11-1 踏みしめる音
さすがにタクトたちは楽器以外の荷物をイテルナに預け、先行するビオナを追いかけた。
ある程度の方向を聞いていたものの結局追いつくことができなかったが、幸いにも「臭い」が道しるべとなり、人工的な建設物が目に入るころにはビオナを発見できた。
「ビオナさん!」
大声で駆け寄るタクトに、ビオナは人差し指を口に当てて『静かに』とジェスチャーを送る。
それに気がついた他のメンバーも、彼女の方へ静かに近づき、何事かと彼女の視線の先を見る。
(……なに、あれ)
小声でカノンはビオナに質問する。
(知らないッス。けど、奥にいるふよふよしたのは、なんとなく見覚えがあるッス)
(奥?)
タクトもカノンらの背中越しに奥を除き込む。
彼女らの視線の先は大きなすり鉢上になっており、一番底に当たる場所は劇場の舞台になっていた。その台形に近い歪な舞台の観客席側に、誰かが背を向けて立っていた。
その誰かの視線の先はこちらからよく見えないが、蠢く大きな「なにか」がその誰かと対峙しているような雰囲気が見てとれた。
(やっぱり、あれはこの間ソラルに来ていたエタンギルに間違いないッス!)
ビオナは今にも飛び出したそうにしていたが、それをリコードが止める。
(様子が変です。双方何も奏でていません。少し様子を見ましょう)
タクトが知る限り、エタンギルは空気を直接叩く奏法を修得した怪音律四重奏だ。奴が何も奏でずに誰かと対峙していることは、確かに異様な状況である。その証拠に、エタンギルが近くに居るというのにあの独特の腐敗臭がしてこない。
『ぶふーぅ、ぶふーぅ…… ふざけたやつだぁ』
こちらからは死角になっている、舞台の奥からあの声が響く。間違いなくエタンギルだとタクトは確信した。
双方にらみ合いの続くなか、痺れを切らしたエタンギルは触手を頭上へと大きく伸ばし、そのまま眼前の空気を一凪する。
しかし激しい面打ち音は、同じく響いた別のバスドラムの音でかき消された。
『ぶふぅ、遅い!』
その打ち消された一瞬の隙をついて、エタンギルは畳みかけるようにかん高いシロホンの音色を叩きだす。鼓膜の奥を直接かき乱すその音は、しかしテンポの整ったスネアドラムの音で綺麗に叩き落されていく。
『なか、なか、やる。だがぁ……』
どちらも譲らない攻防の続くなかで、一瞬スネアドラムの音が弱まる。
『きたきた! ようやくきたぁ! 待ってたぁ、ぞい!』
そこへさらなる追い打ちがかかる。エタンギルの奏でる歪な拍子がスネアドラムのリズムを狂わせ、その音までも整わなくなっていく。
「マズイッス!」
ビオナは思わず飛び出し、スネアドラムの奏者へ駆け寄る。
「ビオナさん! なにやってるんだ!」
リコードもつられて飛び出し、急いで追いかける。さすがにそれを見て見ぬふりはできない他のメンバーも急いで舞台近くへと駆け寄った。
「加勢、するッス!」
ずっと持ち運んでいた一番大きな包みを解き、肩にかけていたホルダーにセットする。それは、自分の体の倍はある大きなバスドラムだった。ビオナはそのまま舞台下から両手にマレットを構え、エタンギルに向かって斜めを向き、とっておきの一撃をスネアドラムの拍子に併せてお見舞いする。
途端、エタンギルが演奏していた音らが突然叩き落されたように萎える。バスドラムの波動が、歪な音をかき消してしまったのだ。
「チャンスッス!」
それの言葉に反応したのは、なんとカノンだった。
一拍一拍を丁寧に刻むバスドラムに合わせて、優しく、力強いロングトーンで演奏の下地を生み出す。
「……『大地を歩む』!」
タクトは、そのテンポと曲調から練習で何度か演奏した曲『大地を歩む』の出だしである事に気が付いた。
低音域から始まるこの曲は、行進曲の様相を成しており、徐々に高音にバトンタッチしていく曲である。まさに、今の曲の入りは理想的であると言えるだろう。
そしてそれは他のメンバーにも伝わり、タクトやリコード、プレシア、そしてネンディが『大地を歩む』に加わっていく。
『ぶ、ぶ、う、う、ぐぅ……』
さすがにその大人数をさばききれないと悟ったのか、エタンギルは自身の演奏を最小音量に留め、後退を始めた。
『まて、あいつをその先に行かせてはいけない!』
突如、スネアドラムの奏者が叫んだ。
「何ですって!?」
言われてすぐに動いたネンディとビオナは、しかし滑り込むように舞台の奥へと滑り込んでいったエタンギルをそれ以上追いかけることはできなかった。
演奏は、ひとまず終了した。
「突然、すいません。劣勢に見えたので助太刀した次第です」
リコードは、最初からいたスネアドラムの奏者に声をかけた。
『いや、助かったのは間違いない。状況は…… 悪化したが』
その奏者の声を再び聞いた一行は、ある事に気が付いた。
「あなた…… 楽機、古代楽機ですか」
奏者は持っていたスティックを優しくスネアドラムに置く。するとスネアドラムごとそれらは青白い光に包まれ、瞬く間に幾筋もの光の糸となって奏者へと還元されていった。
『私はパラヴァリカ。ここの守護を仰せつかっている』
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