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3/5

封じられたペットボトル

 その日の放課後。

 わたしたちは部室の清掃を続けていた。


「陽子! もっと気合い入れて掃除!」


「麻衣が勝手に部室復活させようって言い出したんでしょ!? わたしは嫌なんだけど!?」


「ほらほら、部長の指示に逆らわない!」


「はぁ!? いつから麻衣が部長になったのよ!?」


「いやいや、部は役職が必要なの! わたしが部長で、陽子は部員ね」


「なんで!? せめて副部長でしょ!? わたしだって働いてるんだから!」


「わたしが部長、陽子が副部長。はい、決まり」


「決めるの早っ! 独裁政権なの!? 民主主義どこ行ったの!?」


 麻衣はにこっと笑いながら、どこから持ってきたのか学園の届け出用紙にすらすらと記入した。


「ちょ、ちょっと!? 勝手に名前書かないで!? やっぱりわたし、この部活入りたくないんだけど!?」


「もう遅い! 青春は後戻りしない!」


「なんで青春に背中押されてるのわたしぇぇぇ~~!」


 わたしの絶叫をよそに、麻衣は軽快にロッカーの扉を開けていた。

 その中から取り出したのは、札が何枚もべたべたと貼られた……ペットボトルだった。


「……ん? なにこれ」


 麻衣が手にしているのは、どこにでもある水稲タイプのペットボトル。

 でも、普通と違うのは蓋から底まで、まるで封印のようにお札が貼りまくられていることだ。


「やだやだやだ! それ怪異アイテムでしょ!? ていうかなんでペットボトル!?」


 しかも、そばには一枚のメモが残されていた。


『絶対に封を開けないで。絶対に、絶対だよ?(はあと)』


「……」

「……」


「なんで最後にハートつけてんのよ!? 全然かわいくないから!」


 わたしが頭を抱えていると、麻衣はロッカーの奥をさらに探り、古びたアルバムをいくつも引っ張り出した。

 ページをめくると、かつての部員たちの集合写真が出てきた。


 七人の女の子たちが、笑顔で肩を並べて写っている。

 みんな眩しいくらいに楽しそうで、思わず見入ってしまった。

 ――あの中に、行方不明になったという先代の部長もいるのかもしれない。


「……ほんとに、部活やってたんだね」

 わたしはぽつりとつぶやく。

 こんな怪しげな部屋なのに、彼女たちは確かに青春を過ごしていたんだ。

 その笑顔が、まぶしくて、胸がちょっと熱くなる。


「ちょっと、こっちの棚も見てみるね」

 麻衣がそう言って、別の棚へ身を移した。


 わたしはひとりでアルバムのページをめくる。

 事件現場の写真や依頼者らしき人物の写真が挟まれていた。

 そして――岡崎先生の写真。


 女子生徒たちに両脇を抱えられて、はにかむように笑っている。

 あの先生が、こんな表情をするなんて。


「えっ……先生って、こんな顔するんだ……」

 思わずつぶやいたそのとき――


「ひいっ!」


 麻衣の短い悲鳴に、わたしは飛び上がった。

 慌てて振り返ると、麻衣がこわばった顔でわたしを見ていた。

 その手には――さっきのペットボトル。


 ……って、蓋が開いてるよ!?


「いやあのメモ! 効果てきめんだね!? 麻衣みたいなタイプには特に!」

「し、仕方ないじゃん! 気になったんだもん!」


 ペットボトルの口から、冷たい風が吹き出した。

 次の瞬間、部屋の空気がひりつき、古びた部室の影がざわざわと動いた気がした。


 ――まさか、これって。


 封じられていた“何か”が、解き放たれたのだ。



「ふぁぁ~~! ひっさしぶりに外の空気!」


 ペットボトルから飛び出してきたのは、小柄でボーイッシュな女の子の姿をした怪異だった。

 短い髪を後ろで結び、男の子みたいな笑顔でこちらを見ている。


「君たち、ありがと! 封印解いてくれたお礼に、未来を見せてあげるよ!」


「……は?」

「……はぁぁぁ!?」


 怪異は腰に手を当て、いかにも軽薄そうに胸を張った。

 その姿は、まるでランプの精。


「数年先までしか見えないけどさ。ま、タダより高いものはないって言うだろ? 君たち、興味あるでしょ~?」


「いやいやいや! 全力で結構ですからっ!」

 わたしは全力で首を振った。


 でも、横を見ると麻衣が……目を輝かせてる!?


