……変なことして嫌われたりしないかな。同じ歳の子なんて見たことないし、どうすれば良いのか全然分からないよ……」
「大丈夫よ。リリアなら、きっと友達もすぐにできるから」
「……一度も友達なんてできたことないのに?」
「うーん……お母さんから出来たから、きっと大丈夫よ」
「それ、全然説得力ないよ……」
説得力に欠ける母の言葉に私は呆れながらそう返す。母は私に比べて明るく、誰とでも仲良くなれるタイプだったが、私はそんな母とは違い、村の人達ともあまり話せず、一人で本を読んでいた方が好きなくらいだ。
「はぁ……学校かぁ……」
魔法の勉強ができるのは楽しみだ。でも、人付き合いが上手くできる気は全くしない。
入学まであと少し。
けれど、私の心は晴れた空とは反対にどんより曇っていた。




