噂倶楽部の復活
わたし、中峰陽子。
久遠女学園の中等部二年C組。寮生活にも、ようやく慣れてきたところだ。
この学園は歴史が長くて、敷地も広い。お嬢様学校ってやつで、格式だとか伝統だとかはすごいらしいけど、わたしにはまだまだ敷居が高い気がする。
でも寮に入ってからは友達も増えて、毎日が少しずつ楽しくなってきた。
その友達のひとりが、七瀬麻衣。
肩までの黒髪ストレート、すらりとした背に涼しい目元。
誰が見ても完璧美少女、って感じの子だ。
……なのに、机に広げたスケッチブックには血の手形や人影の落書きがびっしり。
「ねえ陽子~、見て見てっ!」
「はいはい、またでしょ」
麻衣がにやっと笑いながら広げてきたのは、“トイレの花子さん”の想像図。それもリアルな絵だ。
「これ、“トイレの花子さん”の想像図! 青春でしょ?」
「どこが青春なの!? なんて画力の無駄使い! 勉強しようよ、勉強!」
わたしは思わず机に突っ伏した。ほんと、この人……。
同じ二年なのが信じられない。
でも麻衣は、いつも自信満々で強引で、気づけばみんなを引っぱっていく“お姉さんキャラ”。
一方でわたしは、クラスの中で明るくしてるけど“妹キャラ”って呼ばれることが多い。
全然タイプは違うけど、だからこそ憧れるのかもしれない。
初めて麻衣を見たときのことを、今でも覚えてる。
入学式のあと、慣れない寮の荷物運びでへとへとになってたわたしのスーツケースを、ひょいっと片手で持って運んでくれたのだ。
背の高さと、頼れる雰囲気に、あの時すでに心を掴まれてしまった。
◆
放課後。
麻衣に引っぱられる形で、わたしは旧校舎の廊下を歩いていた。
「こっちこっち! 見つけちゃったんだよね~」
「ちょ、ちょっと麻衣!? わたし宿題まだ終わってないんだけど!」
「そんなの後でいいでしょ。青春は待ってくれないんだから!」
ずかずかと進む麻衣のあとを追いかけると、古びた木のドアの前にたどり着いた。
扉のプレートには、かすれた文字でこう書かれている。
――『噂倶楽部』。
「うわ……なにここ」
「学園の七不思議とか噂を集めてた部活だよ! 青春すぎる!」
「いやいやいや、やめよ? 絶対やばいやつだから!」
麻衣は聞く耳を持たず、ずかずかとドアを押し開ける。
中にあったのは、古びた机や棚、そして積み上げられたファイルやノートだった。
「すごい……ほんとに部室だったんだ……」
わたしも思わず息を呑む。
麻衣は早速、ノートを手に取り大声をあげた。
「ほら見て! “七不思議・夜の鏡”。これ、絶対行くしかないでしょ!」
「絶対やめた方がいいってば! 見てるだけで呪われそうなんだけど!」
わたしは震える手で別のノートを開いた。
中にはびっしりと書き込まれた調査記録。
誰が書いたかは分からないけど、真剣に“噂”を追いかけていたのが伝わってきた。
……でも、最後のページだけは破られていた。
「ねえ麻衣、これ……」
「んー? まあ気にしない! 青春だもん!」
「いや気にしようよ!? なんで最後だけ抜けてるの!?」
不安しかない。けれど麻衣は目を輝かせている。
嫌な予感しかしなかったけど……結局わたしは彼女に巻き込まれる形で、調査をする羽目になるのだった。
◆
その日の帰り道。
麻衣は「顧問の先生に話をつけなきゃ!」と張り切っていた。
わたしは必死に止めようとしたけど、結局一緒に職員室に向かうことになった。
ドアを開けて「噂倶楽部を復活させたいんです!」と麻衣が言った瞬間、室内の空気がしんと凍りつく。
ざわつく職員たちの間から、コツコツと靴音が響いた。
ゆっくりと奥から歩いてきたのは、背の高い男性教師。年齢は分からない。老けているようにも、若いようにも思える。
「……岡崎凍志郎、だ」
低い声で名を告げ、細めた目で私の瞳を射抜く。
わたしは思わず悲鳴を上げそうになり、逃げ出そうとした。
でも麻衣に腕をつかまれて羽交い締めにされ、ずるずると前に引き出されてしまう。
「ふむ……噂倶楽部を?」
黒縁眼鏡の奥で、岡崎先生の目が光った。
思わず背筋が凍る。だけど麻衣は胸を張っていい笑顔で言い放った。
「はい! わたしたちで復活させたいんです!」
先生はしばし沈黙したあと、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「……よかろう。ただし、条件がある」
「条件……?」
「“夜の鏡”の噂を調査し、解決してみせろ。それができたなら、顧問として受け入れよう」
麻衣は目を輝かせて頷いた。
わたしはというと……心臓が跳ねて、頭の中で「いやいやいや!」がリフレインしていた。
そして先生は、去り際に小さく呟いた。
「……五年前の、先代の部長のようにならぬようにな」
不意に落とされた先生の声に、背筋がぞわっとした。
――いやいやいやいや!? どういう意味!? 先代の部長って、どうなっちゃったの!?
振り返ったときには、先生はもう机に向かっていて、その表情は見えなかった。
横を見ると、麻衣は相変わらず自信満々な顔で頷いている。
……どうやら今のつぶやきは、麻衣には聞こえていなかったらしい。
「よーし! 行くわよ、陽子!」
麻衣にずるずる引きずられながら、わたしは心の底から叫んでいた。
どうしてこうなったの~~!?
読んでいただきありがとうございます!
中等部二年生コンビ、陽子と麻衣のドタバタ(?)怪異探検が始まりました。
ホラー要素はしっかり入れつつも、陽子の巻き込まれ体質&麻衣の猪突猛進っぷりで、ちょっと笑える展開を目指しています。
次回は、岡崎先生から出された「夜の鏡」の怪異調査に挑むことに――!?
ぜひお付き合いいただけると嬉しいです。