「え、ちょ、麻衣!? なんでうらやましそうな顔してるの!?」


「だって未来よ? 青春の先取りじゃない!」


「先取りしなくていいから! 普通に過ごさせてよ!?」


 わたしの必死の抵抗もむなしく、怪異はにやりと笑った。


「ん~。まずは君、陽子ちゃんね」

「え、えぇぇ!? いやいやいやいや、わたしからとかやめてぇぇ!」


「……ふむふむ。恋人がいるね。いつも君の傍らに寄り添うように、君を大切に思う人が」


「……っっ!?」

 一瞬で頬が熱くなった。


「え、それいつ!? 誰ですか!? ねぇ誰なんですか!?」

 さっきまで全力拒否していたのに、気づけば前のめりで問い詰めていた。


 横で麻衣が血涙を流しそうな顔でこっちを見ているのが、痛いくらい視界の端に映る。


「……そ、そうか……わたしに、彼氏が……。え、でもどうやって出会うのかな? 実家は学園から近いから、帰省のときに……?」

 想像だけで顔が真っ赤になる。


「えーとね。残念だけど、相手は女の子だね!」


「はぁぁぁ!? なんで女子!?」


 慌てて横を見れば、麻衣と目が合った。


「ま、まさか……」


 わたしの凝視に、麻衣の頬がじわっと赤く染まる。

「え、え、そんな感じなの? 未来の私たちって……」


 なぜかまんざらでもなさそう!?


「いや、相手は君じゃないねぇ」

 怪異がけらけらと笑う。

「もっと美人で年上で、強い力を持ってる人。ボクなんか一瞬で消し飛ばせるくらい、ね」


「……」

 頭の奥に浮かぶ“強い人”のイメージに、言葉を失った。


「次は君、麻衣ちゃんね!」


「え、えっ……!」


「君には恋人はいない。でも恋はしてるね。あれ、相手は女の子か! さすが女学園! いや~青春だねぇ!」


 麻衣は一瞬たじろいだが、すぐに胸を張った。

「ま、まあ、そういう未来も悪くないわね!」


「え、認めちゃうの!? なんで即肯定!?」

 わたしのツッコミは空しく響くだけだった。


 そんなやりとりに夢中になっていたとき。


 怪異はふと真顔になり、手を差し出してきた。

「さて――そろそろ代償をもらおうか」


「だ、代償!?」

「だからタダより高いものはないって言ったろ?」


 背筋に冷たいものが走る。


「じゃあ――わたしの夏休みの宿題へのやる気を代償にやる!」

 麻衣が胸を張った。


「……」


「どうよ!」


「そんなもん最初から無いだろぉぉぉ!!」


 怪異は逆ギレし、体をぐらぐら揺らして大笑いすると、霧のように散り散りになった。



「……逃げた!?」

「ちょ、ちょっと!? あんなの野放しにしたらまずいでしょ!」

 麻衣が慌てて後を追おうとする。


「待って!」

 わたしは麻衣の腕を掴んで引き留めた。


「最初のメモ……“開けるな”ってあったでしょ。ああいう悪趣味なやつなら、“封じ方”も絶対に残してあるはず!」


 ロッカーを調べ直すと、案の定、メモの裏に細かい封印方法がびっしり書かれていた。


「……ほんと性格悪い先輩がいたんだね……」

 呆れながらも、わたしたちは必死に指示通りの封印を行った。


 四苦八苦の末、再びペットボトルは札に覆われ、封じ込めが成功する。


「ふ、ふぅ……なんとかなった……」



 届け出を提出がてら、顛末を岡崎先生に報告すると、先生は意外なほど柔らかい笑顔を見せた。


「それは浜田誠子の仕業だな。……彼女は時々、未来が見えるという不思議な力を持っていた」


 そこで先生は眼鏡を押し上げ、さらりと言葉を継ぐ。

「ちなみにそのペットボトルに封じられていたのは怪異ではなく、彼女の“未来視の力”だ。別に再封印する必要はなかったはずだがね?」


「…………」

 わたしと麻衣は固まった。


 そして同時に、全力で叫んだ。


「「なんで最初に言わないのぉぉぉ!!!」」


 職員室に、わたしたちの絶叫がこだました。



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